転生ニートは迷宮王

三黒

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第7.5章

195 魅了

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「では早速新しい能力を頂きに行くとしよう。何か欲しいものは?」
「僕は強ければ、何でも……」
 
 何でもいい。僕がみんなに認められるようなものであれば、何でも。
  
「強いて言うなら、あまり怪我はしたくないな。龍牙はいつも痛そうだから」 
「そうか……そうだな。ならば魔術系のものにするか。一つ言い忘れていたが、私の''強奪''は相手の命を奪ったときにのみ使用可能だ。あまり強いものを望めば返り討ちに遭いかねない」 
「そんな……」

 やっぱり僕には無理なのか。大罪と契約までしたっていうのに。
  
「そう絶望したような顔をするな。直接強くならずとも方法はある」
「例えば……?」 
「魅了だ。強者とて精神への介入に弱い者は多い。私の魔力で効果を高めることはできるし、不意をつけば宮廷筆頭アルクにも効くだろう」
 
 魅了……あまりピンと来ない。龍牙と違って僕は特別イケメンってわけでもないし。せいぜい中の下ってところだ。
   
「娼館でも低級の魅了を持つのはいるだろうが……人を殺すのにはまだ抵抗があるだろう? それに、勇者が利用したとなれば噂も立つ」 
「でも僕には魔物を倒す力が……」
「私が協力するし、マコトは魔界の魔物によく効く短剣術を持っているはずだ。敵が魅了を使うより早くとどめを刺せばいい」 
 
 そう上手くいくかな。今のルインは翼の能力しか持っていないし、僕の短剣術もほとんど護身用だ。確かに魔界では化け物を撃退できたけど……
 
「って、これから魔界に?」 
「ああ。行動は早い方がいい。幸い魅了を使う魔物は入口付近に多い。今から行けば夜明け前までには帰ってこられる」 
 
 ルインは窓を開けてその縁に立つと、翼を大きく広げた。
 
「ちょ、ちょっと待ってよ」 
宮廷筆頭占術師アルクディヌスは優秀だ。急がねば出発に間に合わない」
「そうじゃなくて! 僕は空を飛べないんだ」 
「なぜだ? ただ念じるだけでいい。契約は成立した。マコトももう翼を出せるはずだ」
 
 念じる……どうやって?
 
「肩の辺りに力を込めてみろ。熱を感じる部分があれば、そこに魔力を集める」 
 
 言われるままに力を込める――肩甲骨の周辺が熱い。ここに魔力を集める、と。
 幸い、僕の少ない魔力でも能力が起動する感じがあった。
 
「あとは一般的な魔術と同じだ」
 
 つまり、さっきルインが言った通り''念じる''ってことだ――
 
「!」 
 
 ――バサ、と翼が広がった。背中に重みを感じる。でも思ったより重くない。
 急に腕が増えたみたいで少し気持ち悪いけど、動かすのは問題なさそうだ。歩き方と同じように、体が飛び方を覚えてる。
 
「飛べそうか? 最悪私に掴まって移動することもできるが」
「ありがとう、多分大丈夫。行こう」
「ああ」
 
 ルインに続いて、縁から飛び出す。一瞬の浮遊感の後に、しっかり風を掴んだ感覚。   
 だんだん小さくなる街を見下ろしながら、魔界を目指して翼を動かす――
 
 
 

 
 
 
「つ、疲れた。少し休憩していいかな」
 
 魔界に着く頃には僕はヘトヘトになっていた。空を飛ぶのはただ走るのとはわけが違って、この勇者の体でもかなり体力を消費した。
 
「少し急ぎすぎたか。すまない」 
「い、いやルインが謝ることはないんだ。僕が未熟なだけだから」 
「それは気にするな。翼を得たばかりで体力の管理までこなせるはずもない。私が見張りをしておくから、少し休むといい」
「ありがとう、ルイン」
 
 前までのルインなら絶対謝ってないだろうな。気分は楽だけど優しすぎて気持ち悪いくらいだ。
 ……いいや、気持ち悪いとか言ったらバチが当たる。あの嫌味と見下したような目がないだけで幸せだ。
 
「よし、息も落ち着いてきた。いつでも行けるよ」 
「もういいのか。なら短剣の準備をしておけ。少し歩くと奴らの巣がある」 
 
 ルインは雷の槍を作り出し、握った。青白いのは初めてだ。今までのは大体黄色か黄色っぽい白ってところだった。
 
「――見えたな。前方約80メルト。私が仕掛ける、マコトは焦らずに陣を刻め。討魔の陣アストミスだけで十分に殺せるし、一体殺して離脱が理想だ」 
「分かった」 
 
 目をこらすと、霧の先にスライムのような魔物の群れが見えた。……とても魅了を使うようには見えない。事前知識がなければ大変なことになりそうだ。
 
「行くぞ――聖雷イクセアリ!」 
 
 ルインが手に持ってた槍を投げ、そのままスライムの中心に突っ込んだ。とどめは刺せないって言ってたけど、魅了を使う隙を与えないように攻撃してくれている。ついでに動きを止めさせる術も使っているみたいだ。
 
「――祓魔の陣エクソス!」 
 
 まずはここから。普段なら対複数ではまとめて焼ける破魔の陣ボアルスを目指すけど、今日は一体だけでいい。
 
「――滅魔の陣オキュロス!」 
 
 少し歪んだ。でも最後の陣に繋げる過程で十分修正可能だ。ローレンツさんも実践で完璧を目指す必要はないって言ってた。
 
「……まーくん?」
 
 背後からの声に、反射的に振り返る。振り返ってしまった。体が硬直した。短剣を握る手が震える。 
 違う、こいつはエリッツさんじゃない。エリッツさんはもういない。頭では理解してる。けど。
 風になびく髪、ふわっとした花みたいな香り、そして柔らかな声。全てが記憶の中のエリッツさんそのものだった。
 もう陣はほとんど描き上がってる。あとは一言唱えるだけだっていうのに。
 
「あ……」
「大丈夫だよ。お姉さんが守ってあげるから。一緒に帰ろう?」  
 
 短剣が手から滑り落ちていった。でもそんなことは気にならなかった。そのまま手を伸ばす。エリッツさんに、触れる。
 エリッツさんは微笑み、僕の背に手を回した。温かい。ずっとこうしていたい。
 
「マコト、何をしている? 陣の起動を急げ」
「邪魔を……邪魔をするなっ!」
 
 折角再会できたんだ、この瞬間を邪魔させるわけにはいかない。例え相手がルインでも。
 
「掛かったか。帰ってきてもらうぞ」
「っ……ぁあ゛……!」
 
 ルインはエリッツさんを無理やり引き剥がし、その胸に槍を突き立てようとする。
  
「やめろぉ!」
「チッ――」 

 ルインに有効な陣なんて知らないし、刻んでいる暇もない。だから無理やりに切りかかる。
 少しは効果があったようで、ルインは一瞬怯んだ。
 
「エリッツさん、逃げて!」 
「ううん、お姉さんはまーくんを守るよ。だから力を貸して?」 
「……分かった。僕は何をすればいい?」
「そのままでいいの。そのまま、お姉さんに体を預けて――」  
 
 またルインの槍が頬を掠めた。二度もエリッツさんとの会話を邪魔するなんて。許せない。
 
「それ以上言葉を交わすな――今から魅了を解く。少し面倒だが、私はマコトの契約者であり、天使だからな」
「知らない、知らない知らない知らない! 前からお前が嫌いだったんだ、ルイン!」 
「フン、そう言われるとヘコむな。だがこれから変わっていけばいい」 
「何が――っ」 
  
 ずるり、と体から液体が流れ出るような、そんな感覚があった。同時に体を覆っていた温かさと怒りも消える。
 エリッツさんはいなかった。目の前には、干からびかけたスライムが一体。
 
「あとは分かるな」
 
 感情と思考が追いつかない。けど、やるべきことははっきりと分かっていた。
 
「うん――討魔の陣アストミス」 
 
  光の柱がスライムの体を焼き付くす。……こうして僕は魅了の力を手に入れた。
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