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嘉応2年(1170年)
善光寺山門焼失と法親王の大勧進貫主就任
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ある時松本での政務や手習い天神での訓練の合間にできた暇に時間に家で休んでいた時でした。
「巴様!! た、大変でございます」
私の侍女である小百合が部屋に駆け込んできました。
「善光寺が燃えているとのことでございます!」
「なんですって?」
善光寺は信濃の国のみならず日本でも最古と伝わる一光三尊阿弥陀如来を本尊とした寺で、天台宗園城寺系の寺でありまた女人禁制があった旧来の仏教の中では稀な女性の救済も行っている寺であります。
また、宮門跡(親王門跡)ではないものの准門跡とでもいうべき寺格であり、天台宗の名刹から推挙された僧侶が務めているのです。
「ともかく一度向かってみましょう」
私は馬を駆って、善光寺へと向かいました。
そして到着した私の目に入ったのは黒く焼け焦げた山門でありました。
「これは……ひどいですね」
立派であった山門が見る影もない状態になっているのは悲しいことです。
そこへ栗田寺別当範覚殿がやってきました。
「範覚殿いったい何があったのですか?」
「うむ、戸隠山勧修院顕光寺は天台山門派じゃが、善光寺は園城寺は天台寺門派であってのう。
比叡山の慈覚大師と園城寺の智証大師の昔より両寺は仲が悪く、しかも後白河法皇様は園城寺に帰信しておられるが、延暦寺は平家と親しくての。
顕光寺は修験道場戸隠十三谷三千坊として比叡山、高野山と共に「三千坊三山」と呼ばれて折るが
善光寺も善光寺聖を全国各地に派遣祖ておる名山じゃ。
しかも、保元元年(1156年)閏9月の「保元新制」で、寺社の濫行禁止と荘園の規制を後白河法皇様は謳っておられ、これらの制策のせいで、院相互の競合・確執も深刻化しており
寺社では内紛が頻発している有様じゃ」
「つまるところ、これを行ったのは戸隠山勧修院顕光寺の門徒というわけですか」
「うむ、そうじゃ」
なるほど、どうやら予定通りですね。
あ、もちろん”戸隠”側の門徒が火のついた木炭がはいった火鉢を持っていたり、門徒が暴徒化するように扇動したものがいたりしたのはただの偶然デスヨ。
「しかし、このままでおくわけにもいきませぬし、
「杣工」「人足」「木工座」を集めて、至急にに山門を再建するといたしましょう」
「うむ、木曽殿に手伝っていただければありがたい」
ちなみに杣工は木材を伐採し伐採した現場か、少し川を下った作業場所かで丸太を割り、板、角材、八角材などに加工する職人
木工座はいわゆる大工さんで大工、権大工(引頭)、長(オトナ)、連、の4階層に分かれ、 大工は「大工職」としてこれらの集団を組織しました。
人足は勿論現場まで材木を運ぶ役割の人たちです。
幾日かののちに山門は無事修復できました。
「木曽殿には真に感謝でございます」
栗田寺別当範覚殿の言葉に私は笑って答えました。
「いえいえ、同郷のよしみでございますゆえ。
ところで範覚殿にお願いしたきことがございますが、聞いていただけますでしょうか?」
「うむ、わしにできることであれば」
「では、木曽の方で多くの御所周辺にあった公家町内に、御里房(平安京の別邸)を建築いたしますゆえ、 是非に法親王様善光寺へお呼びしたく存じます。
範覚殿であれば園城寺の長吏様や平家の中で善光寺領を担当している平頼盛殿といった、伝手もございましょうし、是非にお願い致します」
「う、うむ、承知いたした。
法親王様のいらっしゃる寺であればおいそれと手出しもできまいな」
「はい、よろしくお願い致します」
私は馬を返し松本の屋敷へ戻ると平安京の御里房を立てさせるべく手配を始めました
「しかしまあ、金のかかることですよね、軍事や政治というものは」
溜息が出てくるのをだれが責められるでしょうか。
そして京の都の御里房も完成し、落ち着いたころに栗田寺別当範覚殿が松本の屋敷に訪ねてきました。
「巴様、大勧進貫主として園城寺長吏であります円恵法親王にお越しいただけることになりましたぞ」
「そうですか、今回はご協力いただき感謝いたします」
「いえいえ、儂の方でも善光寺が法親王様がいらっしゃる、門跡寺院となれば寺格も上がりますしな。
願ったりかなったりですわい」
「それではぜひ一度お目通り願えますでしょうか」
「うむ、大丈夫でございましょう」
後日円恵法親王への拝謁が許可されました。
「大勧進貫主、円恵法親王、ご拝謁」
御簾の裏に人が来たのがわかりました。
「木曽中三権守兼遠が娘、巴殿、拝謁を許可する」
私は前に進み平伏して奏上を述べます。
「このたびはいと高き御方に御拝謁の機会を賜り、大慶至極に存じ奉ります」
「うむ苦しゅうない。こたびの山門の修復および御里房の寄進、朕は誠に嬉しく思うぞ」
「はは、ありがたきお言葉にて」
「これからも朕のためによく働くがよい、さすれば我が父上もお喜びになるであろう」
「誠に恐縮でございます」
「うむ、では本日はここまでとしようぞ」
「ははぁ」
人が立ち去る音がしたのを確認して私は顔をあげました。
「これで、朝廷方との直接的な伝手が一応できましたかね」
わたしは力を抜いて屋敷に戻ったのでした。
「巴様!! た、大変でございます」
私の侍女である小百合が部屋に駆け込んできました。
「善光寺が燃えているとのことでございます!」
「なんですって?」
善光寺は信濃の国のみならず日本でも最古と伝わる一光三尊阿弥陀如来を本尊とした寺で、天台宗園城寺系の寺でありまた女人禁制があった旧来の仏教の中では稀な女性の救済も行っている寺であります。
また、宮門跡(親王門跡)ではないものの准門跡とでもいうべき寺格であり、天台宗の名刹から推挙された僧侶が務めているのです。
「ともかく一度向かってみましょう」
私は馬を駆って、善光寺へと向かいました。
そして到着した私の目に入ったのは黒く焼け焦げた山門でありました。
「これは……ひどいですね」
立派であった山門が見る影もない状態になっているのは悲しいことです。
そこへ栗田寺別当範覚殿がやってきました。
「範覚殿いったい何があったのですか?」
「うむ、戸隠山勧修院顕光寺は天台山門派じゃが、善光寺は園城寺は天台寺門派であってのう。
比叡山の慈覚大師と園城寺の智証大師の昔より両寺は仲が悪く、しかも後白河法皇様は園城寺に帰信しておられるが、延暦寺は平家と親しくての。
顕光寺は修験道場戸隠十三谷三千坊として比叡山、高野山と共に「三千坊三山」と呼ばれて折るが
善光寺も善光寺聖を全国各地に派遣祖ておる名山じゃ。
しかも、保元元年(1156年)閏9月の「保元新制」で、寺社の濫行禁止と荘園の規制を後白河法皇様は謳っておられ、これらの制策のせいで、院相互の競合・確執も深刻化しており
寺社では内紛が頻発している有様じゃ」
「つまるところ、これを行ったのは戸隠山勧修院顕光寺の門徒というわけですか」
「うむ、そうじゃ」
なるほど、どうやら予定通りですね。
あ、もちろん”戸隠”側の門徒が火のついた木炭がはいった火鉢を持っていたり、門徒が暴徒化するように扇動したものがいたりしたのはただの偶然デスヨ。
「しかし、このままでおくわけにもいきませぬし、
「杣工」「人足」「木工座」を集めて、至急にに山門を再建するといたしましょう」
「うむ、木曽殿に手伝っていただければありがたい」
ちなみに杣工は木材を伐採し伐採した現場か、少し川を下った作業場所かで丸太を割り、板、角材、八角材などに加工する職人
木工座はいわゆる大工さんで大工、権大工(引頭)、長(オトナ)、連、の4階層に分かれ、 大工は「大工職」としてこれらの集団を組織しました。
人足は勿論現場まで材木を運ぶ役割の人たちです。
幾日かののちに山門は無事修復できました。
「木曽殿には真に感謝でございます」
栗田寺別当範覚殿の言葉に私は笑って答えました。
「いえいえ、同郷のよしみでございますゆえ。
ところで範覚殿にお願いしたきことがございますが、聞いていただけますでしょうか?」
「うむ、わしにできることであれば」
「では、木曽の方で多くの御所周辺にあった公家町内に、御里房(平安京の別邸)を建築いたしますゆえ、 是非に法親王様善光寺へお呼びしたく存じます。
範覚殿であれば園城寺の長吏様や平家の中で善光寺領を担当している平頼盛殿といった、伝手もございましょうし、是非にお願い致します」
「う、うむ、承知いたした。
法親王様のいらっしゃる寺であればおいそれと手出しもできまいな」
「はい、よろしくお願い致します」
私は馬を返し松本の屋敷へ戻ると平安京の御里房を立てさせるべく手配を始めました
「しかしまあ、金のかかることですよね、軍事や政治というものは」
溜息が出てくるのをだれが責められるでしょうか。
そして京の都の御里房も完成し、落ち着いたころに栗田寺別当範覚殿が松本の屋敷に訪ねてきました。
「巴様、大勧進貫主として園城寺長吏であります円恵法親王にお越しいただけることになりましたぞ」
「そうですか、今回はご協力いただき感謝いたします」
「いえいえ、儂の方でも善光寺が法親王様がいらっしゃる、門跡寺院となれば寺格も上がりますしな。
願ったりかなったりですわい」
「それではぜひ一度お目通り願えますでしょうか」
「うむ、大丈夫でございましょう」
後日円恵法親王への拝謁が許可されました。
「大勧進貫主、円恵法親王、ご拝謁」
御簾の裏に人が来たのがわかりました。
「木曽中三権守兼遠が娘、巴殿、拝謁を許可する」
私は前に進み平伏して奏上を述べます。
「このたびはいと高き御方に御拝謁の機会を賜り、大慶至極に存じ奉ります」
「うむ苦しゅうない。こたびの山門の修復および御里房の寄進、朕は誠に嬉しく思うぞ」
「はは、ありがたきお言葉にて」
「これからも朕のためによく働くがよい、さすれば我が父上もお喜びになるであろう」
「誠に恐縮でございます」
「うむ、では本日はここまでとしようぞ」
「ははぁ」
人が立ち去る音がしたのを確認して私は顔をあげました。
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わたしは力を抜いて屋敷に戻ったのでした。
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