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ニート最大の危機

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女豹ミランダの腕がとんでもない光を帯びていた。悪意というか殺意がこもった光だ。どんな魔法か知らないが、絶対ヤバいやつだ。

「さあ、こんがりと、いや、灰も残さず燃え尽きちまいなっ!」

ああ、火炎系の魔法か。空気中の酸素と水素を魔力で集めて発火させる。もちろんそれも魔力で。指向性を持たせるためまたまた魔力でコントロールする。火力調節も自由だから、タバコの火をつけることから火炎放射器みたいにもできるって、なに説明してるんだ、ぼく。

「死ねっ!」
「いやだ」

ものすごい火炎が襲ってくる。もう渦巻き状に、しかも中心はもはや青い火だ。どんだけ高温なんだ。そんなもん人に向けるなんてありえない。まったくひどいやつだ。

「え?」

女盗賊が目を剥いている。まわりの盗賊たちもニヤニヤ笑いをやめて、口をあんぐりと開けている。

「お、お頭?ど、どうしました?」
「あ、あれ?おかしいねえ。どうしちゃったんだろう?今日は調子が悪いのかしら…」

女豹ミランダは首をかしげるばかりだ。

「おばさん、もうおしまい?」
「おばさんじゃないって言ったろ!」

また火炎が襲ってきた。こんどはさっきの数倍は大きかった。途中で消えるとはいえ、ここまで熱が伝わってくる。すさまじい魔法だ。

「うわー、熱っちいなあ。ちょっとお、火事になるよ?」
「あれ?」

ミランダは真っ青になったようだ。そりゃそうだ。魔法が効かないんだもん。びっくりして青くもなるよね。

「今だ、ゴーレムくん!」

見えないゴーレムくんに縛られている三人を担いで来させた。これで人質はいない。うっしっし、計画通り。って、そんな計画なかったけど。

「な、何だ、どうなっている!なんで魔法が効かない?何で人質が勝手に?」

動揺している動揺している。さあ、一気に畳み込むよ!

「おばさん、もうおしまいだ。ここには町の人や自警団、そして蛇口教の信者たちもいる。みんな自分の財産を守ろうとしているんだ。そいつはおばさんたちの数をを上回っているんだけどね?」
「ちっ、どうやったか知らないが、まぐれであたしの魔法をかわして偉そうに。あんた大変なことしちまったんだよ…わかるかい?このあたしを怒らせちまったってことだよっ!」

こんどはミランダは両手を高くかざした。マンガで見たことあるやつだ。いわゆる大規模魔法ってやつだ。あのおばさん、ここらを爆炎で吹き飛ばす気なんだ!ヤバい!

「仕方ないなあ」

ぼくはとことことミランダのところに歩いて行った。

「はあ?自ら死を悟ったってわけね。あんたひとり犠牲になればってか?泣かせるけどもう遅いわよ!みんなまとめて吹き飛ばしてやるわ!」
「お頭、あっしらは?」
「知るもんか!」
「マジかよ!」

ひどいなあ。仲間なのにそれはないよね。まあ、それが盗賊の宿命ってやつなのかもね。成仏してね。あれ?ここって仏教ってあったかな?

「なにぶつぶつ言ってやがる!消えちまえっ!」

超巨大な火の玉がミランダの頭上に膨れ上がった。ゆっくりとミランダが腕を振り下ろす。盗賊たちは頭を抱え地に突っ伏してしまった。もちろん町の人たちも恐怖におののいている。もう逃げだす力もないのだ。

それは風船がしぼむようにゆっくりと小さくなっていった。やがて小指ほどの炎になり、ちらちら燃えたあと、ジュッ、っと音を立てて、消えた。

「あれ?」
「え?」
「お?」

夢を見ていて、急に目覚めた感覚、あれに似ていた。

「ど、どうして…」

ミランダは自分の手を見つめてわなわなと震えている。かわいそうだから教えてやろうかと思ったが、そこまでする義理はないので黙っていよう。ふふ、ぼくに魔法は効かないんだ。

なんだそれ、と思うかもしれないが、ぼくは今日一日寝ながら必死に考えていたんだ。もちろん女豹ミランダの魔法対策だ。最初見たときに強力なものだとわかった。盗賊のアジトに行ったときだ。あのときラフレシアとオッサンは魔法にかかったが、ミローネとぼくにはかからなかった。ずっと考えて、ある結論に達した。精霊には魔法は効かないんじゃないかってこと。精霊に効かないんなら精霊使いのぼくにも効かないのだろう。つじつまが合う。

ただ、それだけだとちょっと困る。ぼくとミローネだけに効かなくても、あとのみんながやられては、ぼくらふたりだけじゃボコられて終わりだ。だから精霊の力の範囲を広げたんだ。あの『一日一回なんでも願い』で。

「こ、この野郎!」

ミランダが鋭い剣筋でぼくに剣を振り下ろした。ガキーンと火花が散ったけどぼくは平然としていた。ミランダはますますオロオロしている。笑える。ぼくの目の前にはステルスゴーレムがいるんだ。みんなには見えないけどね。

「ぐぎゃ!」

ミランダつーかまえたー。ぼくのゴーレムくんに首根っこをつかまれてじたばたしているミランダは、もう何にもできない。ぼくのそばにいるだけで魔法も使えないしね。ああ、勝ったな、と思ったときが人間一番危険な時なんだって死んだおじいちゃんが言ってたような言ってなかったような…とにかく嫌な予感は当たるようにできているんだね。

「こぞう!動くな!」

あー忘れてたよ。教団幹部のガルシムくんじゃないか。あーまたあの三人人質に取られちゃった。よっぽど人質に取られやすい体質してんだろうな。

「また捕まってんの?もういい加減にしてよ、足引っ張るの」
「ふざけんなっ!あんたが縄ほどかないからだろっ!」

あ、ラフレシアったらあんなこと言ってる。まったくもう、人の気も知らないで。

「そんなこと言ったってそんな暇なかったろ?」
「あんたただボーっと見てただけでしょ!」
「この子の言うとおりだ!お前、見てただけだったっぞ!」

あーふたりしてなんだよー。あ、あの町長まで同じこと言おうとしてやがる。言ったら殺そう、と、ぼくはそういう目線を町長に送った。町長は目をそらした。

「やかましい!おまえらいったいなんなんだ!」
「おまえこそいいのか?そこで縛られているのをどなたと心得る!頭が高いぞ!」

いやあ、一度言ってみたかったんだよね、これ。

「そ、そうだガルシム、まずいことになるぞ!そいつはガザン王国の騎士バレリナという貴族だ」

シャドレア・リンギスが慌てて言った。なかなかの悪徳商人越後屋っぷりだね。が、しかしガルシムはにんまり笑ったのだ。

「ああーあ、なんだって?どこがガザン王国の騎士バレリナだ?そんなやつははなから存在しねえよ!」

 なんだって!!

はい全員の大合唱来ましたー。いやーバレるの早かったなー。

「一応聞くね、決まりだから。な、なんだと!証拠でもあるのか!」

これ言わないと物語続かなくなるからね。

「証拠も何も、何を隠そうこの俺さまはガザン王国の元貴族さ。悪事がバレて死刑になるところを逃げだした。そこを教皇ゼルセルさまに拾われたってわけだ。だからあの国のことはよく知っている。バレリナなんて貴族はいねえんだよ」
「きみは知らないと思うが、去年できたかも知れないんだよ?」
「意味わかんないウソつくなっつってんだろ」
「はーいすいませんでしたー」

ウソついてないしー。あくまで言ったのはラフレシアだしー。それにしても参ったなー。まさかガザン国の人がいたなんて反則だよなー。

「じゃあその女を放してもらおう。どうやっているのかわからないがな。それにしても気味悪いな」

まあ、ミランダが宙に浮いてぷらーんとしているのはなんか笑えるね。

「その二人を…あ、いや、そういう気持ちがあったら町長も、っていう感じで一緒に放せば考えてやる」

こういうの駆け引きって言うんだよなー。まあ、エリートサラリーマンだったぼくが交渉するんだからなー。まあ楽勝?って感じだなー。

「あほう!こっちは三人いるんだ。ひとりずつ首を斬り落としてやる」
「だったらこっちもこのおばさんをまっぷたつに」

なんてできるわけないけど。これも交渉術さ。

「けっ、そんな女なんかどうでもいい。ただゼルセルさまに生きて連れ帰れと言われているだけだ。まだまだ利用価値があるからだそうだが、俺はもう関係ねえ。金をかっさらってトン面よ」

うわー、交渉の余地なしかー。こんだけ利己的なやつだと駆け引きできないんじゃない。

「どうする!ああ?」

いやマジ殺っちゃいそうな眼をしてるー。ここでそんなえぐいもん見たくねー。お肉食べられなくなるー。

「ごめんなさい。放しまーす」

楽勝、消滅ー。

「ゲホゲホゲホッ!」

ゴーレムに放されたミランダは、喉を押さえすっごい咳をした。あれ、苦しかったかなー。ちから加減わかんないもんなー。

「ち、ちきしょう、さんざん言ってくれるじゃないか」
「魔法の使えなくなったお前に用はないんだぜ?助けてやっただけでもありがたく思え。さあ、金の袋を担ぎな。おい、シャドレア!お前もだ」

だがまだこっちの人数が勝っている。ほんとうは戦いたくないが、ここで本気で戦わないとラフレシアが殺されてしまう。あの『一日一回願い何でも』はもう今日の分は使っちゃったしね。まあ、数でならこっちの有利だ。蛇口教の信者たちももうがぜんやる気出してるし。そりゃそうだ。教祖さまのピンチなんだ。みんな殉教者としてあとで讃えてあげるからね。成仏してね。

「なかなか面白いことになっているな、ガルシムどの」

あーもうこりゃー、あかんやつやー。

「ちっ、遅かったじゃねえか、ゴーシェ将軍よ。何もたもたしてやがったんだ」

いかにも歴戦の騎士って感じのその恰幅のいい騎士は、馬上からガルシムを睨みつけていた。ぞろぞろとダルメシアの兵たちが入ってくる。うわああ、みんな強そうだなあ。

「わたしは命令を受けている。それは町ぐるみで租税の支払いを拒み隠匿する輩がおり、その摘発に向かうようにと国王が仰せになられた。それはライネントルフ教団からの訴えと聞く。間違いないか?ガルシムどの」
「あ、ああ。間違いない。この通り税を見つけ出した。隠してやがったんだ、この町のやつらがな」
「そこの盗賊どもはいかがした?」
「盗賊?これは私兵ですぞ。ライネントルフ教団の」

将軍はチラッとミランダを見てまた視線をガルシムに移した。

「そこに転がされているのはガザン王国の騎士バレリナさまではないのか?」
「な、何をおっしゃいます。こいつは真っ赤な偽物です」
「ふん」

どこまで話を聞いていたんだろう。だがピンチには変わりないか。っていうか、状況は悪くなってない?軍隊来ちゃったら勝ち目ないじゃん。

「まあ、ここは国王の命令もある。こいつらとそこの小僧をひっとらえていこう。租税はおぬしらに任せるぞ、いいな?ガルシムどの」

うわあ、最悪。もうこうなったら手も足も出ないなあ。ネクロちゃんに幽霊バカスカ出してもらっても、あんまり効果なさそうだしね。

「ゴーシェ将軍?これはいったいどういうことだ!」

いきなり若い男の声がした。数人の供回りの騎士を連れた若い男がやって来ていた。

「こ、これは、お、王子殿下!な、何故かようなところに?」

王子さま、きたー!って、なんで?誰、あれ。

それは絵に描いたように颯爽とカッコいい王子さまが、マジ真っ白い馬に乗って来ました。



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