上 下
61 / 88

吸血鬼は闇に笑う

しおりを挟む
ハイネンリヒ・リードフォルゲン男爵と彼は名乗った。古い家柄で、だが新しい国王に領地を追われ、命からがらこの地にたどり着いたという。

「ご家族はいないのですか?」

ぼくは至極当然のことを聞いたつもりだった。だが彼の反応は激しいものだった。

「なんという!そして悲しい響きだ…。ああ、もし地獄があり、妻や娘がそこにあれば、わたしは躊躇なくその場に赴き、この腐れた身体を投げだそうに」

どうやら死んだらしいね。そしてそれを未だに悔いているようだ。気の毒だけど、ぼくにはどうしようもないことだ。

「お見苦しいところをお見せいたしました。さあ、すぐに宴をはじめましょう!」

男爵はそう言って奥に引っ込んでしまった。ぼくらは応接間に取り残されて、どうしたもんだかと、ぼくだけ悩んでいた。この先の展開が気になる、っていうか絶対ヤバい。どう見たって吸血鬼なおじさんのところに迷い込んだんだ。無事で済むわけないだろう。みんな血を吸われたあげく、バンパイアになってしまうんだ。精霊や死霊使い、ベビードラゴンがバンパイアになるというのはないだろうが、ラフレシアやぼくは人間だ。超ヤバイ。

料理は豪華なものだった。山海の珍味って感じで、しかも種類も品数も多かった。それが品よくあまり多くない量で提供される。唯一の疑問は、果たしてこの食材がどこからきたのか、というところだね。この世界にまだ冷凍庫や冷蔵庫なんてないから、こんな食材をすぐに集めることは、しかもこんな場所だ。ありえない。

「ちょっと、なんで食べないのよ、デリア」
「いやあ、あんまりお腹減ってなくて。ラフレシア、先に食べていいよ」
「うそおっしゃい。あたしたち朝から何も食べてないのよ。もう腹ペコで死にそうなはずでしょ?」
「じゃあきみ食べてみて」
「い、いやよ!なんであたしから食べなきゃなんないのよ」
「でもほら、みんな食べてるよ?」
「あいつらは人外でしょ?人間と身体構造違うでしょ?あたしら蛇とかトカゲを生でいただきますするやつらと違うでしょ?」

けっこうひどいこと言っているみたいだが、まあ確かにそうだ。そういうことなのでぼくは素直に男爵に質問した。

「あのー、ほんとに失礼なこと聞くようですが、この食材ってどこからきたんでしょうか?」

男爵は真っ赤な色のワインを傾けながらにっこり笑った。笑った顔が怖えええ。

「ほう、よくぞ聞いていただけました。これはわたしの自慢の農場でみな育てたものですよ」
「農場?肉や野菜はわかりますが、これは魚のようですし、こっちは貝かな…それに亀みたいなやつもいるし」
「農場と申しても、人間のそれとは趣が違います。強いて言えば万物の創生装置、と言ったところです」
「万物の創生装置?」

なんかわからんがすごいもののようだ。もしかして食料を作り出す夢のような機械なのかな?

「ご不審なのはわかります。実際そんなものがあるか、とね。ではお食事前にみなさまにお見せしましょう」

男爵はそう言って席を立った。さあどうぞこちらに、という言葉でラフレシアとぼくも席を立つ。

「あらしらは食べてっから」
「食べてっから」
「むひゅ」

あっそう。三匹はそう言った。まあいいですけどね。

連れていかれたのは薄暗い階段だった。それを降りる。どんどん降りる。かなり地下に来たと思った。

「ここです。ここが自慢の研究室と万物の創生装置があるところですよ」

かなり巨大な金属のドアだった。銀行の金庫みたいなやつだと思った。

「ずいぶん厳重なんですね」
「そりゃこいつの秘密を欲しがっているやつらがたくさんいますからね」

ふうん、それなのにぼくらにそんなに簡単にホイホイ見せちゃっていいのかな?

重厚な金属のドアが開くと、そこはだだっ広い部屋になっていた。さまざまな機械類があり、そのどれもが稼働しているようだった。

「ご存じのようにこの辺りは火山から由来する地下マグマの熱床帯が通っています。機械類はその熱を利用し、熱魔交換機によって魔導素に変換されます」
「魔導素?」
「いい質問です。金属を…主に鉄ですが、こすると磁力が発生しますね?」
「はい知っています」
「よろしい。では毛皮などをこすり合わせると?」
「静電気ですね。こっちの世界で言うエレキスでしょうか」
「正解です。これを大規模にしたものが雷魔法となります」

うえっ、雷の魔法もあるのか。それはいやだなあ。

「そして三つ目。魔鉱石同士をこすり合わせると?」
「魔導素、ですか」
「そうです!いわゆる魔素が発生します。いままで自然にあるものだと言われていた魔素というものは、この星の内部の魔鉱石がマントルの移動とともにこすりあわされ発生していたものなのです」

こいつもしかしてすごい人なんじゃないか?魔素の起源をサラッと解明してんじゃん。

「つまり魔素を無尽蔵に発生させられるってことですか?すごいですね」
「残念ながら無尽蔵ではないのです。魔鉱石はじつは魔素の結晶体。こすり合わせて行けばそのうち小さく、そしてなくなってしまいます。ですから魔鉱石の採掘はとても重要なのですよ。わかりますか?」
「はあ、まあなんとなく」
「では万物の創生装置をごらんいただきましょう!」

なんとなく大げさなやつだと思った。だが次に見たものは、そんなことを言っているのはおかしいくらいとびぬけたものだった。

「デリア、あれって!」
「あ、ああ、あれはドラゴン?」

透明のでかいケースに入っていたのは巨大なドラゴンだった。なんでドラゴンがこんなところに?しかもまだ何か不完全みたいだ。手足や翼がいびつなのだ。

「あれはわたしの最高傑作でありまして、いわゆるドラゴンの創生装置であります」
「ドラゴンを創生?マジか」
「わたくし、これまでいろいろなものを創生してまいりました。カビのようなものから始まり果てはこのドラゴンに至るまで、それこそありとあらゆるものを、です!まあ、失敗も多くありましたがね。みなさんに今日お出ししたものはまあ言ってみればその一部です」

そんなもん食わせようとしたんかー!

「これも魔導素の力で作ってんですか?」
「その通り!いえ、完成まであともう一息のところで問題が起きまして…。まあよくあることなんですが」

これはきっと聞いちゃいけない気がする!

「あのーぼくらそろそろおいとましようかなー、なんて…」
「あ、そうですか?残念だなー。もっと面白い話をお聞かせしたかったんですが…まあご事情もあるでしょうから、ねえ。ではお帰りはこちらからどうぞ」

男爵は小さなドアのところへぼくらを案内した。

「これは自動昇降機、と呼ぶもので、わたしが作りました。これも魔導素で動きます。これで好きな階に行けるんですよ、すごいでしょ?」

エレベーターじゃねえか!なんで最初から使わねえんだよ!

「さあどうぞ」
「なんか怖いわ」

男爵に誘われるままぼくはエレベーターに乗った。エレベーターというより吊りゴンドラという感じで、天井はなく、空洞の内部が丸見えだ。おお、かなり高くまで昇れるみたいだ。太いロープに吊り下げられてるけど、大丈夫なのかな?まあエレベーターなんてぼくは慣れているからラフレシアみたいに怖いとは感じなかった。だが、それがいけなかった。

「おおっと、大事なものを忘れてしまいました。どうか先に行っててください」

そう言って男爵はエレベーターから出ると、振り向いてにっこり笑った。ヤバい、そう思ったときには遅かった。

「きゃっ!」
「あっ!」

急に動き出したエレベーターは下にどんどん降りて、いや落ちていくような感覚だ。それはきっとすごいスピードで地下深く降りて行ったんだと思う。エレベーターの上はもう真っ暗闇で、そこに小さく光る男爵の笑う目が見えた気がした。


しおりを挟む

処理中です...