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やさしき者たち
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何者だ、と溶岩獣はぼくらに聞いた。なんでそんなこと聞いてきたか、とっさのことだったのでわからなかった。だから黙るしかなかった。
「なぜ答えん?おまえらもやつらと同じ…」
「おまえらっ!そいつから離れろっ、とばっちり食うぞ!」
牛頭の兄貴がそう言った。とばっちり?何のことだ、と考えてる間にそれは来た。とんでもない水流だった。
「ぎゃああああっ!」
「ぐげぼげぼぼげぼっ」
ぼくらは一瞬にしてとんでもない水流の中にたたき込まれていた。縛られてるんだ、泳げない!溺れるっ、っと思った瞬間、何本もの手がぼくを水流から引き揚げた。
「グボッ、ゲハゲハ…はあああ、ラ、ラフレシア!」
「心配するな。引き上げた」
声がした。見ると縛られているラフレシアが何人ものゴブリンたちに引き上げられている。あらためて声の方を振り返ると、そこには半裸で薄緑色の皮膚をしたゴブリンがいた。
「あなたたちが助けてくれたんですか?なんで…」
「なんでって、溺れてるからだろ。どうにも暑さしのぎに水浴しているようには見えなかったからな」
冗談を言ったんだよね?ゴブリンジョークなのかな。
「どうもありがとうございました」
「礼には及ばん。むしろなんで助けたと、あとで恨まれるかも知れんがな」
それ、おっしゃる意味が痛いほどわかります。
「デリアっ、大丈夫?うっ、ゲホゲホゲホっ」
ラフレシアは相当水を飲み込んだみたいだ。かなり水を吐いている。
「あ、あの、魔獣は?」
「ジラーフか?逃げて行った。やつは水に弱い。クヌムさまは水を操れる神だ。クヌムさまが追い払った」
神?神って言ったか?やはりあいつは古代エジプト神話の『クヌム』なのだろうか?そいつがなんだってこんなところに?
「ちっ、生きていやがったか。まあいい。おいっゴブリンども、そいつらを監房にぶち込んどけ!」
監房?刑務所かここは。ってか、なにこれ?小さい洞穴掘ったところにそまつな格子?なにが監房だ。むかし飼ってた犬の方がよっぽどいいとこ寝てたぞ。
「我慢しろ。これでも俺たちの立派な寝床だ」
「あ、ああそう」
なんかすまない気持ちになっちゃった。それは、あまりにもこのゴブリンが優しかったから。ゴブリンって残酷で貪欲で嫌らしいいきものじゃないのか?
「いま縄を解く。俺たちが帰って来るまでに、その濡れた服を乾かしておくがいい。この地熱だ、すぐ乾く」
「あ、ありが…とう…」
縄を解かれたラフレシアはぐったりしている。相当水を飲んだんだ。気分は最悪だろう。
「ラフレシア…大丈夫?」
「うん、大丈夫。デリアは?」
「なんとかね。それより服を乾かさないと」
「わかった。向こう見ててくれる?」
「も、もちろんさ」
「ゴブリンたちは?」
「作業に行っちゃった」
どうやらあと片づけが優先らしい。メチャメチャになった採掘場を整えなきゃならないみたいだ。あの牛頭馬頭兄貴たちも必死に働いている、っていうか口だけ出してるって感じだけどね。あのクヌムって親分だか神は、またあの高いところで長椅子にだらしなく寝そべっていた。
かなりの時間、彼らは必死に働いていた。まったくの地下なので、いまが昼なのか夜なのかはわからないが、松明の燃料の交換頻度から逆算しておおよそ八時間くらいは経っている。ぼくらが食堂にいたのが昼だから、もう真夜中ってことになるね。
そうこうするうちにどやどやとゴブリンたちが監房と呼ばれるそまつな洞穴牢に戻されてきた。さっきのゴブリンが深めの小さな皿をふたつ、持ってきてぼくらに差し出した。
「食べとくといい。ここじゃ衰弱が一番の敵だ。何しろ日が当たらない。食っとかないと骨が成長しないから俺らのようになっちまうぞ」
「あんたたちはゴブリンだろ?」
「ああそうだ。亜人のなかでも、とくに人間に嫌われている、薄汚い小鬼さ」
「でもぼくらを助けてくれた。恩人だ」
「そう言ってくれる人間はあんたがはじめてだ。俺はシエラス。よろしくな」
「ぼくはデリア。こっちはラフレシア。わけあって旅している」
「そうか」
ゴブリンのシエラスはそれ以上何も聞かなかった。聞いたところで満足させる好奇心もなかったのかもしれないし、すぐに殺されるものに好奇心などわかないのかも知れなかった。
「ちょっとなにこのスープ。薄いうえにゲロまずい!どこのカエルのしょんべんかと思ったわ」
「すまんな…これでも俺たちの、一日たった一回の、大事な食事なんだ」
「あ、ああそう。ま、まあとくに問題は…ないかな…」
そう言ってラフレシアは目をつぶってスープをすすった。
「ところであんたたちはどうしてこんなところに?」
「奴隷としてここに連れて来られた。もとは北の、はるか大山脈の向こうに亜人だけの土地がある。俺らもそこに住んでいた。自然が豊かで、なに不自由ない暮らしだった。だがあるとき人間がやってきた。やつらはときどきやってきては亜人をさらっていく。奴隷にするためだ」
「抵抗はしなかったんですか?」
「したさ。でも大勢殺された。やつらの武器は強力だ。とてもかなうもんじゃない」
ひどい話だ。まあ、地球にいたころだって、そういうはなしは昔からあったなあ。
「でもあたしたちは親から、ゴブリンは残虐非道で、だれかれ見境なく殺し、女とみれば犯すって教えられた」
ラフレシアが暗い顔をしてそう言った。それは繰り返し繰り返し教わるのだろう。そうやって民族、種族のイメージを焼きつけていく。支配するのになんら罪悪感を抱かないように、戦争で殺すのに躊躇しないように…それが支配する側の教育だ。そういうのは地球でさんざん見てきた。
「そうじゃなくてよかったな」
シエラスは笑ってそう言った。その笑顔はどことなく…寂しそうだった。
「なぜ答えん?おまえらもやつらと同じ…」
「おまえらっ!そいつから離れろっ、とばっちり食うぞ!」
牛頭の兄貴がそう言った。とばっちり?何のことだ、と考えてる間にそれは来た。とんでもない水流だった。
「ぎゃああああっ!」
「ぐげぼげぼぼげぼっ」
ぼくらは一瞬にしてとんでもない水流の中にたたき込まれていた。縛られてるんだ、泳げない!溺れるっ、っと思った瞬間、何本もの手がぼくを水流から引き揚げた。
「グボッ、ゲハゲハ…はあああ、ラ、ラフレシア!」
「心配するな。引き上げた」
声がした。見ると縛られているラフレシアが何人ものゴブリンたちに引き上げられている。あらためて声の方を振り返ると、そこには半裸で薄緑色の皮膚をしたゴブリンがいた。
「あなたたちが助けてくれたんですか?なんで…」
「なんでって、溺れてるからだろ。どうにも暑さしのぎに水浴しているようには見えなかったからな」
冗談を言ったんだよね?ゴブリンジョークなのかな。
「どうもありがとうございました」
「礼には及ばん。むしろなんで助けたと、あとで恨まれるかも知れんがな」
それ、おっしゃる意味が痛いほどわかります。
「デリアっ、大丈夫?うっ、ゲホゲホゲホっ」
ラフレシアは相当水を飲み込んだみたいだ。かなり水を吐いている。
「あ、あの、魔獣は?」
「ジラーフか?逃げて行った。やつは水に弱い。クヌムさまは水を操れる神だ。クヌムさまが追い払った」
神?神って言ったか?やはりあいつは古代エジプト神話の『クヌム』なのだろうか?そいつがなんだってこんなところに?
「ちっ、生きていやがったか。まあいい。おいっゴブリンども、そいつらを監房にぶち込んどけ!」
監房?刑務所かここは。ってか、なにこれ?小さい洞穴掘ったところにそまつな格子?なにが監房だ。むかし飼ってた犬の方がよっぽどいいとこ寝てたぞ。
「我慢しろ。これでも俺たちの立派な寝床だ」
「あ、ああそう」
なんかすまない気持ちになっちゃった。それは、あまりにもこのゴブリンが優しかったから。ゴブリンって残酷で貪欲で嫌らしいいきものじゃないのか?
「いま縄を解く。俺たちが帰って来るまでに、その濡れた服を乾かしておくがいい。この地熱だ、すぐ乾く」
「あ、ありが…とう…」
縄を解かれたラフレシアはぐったりしている。相当水を飲んだんだ。気分は最悪だろう。
「ラフレシア…大丈夫?」
「うん、大丈夫。デリアは?」
「なんとかね。それより服を乾かさないと」
「わかった。向こう見ててくれる?」
「も、もちろんさ」
「ゴブリンたちは?」
「作業に行っちゃった」
どうやらあと片づけが優先らしい。メチャメチャになった採掘場を整えなきゃならないみたいだ。あの牛頭馬頭兄貴たちも必死に働いている、っていうか口だけ出してるって感じだけどね。あのクヌムって親分だか神は、またあの高いところで長椅子にだらしなく寝そべっていた。
かなりの時間、彼らは必死に働いていた。まったくの地下なので、いまが昼なのか夜なのかはわからないが、松明の燃料の交換頻度から逆算しておおよそ八時間くらいは経っている。ぼくらが食堂にいたのが昼だから、もう真夜中ってことになるね。
そうこうするうちにどやどやとゴブリンたちが監房と呼ばれるそまつな洞穴牢に戻されてきた。さっきのゴブリンが深めの小さな皿をふたつ、持ってきてぼくらに差し出した。
「食べとくといい。ここじゃ衰弱が一番の敵だ。何しろ日が当たらない。食っとかないと骨が成長しないから俺らのようになっちまうぞ」
「あんたたちはゴブリンだろ?」
「ああそうだ。亜人のなかでも、とくに人間に嫌われている、薄汚い小鬼さ」
「でもぼくらを助けてくれた。恩人だ」
「そう言ってくれる人間はあんたがはじめてだ。俺はシエラス。よろしくな」
「ぼくはデリア。こっちはラフレシア。わけあって旅している」
「そうか」
ゴブリンのシエラスはそれ以上何も聞かなかった。聞いたところで満足させる好奇心もなかったのかもしれないし、すぐに殺されるものに好奇心などわかないのかも知れなかった。
「ちょっとなにこのスープ。薄いうえにゲロまずい!どこのカエルのしょんべんかと思ったわ」
「すまんな…これでも俺たちの、一日たった一回の、大事な食事なんだ」
「あ、ああそう。ま、まあとくに問題は…ないかな…」
そう言ってラフレシアは目をつぶってスープをすすった。
「ところであんたたちはどうしてこんなところに?」
「奴隷としてここに連れて来られた。もとは北の、はるか大山脈の向こうに亜人だけの土地がある。俺らもそこに住んでいた。自然が豊かで、なに不自由ない暮らしだった。だがあるとき人間がやってきた。やつらはときどきやってきては亜人をさらっていく。奴隷にするためだ」
「抵抗はしなかったんですか?」
「したさ。でも大勢殺された。やつらの武器は強力だ。とてもかなうもんじゃない」
ひどい話だ。まあ、地球にいたころだって、そういうはなしは昔からあったなあ。
「でもあたしたちは親から、ゴブリンは残虐非道で、だれかれ見境なく殺し、女とみれば犯すって教えられた」
ラフレシアが暗い顔をしてそう言った。それは繰り返し繰り返し教わるのだろう。そうやって民族、種族のイメージを焼きつけていく。支配するのになんら罪悪感を抱かないように、戦争で殺すのに躊躇しないように…それが支配する側の教育だ。そういうのは地球でさんざん見てきた。
「そうじゃなくてよかったな」
シエラスは笑ってそう言った。その笑顔はどことなく…寂しそうだった。
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