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創造神クヌム

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状況は大体わかった。要するにここはあの創生装置を稼働させる動力となる魔石を、奴隷商から買い集めたゴブリンたちに採掘させているってわけだ。

「ねえ、あの創造神クヌムって、ほんとの神さまなの?」

ぼくはそうシエラスに聞いた。最初、シエラスは困ったような顔をしたが、仕方ないな、とつぶやいてぼくらにそれを話してくれた。

「すべてあの吸血鬼の仕業さ…」

あの男爵の吸血鬼は、もとから吸血鬼ではなかったそうだ。この北のはずれにあるアイズバルン王国のれっきとした貴族だったという。代々王家に仕える男爵は、錬金術師としてその名をはせていたそうだ。だが彼はあるとき禁忌を破ってしまった。それは錬金術師が欲してやまなくも、他の人間にとっては禁忌の技…。生命の創造だった。最初は小さな菌だったらしい。やがてそれはエスカレートした。彼は人間をつくりたかったのだ。

「人間を?」
「そうだ。彼の死んだ妻を、つくりたかったのだ」
「マジっすか」
「だってそれって生き返るってことじゃなくて、創り出すってことだから、もう元の奥さんじゃないんじゃないの?」

ラフレシアがまともなことを言った。まずいスープでおかしくなったのかな?

「狂人にその論理は通用しない」

彼は失敗を重ね、ようやく人間を作り出せるまでになった。だがそれは姿かたちは人間でも、中身は全く別物だったのだ。人間の失敗作であるそれはクリーチャーと呼ばれ、王国中をさ迷うこととなった。事態を重く見た国王はそれらを退治し、男爵を追放したのだ。

「それでこの谷に隠れ住んだのか…」
「それだけじゃない。彼はここでとんでもないものを生み出した」
「とんでもないもの?」
「あいつの死んだ妻を作り出すのには神の力がいると。だからあいつは神を作ったのだ」
「神さまを作った!?んなことできるんか!」
「ああ、あいつは作っちまった。あんたたちも見たろ?創造神クヌムを…」

あれはあの男爵が創り出したものだったのか。どうでもいいけどすげえな。ぼくも錬金術師だけど、あんなことできるのかな?

「誤解するな。いかにも姿は創造神クヌムだが、中身は別物だ。あれは神などではない。魔力と知力を持ったクリーチャーだ」

つまり魔法が使えるバケモノってこと?なんてものを作ったんだあいつ!

「ねえ、ここに送られる前に、なんか大きな容器でドラゴンみたいなのを作ってたけど、あれはなんだか知ってる?」
「ああ、あの装置も俺らが作らされた。あれはまさしくドラゴンだ。姿はな。しかし実態はいま言ったとおりだ。だがやつは狂人だ。そのためには悪魔と契約し、自ら吸血鬼にまでなったやつだ。やつはそのクリーチャードラゴンを使ってアイズバルン王国や、近隣の諸国を襲おうとしているのだ」
「なんだって!そんな恐ろしいことを…」
「魂を集めるためだと言っていた。悪魔にそそのかされたんだろう。魂を集めればおまえの妻は生き返ると。だがあいつはもうすっかり死んだ妻のことは忘れドラゴンの創生に没頭している。狂ったあいつの頭の中にはもう破壊と死しか残っていないのだ」

なんてことだ。そんな狂人がこの世にいたなんて。でもぼくはどうだ?ラフレシアやみんなが死んじゃったら、冷静にそれを受け入れられるだろうか?いくら無気力のニートだって、悲しみの重圧にはきっと押しつぶされてしまうに違いないと思う…。

「助けないと…」
「ゴブリンたちを?」
「そうじゃない、ラフレシア。みんなさ」
「みんな?王国の人たちも?」
「ちがうよ、ぜんぶだ。あの男爵も、ね」
「なんで…」

でもそれ以上はラフレシアは言わなかった。ぼくの強い憤りの中に、きっと何かを感じてくれたんだ。とりあえずあの神もどきを倒さなきゃ。あんなものをのさばらせてはいけないんだ!

「その前におまえら自身が助かることを考えるんだな」

ゴブリンのシエラスが暗い顔でそう言った。それはまるで諦めと絶望そのものだった。

「どういう意味?」
「見ろ、あれを…」

牛頭馬頭兄貴たちがゴブリンのひとりを牢から連れ出していく。女の子のゴブリンみたいだ。

「あいつらあの子をどうするつもり?」
「俺らのスープと一緒だ」

つまり食うわけか。だがスープじゃないだろ。むしろ活け造りだね。いやいやそんなことを考えてる場合じゃない!あいつらの食料って、つまり亜人やぼくらなんだ。てことは遅かれ早かれぼくらは食われるってことか。牛頭馬頭兄貴たちがそう言っていたのは冗談じゃなかったんだな。あの正直者たちめ!

「それならそのまずいスープが、どれだけかって見せてやるか」
「そうねデリア、期待してるわ」
「ちょ、きみもやるの!」
「あたしも?まあいいわ。うまくいったら服買ってよね。もうこの服着られないから」
「いっぱいあるじゃないか!まだ馬車に」
「デリアが買ってくれた服はまだ二着しかないの!一着は置いて来ちゃったし、これは…」
「はいはいわかりました!」
「お前らいったい何言ってんだ?」

不思議そうにゴブリンはぼくたちを見ていた。


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