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原初の神ゼノア

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それは古代をさらに遡ること遥かむかし、まだこの地が火の平野であったころ、そこに原初の神はいた。

神はまず地に山や谷を創り、そして火を消し、海を創った。そして次に神を、そして魔族魔獣、そしてあらゆる植物と動物、最後に人間を創られた。

その原初の神はゼノアと自ら呼び、まるでスープのようだった混沌の大地をその大いなる力で諫めた。ゼノアは神であって神ではない。それは意思である。そしてその意思は自然とはまったく逆の、無自覚を持って無統制の、無慈悲で無機質な反存在である。すべてのものはそれを恐れ、その意識からゼノアを消し去った。

原初の神ゼノアは、そうして消えた。

「とまあ、そういうものだ、ゼノアというのは」
「いやぜんぜんわかんないんだけど」

黒魔男爵アフラン・アフラムは五人の暗黒柱の少女たちだったのも理解できないのに、そいつらから飛び出したゼノアという原初の神の法力によって人がゼリー化しちゃったなんて、いやどこから理解してけばいいんだって話だ。

「だいたいきみたちはどうやってそのゼノアの法力を使ったんだ?なにかマニュアルでもあるの?」
「マニュアルとはいったいなんだ?」
「いやだからやり方とか書いてある本とか石板とか」
「そんなものはない。わたしたちは魔王アラキスさまから授かった宝珠でそれを行ったのだ」
「宝珠?どこにあるの、それ?」
「宝珠はいわば記憶装置だ。ゼノアの法力が書き込まれている。そしてそれは使えばなくなる」
「ちっ」

そういうのは記憶装置とは言わないんですけどね。どっちかというとプリペイドカードみたいなもんだろ。

「待ってデリア。使われた宝珠は跡形もなく消えるけど、法力ってやつはまだそこらを滞留しているわ。町の人たちほとんどをゼリー人間に変える力なんだから、その力はまだ残っているはずよ」

ミローネがあたりをうかがいながらそう言った。恐らくその力の残滓を感じるのだろう。

「で?それで?その力の余韻があるからってどうすりゃいいの?」
「さあね。なんか不思議な力で解析でもできりゃ、精霊の力を使ってゼリーちゃんたちを元に戻せると思ったのよ。でもまああれね。そんな都合よく不思議な力なんて、どこにもあるわけないわよねー」

こいつ、やっぱりなんかうすうす感じてやがったんだな。しかし解析か…してみる価値はありそうだな。

ぼくは『一日一回』のスキルを使い、ゼノアの法力の解析をした。もちろんぼくがしたんじゃなく、そこらの磁場に残された法力の余韻をスキル自体に読み込ませたのだ。それを自然とミローネの頭に流すようにした。まあ、ぼくが見たってそれはちんぷんかんぷんだからね。

「うわあああ、なんか超嫌な感じね。人体のストラクチャーに直接干渉するコードを持っているわ」
「なにそれ難しいんだけど」
「あのね、あんたたちっていうか、生物のモレキュラという体を作っている構造体があるんだけど、それのいわば操作キーってやつよ」

ますますわかんない。あーモレキュラって…分子のことか?え?じゃあそれ人体の分子構造ってこと?

「よくわかんないけど、それゼリーを元に戻せるってこと?」
「操作キーなんだからバッチリよ。こいつらがいままで搾り取った生命エネルギーを操作キーで逆流させればいいだけね。そんなのは精霊魔法でなんてことないわ」
「おお、さすが精霊女王!」
「ふふん、もっと褒めたたえなさい」
「いいから早くやれ」
「なによー」

ブツブツ言いながらミローネは精霊の力で、五人の暗黒柱の少女たちに蓄えられていた生命エネルギーを解放させた。同時にこの神殿を取り巻くあの薄気味悪い臓物のようなものは、ドロドロと溶けだしていく。

「あんたたちやめなさいよ!そんなことしたら破滅よ!世界が終わっちゃうわ!」

たしかに暗黒柱を破壊したら未曽有の災害が起きると聞いた。だがそれはさっきまでだ。ぼくのスキルはただゼノアの法力のコードを解析しただけじゃない。ゼノアそのものを解析してしまったんだ。それはミローネではなく直接ぼくの体に流れてきた。ゼノアは意志であると言った。だが単なる意思じゃなかった。それはまったくの無自覚の英知だったのだ。それは宇宙すべてのことわりを表していた。

「ううっ」
「デリア!どうしたの?大丈夫?」
「あ、ああラフレシア…いきなりとんでもない量の情報が一気に頭のなかに入って来て、入りきらないから体じゅうの細胞で受けとめたら気持ち悪くなった」
「そ、それよくわかんないけど、一応まだあんたよね?」
「はい、ぼくです」

五人の少女たちはやがてむくりと起き上がり、そうしてみるみる異形の姿に変容し、一体化した。それはまさしくデーモンとよべるものだった。

「よくもやってくれたな、虫けらどもめ。わが真の姿をさらした以上、世界は亡ぶのだ!」

地震のような揺れと地鳴りが神殿を取り巻き、いまにも崩壊しようとしている。そこここに開いた地割れから、毒々しいマグマがあふれ、やがて巨大な爆発を起こそうと、その破壊的なエネルギーが徐々に肥大化しているのだ。

「ねえ、ちょっと!あいつら暴走し始めてんじゃない?どうすんのよ!」
「ちょ、ちょっとラフレシア!ぼくの襟首つかんで揺さぶらないでよ!いまぼくのなかでゼノスが定着しかけてんのに」
「やだ、あんたなんか変なもの体に取り込んじゃったの?」
「変なもんじゃないよ。古代神ゼノアの端っ切れだよ」
「いやそれ絶対変なもんよ!」
「く、クビっ首絞めるな!」
「さあ出せっ!吐き出せっ」
「落ち着きなさいラフレシア!」

ミローネがラフレシアの肩を優しく抱いたようだ。ラフレシアの肩が激しく上下していた。

「で、でも…デリアがデリアでなくなっちゃったら」
「そんなことないから。たしかにゼノア神のすべてを取り込んじゃったらデリアじゃなくなっちゃうかもしれないけど、デリアが取り込んだのはゼノアのフラグメントと呼ばれるもの。それは断片であり意志のかけらなの」

ミローネの言葉を聞いたラフレシアはぼくの瞳をじっと見た。いや首絞めたままだし。

「デリア、変わんないでよね」
「わかったから手を離してください、あと少しで死んじゃいます」
「あ、ごめん」

だが危機は迫っていた。膨大なエネルギーがこの神殿のまわりに集まってきている。もしそれが一挙に放出されれば大爆発をし、そして地殻から噴出したマグマでこの地上はすべて溶岩に覆われてしまう。それが冷え固まり大地が形成されるまで、また何万年もかかってしまう。そんなもん魔族以外に誰が喜べるか。

「ぼくがやろう」

ぼくはいま入って来たばかりのゼノアの知識を模索した。ニートだったころ、家で暇つぶしにやっていた自宅でできるアルバイト…大手IT会社からデータ解析を請け負っていた。そいつは膨大なデータだったが、暇なので楽勝だった。いまはそれの何億倍もの量があるが、パソコンなんか通さず直接頭のなかでできるから解析なんか一瞬でできる。

ゼノアの力なんだ。じゃあこれはどうしたらいい?収束する力…解放?いやそれじゃおんなじことだ。もとに戻すんだ。それは集める力を消し去り、圧力に圧力をかけてやれば力はまた分散する。まあ、うまくいけばだけど。空間が耐えきれなかったら、それは連鎖しながら巨大な爆発に発展してしまう。でも切羽つまった今は、それしか方法はない。空間が持ちこたえられることを祈るだけだね。

「さがってて。天井が崩れてきたらぼくにかまわずみんな逃げて」
「デリア!」
「さあ早く!時間がない」

ぼくは意識を自分の足元に集中した。感じる。経験したことのないほどのエネルギーがぼくの足元に集まっている。ああ、宝珠が見える。すべての力の根源がそこにある。それを壊せばいいだけだ。

「おのれ!そうはさせるか!」


異形のデーモンとなった黒魔男爵アフラン・アフラムはぼく目がけ襲いかかって来た。いやそれ反則ですから!

「デリアに何すんのよ!」

ラフレシアが怒った。自らの剣をデーモンに投げつけた。騎士が剣を投げるなんてダメだぞ、ラフレシア。などと思ってみたが、そんなもんあのごっついデーモンに効くわけない。

「いいわよラフレシア!」

ミローネが精霊魔法を剣にまとわせた。それがデーモンに突き刺さるとその傷から黒いオーラのようなものが流れ出てきた。まるで血のようだ。

「こしゃくな!」

だが致命傷にはならないようだ。

「人間に精霊、よくやった。あとはわたしがやる」
「ネクロ?」
「わたしはネクロマンサー。霊界の王。すべての万物の死をつかさどるもの。さあその死を恐れよ!」

ネクロはデーモンの血のようなオーラを強引に抜き取ろうとした。それこそがネクロマンサーの力。デーモンの血を支配してしまったのだ。

「さああとはリヴァちゃんに任せるわ」
「おまえがとどめを刺すんじゃないんかい!」

ぼくはちょっと怒った。なにいままでのそれって。出血させただけで、なにその大げさなことって。

「わかった。リヴァちゃんやる!」

そこには巨大なドラゴンがいた。その眼は赤く、その牙は長かった。

「わが目前から消えよ」

ドラゴンはそう言って何種類も混じった魔法を同時に込めたブレスを放った。その青白い炎は、一瞬でデーモンを消し去ってしまった。

「最初からリヴァちゃんに頼めばよかったんじゃないか、これって…」

まあそれはどうでもいいか。いまは足元のエネルギーだ。いやあ随分集まっちゃったなあ。だがいまはゼノアの力の一部がある。ゆっくりと圧力をかけ、もとのところに押し戻す。

「デリア、頑張って!」

みんなが応援してくれている。空間も持っているようだ。すごい振動だけど、ギリギリだ。だけど…。

天井はもたなかった。なんか崩れてきちゃった!






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