あやかしの生贄

新条 カイ

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序章

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 …意外と、半刻って、長いのね…あの家で過ごしていた時は、全く苦にならなかったのだけれど…こうして時間を区切られると、認識するというか。あの家では、朝日が差し込んできたら起きて、朝食をとっていた。7歳位からは顔を洗った後に、狭いけれど、家の床を水ぶきしたり、壁を拭いたり…その、社を掃き清める為の練習をさせられていた。
 朝食は村の人が用意したそれが玄関先に置かれる。本当に、この社で生活する時と同じように。その朝食も、日が昇る前に用意されるもの。昼間の熱さで悪くならないように、日が昇ったらきちんと食べるようにという事だったけれど。

 …それにしてもこのみかんが気になる…ちゃんとしたものなのか、いい香りがするのよ。ただ…食べていい物か分からないから、手はつけていないけれど…気になるものは気になるのよ…いい香りもするし。うん、すんごく甘そうな香りがするの。完熟の…

「おぉい。こっちに来ておくれ」
「は、はいっ」

 いけないいけない。目の前の誘惑にやられてしまう所だったわ。声がしたのは、先ほどの石があった所から、かな。慌てて立ち上がるけれど、この花嫁衣裳、動き難いったらないわ。そういえばあの生き物…動けないのかしら。

 外に出ると、先ほどと同じように、石の上にいるちゃいろい生き物。

「待たせたのう。すまんすまん」
「いえ…」
「早速ですまぬが、我の額に手を当ててくれぬか」
「はい…こう、ですか?」

 言われたように、額と思われる…目の上に手を当てれば、その生き物がふわふわと白く光る!?驚いたのも一瞬で…ぽん、と音を立てたかとおもったら、小さな…白い生き物に変わっていた。
 しかも、額に伸ばしていた手をとんとんと重さを感じさせずに歩いて、私の肩の上に!?

「あの…」
「細かい事は話すけど…まずは、その恰好をなんとかしようか。あと、何か飲み物とかも持ってくるといいよ。話、長くなるから」
「えぇと…」
「困惑もわかるけど、今は言われた通りにしていてくれるかな」
「はい」

 言われたように…ここに来た時と逆に歩く。石の鳥居をくぐって歩いて…ふすまが見えるけれど。

「あの、このまま出てしまっていいのですか」
「いいよ」
「あなたは…」
「大丈夫」
「そう、ですか」

 なんだか頭が追いつかない。普通では社の中に社だなんて…収まりきらないだろうし。この生き物がなんなのか分からないけれど…大きさも、色も変わるだなんて…あるのかしら。細かい事は話す、と言っていたから、教えてくれるのだろうけれど…これから先が、どうか平穏であって欲しいと祈ってしまった。
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