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プロローグ(1)
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「お父さん、お父さん。どこ向かってるの?」
初めての海外旅行。スペイン人のおじいさんに会いに来たのだが、伝統のある趣の街並みに安藤研吾は目を輝かせながら車の窓からの景色を楽しんでいた。
「これからおじいさんが建てている建物を見に行くんだよ。研吾、一度見たいって言ってたもんな」
「うん!」
研吾は小さな時に買ってもらったおじいちゃんの顔写真が載ってる建築雑誌。それがボロボロになるまで何度も見ては子供心に夢を膨らませていた。
これだけすごい建物をおじいさんが――。いつか僕もこんな建物を作るんだ!
そう心に決めていた。
そしてようやく、念願叶い夏休みを利用しておじいさんの住むスペインへとやってきた。
おじいさんに会うのが目的だったが、研吾はどちらかといえばこの建物を拝むことのほうが重要だった。
写真で見るだけでもこれだけすごいんだ。きっと直接見たらもっとすごいんだろうな。
研吾は待ちきれず、シートの上で足をバタつかせる。それを両親は苦笑を浮かべ見ていた。
そして、おじいさんが設計した一番有名な建物の前までやってくる。神々しい教会――空を見上げても全長が見えないほど高く、至る所に細かい装飾がなされている。
まだまだ未完成の建物だけど、それでもこれほどの迫力を出している。一体完成したらどれほどすごいのだろう?
研吾の小さな胸は期待でいっぱいになる。しかし、この建物のすごいところはそれだけではなかった。これほど圧倒的存在感の建物があって、それでも街の景観は損なわれていなかった。むしろ引き立たせているようにも感じられる。
「お父さん、この街もおじいさんが?」
「よくわかったな。確かにこの街の都市計画は全部おじいさんが代表を務めて行ったものだよ」
それを聞き、研吾の目はさらに輝きを増した。
「そっかー。これをおじいさんが……。いつか僕もこんな計画に携われるかなぁ……」
「研吾は勉強熱心だからな。いつかきっと出来るさ」
お父さんがその大きな手で頭を撫でてくれるのを研吾はくすぐったそうに目を細めながらもどこか嬉しげにしていた。
それから研吾は夢を抱いたまま社会に飛び出した。就職先は有名な都市計画にも携わったことのある設計事務所。これで夢の第一歩を踏み出すことができたと嬉しく思っていた。しかし、見ると行うのではその印象は全く違った。朝は早くから家を出て会社に行く。そして、帰ってくるのは夜遅く……。
仕事の内容も部屋の一室だけ……。悪い時にはトイレ一つだけの計画とかもあった。しかし、新人である研吾はきっとまだ自分の力がないだけ。いつかはもっと大きな計画を任せてもらえると信じていた。
そして、その仕事を続けて数年。必要な資格もとり、そろそろ自分もあの夢見た計画に携われると思ったときに研吾は倒れてしまう。
そのまま病院に運ばれて出た診断結果は『過労』。
今は大丈夫かもしれないけど、このまま続けてると間違いなく死ぬと医者に言われてしまう。
そこで医者に勤務状況を説明すると研吾の事務所は間違いなくブラック企業にあたる。このままでは夢はおろか、使い潰されるだけだと注意される。
夢に近づいていってると思っていたのに実際は離れていた……そのことが研吾の胸に重くのしかかってくる。
このままではダメだ! こんなところ辞めないと!
それから半年。結局、自分の仕事を半端にすることもできず、辞めどきを見つけられないまま今の事務所で作業を続けていた。そこに以前の……期待に胸を膨らませていた研吾の姿はなかった。
そして、まもなく日付が変わろうかという時間、研吾は建物の照明と行き交う車のヘッドライトが照らす道を足取り重く帰宅の途に着いていた。
「はぁぁぁ……」
いつまでも夢へと向かえない自分に苛立ち、それがため息という形で出てきていた。辞めることは決意したはずなのになかなか踏ん切りのつかない。そんな自分に嫌気がさしていた。
こんな落ち込む時はあれだ。あれをしよう!
築五十年は超えるだろうか、古い木造のアパート――その二階、少し錆び付いた鉄製の階段を登ると一番手前の部屋が研吾の部屋だった。
建て付けの悪い扉を開き、明かりをつけるととミニキッチンと六畳の和室、トイレと洗面所、浴室があるだけの小さい部屋が目に飛び込む。
その和室には引きっぱなしの布団の他に製作中の両手で抱えられる程度のガレージキットがあるだけだった。制作中のお城とその城下町、これを作っているときは自然と心が落ち着く。嫌な自分を忘れられる。
そして今作っているものはもうすぐ完成する。あと少し……。作り置きの夕ご飯を食べたあと、さっそく残りに取りかかろうとしたが、疲れには勝てずにそのテーブルでうたた寝をしてしまう。
意識がもうろうとしたとき、玄関辺りでなにか物音が鳴るのが聞こえる。
な、なんだ? 野良猫か?
パッと飛び起きた研吾は恐る恐るのぞき穴から外の様子を伺うとそこに少女が倒れていた。
研吾は慌てて扉を開けるとその少女に呼びかける。
「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」
「んっ……」
どうやら気を失っているものの命に別状はなさそうだ。
どこの人かもわからないが、ここにおいて置くわけには行かない。ひとまず俺は自室のベッドへと運んで寝かせてあげる。
「んっ……、こ、ここは?」
どうやら少女の方が目を覚ましたようだ。
「ここは俺の部屋だ」
「あっ、私いろんな人に断られて……、それで疲れて……。ところであなたは?」
何度も頷きながら状況を確認した少女は研吾に問いかけてくる。
「俺は安藤研吾。であんたが俺の部屋の前に倒れていたから運んできたんだ」
「そうですか……、ありがとうございます。ちょっと異世界に建築家として来てくれる人を探していまして……、えへへっ、聞いた人みんなに断られちゃいました」
少女は乾いた笑みを浮かべる。ただ、とんでもない単語を聞いた気がする。
異世界に建築家として来てくれる人?
すこし考え、そして、研吾はある結論に達する。
なんだ、これは夢か。そういえば机でうたた寝をしていたもんな。
納得した研吾は少女の話を聞いていく。
「どうして断られたんだ?」
「そうですよ、聞いてくれます? 他の人間と話したときは幻覚だと無視されたり、家族とか今の生活を手放せないとかで拒否してくるんだよ! 私がこんなに熱心に頼んでいるのに……。流石にいろんな人のところに回りすぎて疲れてしまって……」
それでうちの前に倒れていたのか。なんだかこの状態は身に覚えがある……。そうか、今の自分がこのこと一緒の状況なんだ。そう思えると他人事には思えなかった。まぁ夢の出来事なんだが……。
それなら――。
「俺でよかったら行こうか? 今の場所だと自分の夢も叶えられないし――」
それにどうせ夢なんだし、その中でくらい建築家だと名乗っても良いよね?
「ほ、ほんとうですか!? あ、ありがとうございます。これで私の仕事が終わりますぅ」
少女は涙を流しながら喜んでくれる。
「では、安藤研吾さん。あなたを異世界に案内しますね」
少女がそう言うと彼女の背中から真っ白に光り輝く二対の羽が生え、その羽の光が強くなってくる。
そして、急に体が左右に揺すられる。それは次第に大きくなっていく。
「な、な、なんだ? 何があった? 地震か?」
夢のことなのに慌てた研吾は自分の体より、まずそばに置いてあったガレージキットが壊れないように手で押さえた。
そして、ようやく地震が収まったとき目の前には白く輝く大理石で出来た床が広がっていた。
初めての海外旅行。スペイン人のおじいさんに会いに来たのだが、伝統のある趣の街並みに安藤研吾は目を輝かせながら車の窓からの景色を楽しんでいた。
「これからおじいさんが建てている建物を見に行くんだよ。研吾、一度見たいって言ってたもんな」
「うん!」
研吾は小さな時に買ってもらったおじいちゃんの顔写真が載ってる建築雑誌。それがボロボロになるまで何度も見ては子供心に夢を膨らませていた。
これだけすごい建物をおじいさんが――。いつか僕もこんな建物を作るんだ!
そう心に決めていた。
そしてようやく、念願叶い夏休みを利用しておじいさんの住むスペインへとやってきた。
おじいさんに会うのが目的だったが、研吾はどちらかといえばこの建物を拝むことのほうが重要だった。
写真で見るだけでもこれだけすごいんだ。きっと直接見たらもっとすごいんだろうな。
研吾は待ちきれず、シートの上で足をバタつかせる。それを両親は苦笑を浮かべ見ていた。
そして、おじいさんが設計した一番有名な建物の前までやってくる。神々しい教会――空を見上げても全長が見えないほど高く、至る所に細かい装飾がなされている。
まだまだ未完成の建物だけど、それでもこれほどの迫力を出している。一体完成したらどれほどすごいのだろう?
研吾の小さな胸は期待でいっぱいになる。しかし、この建物のすごいところはそれだけではなかった。これほど圧倒的存在感の建物があって、それでも街の景観は損なわれていなかった。むしろ引き立たせているようにも感じられる。
「お父さん、この街もおじいさんが?」
「よくわかったな。確かにこの街の都市計画は全部おじいさんが代表を務めて行ったものだよ」
それを聞き、研吾の目はさらに輝きを増した。
「そっかー。これをおじいさんが……。いつか僕もこんな計画に携われるかなぁ……」
「研吾は勉強熱心だからな。いつかきっと出来るさ」
お父さんがその大きな手で頭を撫でてくれるのを研吾はくすぐったそうに目を細めながらもどこか嬉しげにしていた。
それから研吾は夢を抱いたまま社会に飛び出した。就職先は有名な都市計画にも携わったことのある設計事務所。これで夢の第一歩を踏み出すことができたと嬉しく思っていた。しかし、見ると行うのではその印象は全く違った。朝は早くから家を出て会社に行く。そして、帰ってくるのは夜遅く……。
仕事の内容も部屋の一室だけ……。悪い時にはトイレ一つだけの計画とかもあった。しかし、新人である研吾はきっとまだ自分の力がないだけ。いつかはもっと大きな計画を任せてもらえると信じていた。
そして、その仕事を続けて数年。必要な資格もとり、そろそろ自分もあの夢見た計画に携われると思ったときに研吾は倒れてしまう。
そのまま病院に運ばれて出た診断結果は『過労』。
今は大丈夫かもしれないけど、このまま続けてると間違いなく死ぬと医者に言われてしまう。
そこで医者に勤務状況を説明すると研吾の事務所は間違いなくブラック企業にあたる。このままでは夢はおろか、使い潰されるだけだと注意される。
夢に近づいていってると思っていたのに実際は離れていた……そのことが研吾の胸に重くのしかかってくる。
このままではダメだ! こんなところ辞めないと!
それから半年。結局、自分の仕事を半端にすることもできず、辞めどきを見つけられないまま今の事務所で作業を続けていた。そこに以前の……期待に胸を膨らませていた研吾の姿はなかった。
そして、まもなく日付が変わろうかという時間、研吾は建物の照明と行き交う車のヘッドライトが照らす道を足取り重く帰宅の途に着いていた。
「はぁぁぁ……」
いつまでも夢へと向かえない自分に苛立ち、それがため息という形で出てきていた。辞めることは決意したはずなのになかなか踏ん切りのつかない。そんな自分に嫌気がさしていた。
こんな落ち込む時はあれだ。あれをしよう!
築五十年は超えるだろうか、古い木造のアパート――その二階、少し錆び付いた鉄製の階段を登ると一番手前の部屋が研吾の部屋だった。
建て付けの悪い扉を開き、明かりをつけるととミニキッチンと六畳の和室、トイレと洗面所、浴室があるだけの小さい部屋が目に飛び込む。
その和室には引きっぱなしの布団の他に製作中の両手で抱えられる程度のガレージキットがあるだけだった。制作中のお城とその城下町、これを作っているときは自然と心が落ち着く。嫌な自分を忘れられる。
そして今作っているものはもうすぐ完成する。あと少し……。作り置きの夕ご飯を食べたあと、さっそく残りに取りかかろうとしたが、疲れには勝てずにそのテーブルでうたた寝をしてしまう。
意識がもうろうとしたとき、玄関辺りでなにか物音が鳴るのが聞こえる。
な、なんだ? 野良猫か?
パッと飛び起きた研吾は恐る恐るのぞき穴から外の様子を伺うとそこに少女が倒れていた。
研吾は慌てて扉を開けるとその少女に呼びかける。
「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」
「んっ……」
どうやら気を失っているものの命に別状はなさそうだ。
どこの人かもわからないが、ここにおいて置くわけには行かない。ひとまず俺は自室のベッドへと運んで寝かせてあげる。
「んっ……、こ、ここは?」
どうやら少女の方が目を覚ましたようだ。
「ここは俺の部屋だ」
「あっ、私いろんな人に断られて……、それで疲れて……。ところであなたは?」
何度も頷きながら状況を確認した少女は研吾に問いかけてくる。
「俺は安藤研吾。であんたが俺の部屋の前に倒れていたから運んできたんだ」
「そうですか……、ありがとうございます。ちょっと異世界に建築家として来てくれる人を探していまして……、えへへっ、聞いた人みんなに断られちゃいました」
少女は乾いた笑みを浮かべる。ただ、とんでもない単語を聞いた気がする。
異世界に建築家として来てくれる人?
すこし考え、そして、研吾はある結論に達する。
なんだ、これは夢か。そういえば机でうたた寝をしていたもんな。
納得した研吾は少女の話を聞いていく。
「どうして断られたんだ?」
「そうですよ、聞いてくれます? 他の人間と話したときは幻覚だと無視されたり、家族とか今の生活を手放せないとかで拒否してくるんだよ! 私がこんなに熱心に頼んでいるのに……。流石にいろんな人のところに回りすぎて疲れてしまって……」
それでうちの前に倒れていたのか。なんだかこの状態は身に覚えがある……。そうか、今の自分がこのこと一緒の状況なんだ。そう思えると他人事には思えなかった。まぁ夢の出来事なんだが……。
それなら――。
「俺でよかったら行こうか? 今の場所だと自分の夢も叶えられないし――」
それにどうせ夢なんだし、その中でくらい建築家だと名乗っても良いよね?
「ほ、ほんとうですか!? あ、ありがとうございます。これで私の仕事が終わりますぅ」
少女は涙を流しながら喜んでくれる。
「では、安藤研吾さん。あなたを異世界に案内しますね」
少女がそう言うと彼女の背中から真っ白に光り輝く二対の羽が生え、その羽の光が強くなってくる。
そして、急に体が左右に揺すられる。それは次第に大きくなっていく。
「な、な、なんだ? 何があった? 地震か?」
夢のことなのに慌てた研吾は自分の体より、まずそばに置いてあったガレージキットが壊れないように手で押さえた。
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