深夜の常連客がまさかの推しだった

中島焔

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第二部 第五章 初めてのデート

初めてのデート3

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 帰り際、行きとは別の道を歩いて車へ向かう途中、競馬場の一角に飼育されたポニーを見つけた。小さな囲いの中で穏やかに草を食んでいる。

 食い入るように馬を見つめる悟空を見て、玄奘は言った。

「行ってくればいい。皆も少しなら待っててくれるだろう」

「磁路、先に行って車で待っててくれ。おれはちょっと用足しに行ってくる」

 悟空はそう言い置いて、子どものような顔でポニーに向かって駆け出した。玄奘も歩いてついていく。

 しばらく無心に馬を見る悟空を玄奘は珍しい気持ちで見守った。ポニーの大きくて丸い目はこちらを見てはまばたきをしている。草を食んではいても、こちらに注意を向けているのがわかる。 

「馬は好きなんですよ。しばらく見てなかったから懐かしくて」

「そうなのか……」

 玄奘には初耳である。

「おれ、施設で育ったって言いましたよね。その施設が大学の近くにあって、その大学に馬術部があったんですよ。施設の園長がわりと顔の効く人で、小学生のおれが馬好きなことを知ってその馬術部の馬の世話を手伝わせてくれたんです。おれ、施設で言うこと聞かない暴れん坊だったから、とりあえず好きにさせてみようと思ったんじゃないですかね。馬の世話するのは馬術部員の仕事なんですけど、大学生だから世話の仕方も人によるんです。一生懸命世話をする奴もいるけど、当番なのに寝坊してくる奴とかもいて。おれは毎朝早朝に厩舎に行って、掃除してブラッシングして餌やりしてたら、学生からは面倒な仕事引き受けれてくれたって感謝されたし、馬は手をかけた分、懐いてくれるし。そんな風にしてくれた園長の言うことなら聞いてやってもいいかなって初めて思ったんです」

「そうか」

「でも数年で園長も定年退職しちゃって、新しい園長は朝早く一人で外出するなんて、なにかあったらどうするんだって考えだったから禁止されちまったんですよね。まあ、そのころにはおれも反抗期まっさかりで普通にグレてましたし、馬よりももっと楽しいこと見つけてたから……まあ……」

「そうか……」

「全然思い出さなかったんですよ、今まで。その園長の事とか、馬の事とか。でも……なんか今日、玄奘が馬に乗った時に、なんていうか……いろいろ思い出したんです。ああ、おれが今この場所に立っているのも、あの頃があったからなんだなと思うと……」

 少しだけ悟空は鼻声になっている。もしや涙をこらえているのだろうか、と玄奘は思う。

「おれ……、玄奘の傍にこれて……良かったです」

「悟空……、おいで」

 玄奘は悟空の頭をそっと引き寄せて自分の肩に載せた。玄奘の耳のそばで、ぐすぐすという音が聞こえる。ポニーはもぐもぐと口を動かしていた。






 
「悟空にデートに誘われたのだがどうしよう」

 この日の晩、自宅にいる玄奘は風呂から出たばかりのほかほかした顔で、八戒、悟浄と画像通話していた。

 悟空は入浴中である。彼の風呂は短いので早めに相談を済ませなければならない。

「行ってくればいいじゃないですか」 
 
 八戒の当然の返答に、悟浄も黙って頷く。

 なぜこの程度で呼び出されなければならないのか。いや、推しの望みとあらばオタクにとっては絶対である、と悟浄は改めて心に刻む。

「でも……、しかし、紅害嗣の件も落ち着いたことだし、もしかして恋人ごっこをもうやめると言うための最後の思い出作りのデートなのでは、と思ってな」

「考えすぎでござろう」

「しかし、……悟空は、なんとなく思いつめたような表情をしていたし」

「きっとデートに誘うのが恥ずかしかっただけですよ、あの猿は。たぶん、自分からどこかデートに誘うなんて兄貴にとっては初めてのことなんじゃねえかなあ」

 八戒の指摘は図星である。意外に思った悟浄は髪を梳く手を止めて尋ねた。

「悟空はつきあったことがないのか?」

「いや、あるよ。でもいつも告られてわりと簡単にオッケーするんだけど、長続きしねえんだよな。甲斐性なしって言われてすぐ振られんの。でも兄貴は別にけろっとしてるというか、つきあっててもつきあってなくてもそんなに変わんないっていうか。別に恋人最優先って感じの男でもねえし」

 へえ、と玄奘は思う。好きな人の過去の恋愛話を勝手に聞くのは良くないと思いながらも聞かずにはいられないのだ。玄奘は体育座りしたつまさきをもぞもぞ合わせながら聞いている。

「玄奘の事はいつも最優先だがな」

「そ、……そうだろうか」

「自覚なかったんですかぁ?玄奘。兄貴があんなに世話を焼くのは玄奘に対してだけですよ。恋人ごっこだのなんだの言ってますがね、過去の恋人に対してもあんな風に大切にしているところなんて見たことないですよ」

「そうなのか……。いや、しかし、恋人ごっこのことなのだが、今更なのだけども悟空に意中の女性でもいたら悪いことをしてしまったなと思っているので……そろそろ悟空がやめたいと言い出すのならやめた方がいいのかもしれない」

 唐突な玄奘の提案に、八戒も悟浄も「はあ?」と頭の上に疑問符を乗せた。果てしなく今更の遠慮である。相手が玄奘でなければさすがの悟浄も「お主はバカか」と罵るところであった。 

 八戒はげらげら笑いながら言った。

「大丈夫ですよ、兄貴に意中の女性なんかいませんし、これからもできることはないです」

「なぜだ」

「だって兄貴は男としかつきあわないんですよ」 

 これまた簡単に個人情報をバラしてくる豚である。

「そうなのか?いやしかし、男性であっても意中の相手がいれば……」

  混乱した頭をせっせと櫛で梳かし、冷静さを取り戻した悟浄は言った。

「悟空に今、意中の相手がいるのかどうかはわからぬ。しかし、仮にいたとしても今の悟空の様子を見ていれば、恋愛感情のあるなしはともかく、お主のことを最優先にしているのはわかるだろう?悟空にとって今一番大切なのは玄奘なのじゃ」 

「そ、そうだろうか……」

 この後に及んでそれすらも実感していないのか、と二人から呆れた視線を向けられ、玄奘はつい口にしてしまった。

「しかし、悟空は私のことなど好きではないと思う。だって私には触らせてもくれないのだ」

「何をですか」

「悟空の……その……抜くものを」

「勝手に触りゃあいいじゃないですか。近くにあるんでしょ?」

 八戒の答えもかなり適当である。

「嫌がられるかもしれぬ」

「もうキスして抜いてもらってるんでしょ?イチモツを触るくらい、相手も了承済みだと思って大丈夫ですよ」

「……そうなのか?」

 浴室のドアが開く音がした。そろそろ悟空が出てきてしまうだろう。玄奘は礼を言って通話を切った。

 髪をタオルで拭きながら悟空がリビングに戻ってくる。玄奘は濡れた髪の悟空を見るのがわりと好きである。

「誰かと話してました?」

 濡れた前髪の隙間から覗くようにして悟空の目が見える。三白眼の瞳がより鋭さを増すようで、玄奘はどきりとする。

 別にやましいことはしてないし、と心の中で言い訳をする。

「ああ、聞こえたか?八戒と悟浄と電話しておった」

「さっき別れたばかりなのに、相変わらず仲いいですね」

 悟空がどさりとソファに座った。少しぶっきらぼうな言い方と身体の動きが荒っぽいのが気にかかる。

 疲れているのかもしれないと思った玄奘はドライヤーを持ってくる。本当はいつもその濡れた髪に触ってみたいと思っていたのだ。

「悟空、髪を乾かしてあげよう」

 隣に座って声をかけると、悟空は素直に背を向けて頭を玄奘に預けてきた。熱風を当てながら髪の内側に指を入れ揺らしてやる。

 悟空の髪は少し癖があり、濡れているとうねりがよくわかる。悟空に何かしてもらうことは多くても、何かをしてやることが少ない玄奘は新鮮な気持ちだった。

 玄奘の指が優しく自分の髪を撫でていく。悟空はその気持ちの良さに目を瞑っている。

 ドライヤーを置いてから、玄奘は指で梳いて悟空の髪型を整えてやった。

「ありがとうございます」 

「人の髪を乾かしたのは初めてだ。うまくできただろうか」

 悟空は振り向いて、玄奘の肩に頭を置いた。

「いつもじゃなくてもいいので……またしてくれますか?」

 悟空の顔は俯いていて表情は見えない。玄奘は軽く笑って同意した。

「いいよ」
 
 
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