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第二部 第七章 対峙
対峙
まもなく悟空は回復し、ジャニ西は全員揃って生歌のパート練習に入ることができた。
一つのパートを通しで歌うことは可能でも、二つのパートを行き来しながら歌うのは少々混乱する。しかも歌番組で歌う際にはそれを頭に叩き込んで楽譜なしで歌わなければならない。
生歌に慣れているジャニ西と言えども、今回の歌の練習にはそれなりに時間がかかっていた。
新曲「Bite the Peach」のMVもとうとう完成した。事務所シャカシャカの会議室で関係者を集めて上映会を行う。
爽やかな芝生の緑に映える艶めいた馬体、その横をジャニ西と紅害嗣が走って行く。アップテンポな曲のリズムに合わせて次々にカットが入れ替わっていく。
走る馬を眩しそうに見る玄奘、馬の横顔に優しく話しかける悟空、やけに深刻な顔でオッズ表を見つめる悟浄、牛丼を食べる八戒。
にぎやかで、メンバーの様々な表情が見られるMVである。もちろん、馬に乗った玄奘とジャニ西が歩いていく思い出深いショットもある。
「玄奘は乗馬姿が似合うのう。前世の玄奘三蔵を彷彿とさせるわ、見事じゃ、見事」
「ですね」
プロデューサー太上と磁路が頷きあう。
紅害嗣の横顔がアップになり、息を吸ってから炎を吐くエフェクトと共に転調だ。
「俺も良い顔に撮ってあんじゃん」
紅害嗣も満足気である。
曲のラスト、すべてを受け入れた「ねっは~ん(涅槃)」というコーラスと浮かび上がるのはきらめく芝生の露のアップ映像である。透明な水球の中に輝く虹が見える。
MVが終わると自然と拍手が巻き起こった。
カップラーメンを手にした八戒がずるずる音を立てて麺をすすり込んでから言った。
「これのMVさ、舞台が競馬場だろ?それで、最後には全部受け入れて涅槃で終わるじゃん。なんか有り金全部すっちゃったけど、まあしょうがないか~みたいな曲に聞こえねえ?」
こういう八戒のひらめきは天才的である。
最初は半信半疑の顔だったメンバーも、もう一度MVを初めから見返してみるとむずむず笑いをこらえきれなくなる。
「たしかに……」
「そうかも……」
「僕の神曲になんてこと言うわけ?有り金すっちゃったソングなわけないじゃん!」
一人だけ気炎を吐いているのは玉竜である。八戒は腹を掻きながら言う。
「俺、最後の『ねっは~ん』のところ、『すっからか~ん』って気持ちで歌ってやるよ」
「やめてよ!そこは悟りに到達したありがたい言葉なの!すっからかんなんて、ほんとやめて」
「たいして変わらねえだろ」
「変わるってば。絶対その解釈、インタビューで喋っちゃだめだからね」
「玉竜、逆にそんな禁止をしては逆効果である。八戒は絶対に喋るぞ」
悟浄の指摘に、そうだよね~と玉竜は頭を抱えている。周囲の様子を見て玄奘は穏やかに笑っていた。玄奘の顔を見て悟空はほっとする。
玄奘がメインボーカルを一旦降り、自分がメインで歌うと最初に聞かされたときはどうなることかと思ったが、無事に新曲の発表を迎えられそうである。
そして新曲の発売日が迫った某日、仕事終わりに玄奘は最寄り駅で車を降りた。まだ日は高い時間帯であるが磁路の車から一人で降りる玄奘を見て、八戒と悟浄は首を捻る。
玄奘が一人でどこかに行くなど、ジャニ西結成以来ほぼ初めてのことなのではないだろうか。
「兄貴はついていかねえのかよ」
「玄奘は久しぶりに家族と会うんだってさ。無関係のおれが一緒に行ったら意味がわかんねえだろ」
「早く恋人になってしまえば一緒に行けるのであろうに。あやふやな関係では傍にいる理由としては弱いゆえ仕方あるまいな」
悟浄に図星をさされてしまい、悟空はむくれるしかない。今朝だって待ち合わせ場所まで送って行こうかと提案して、玄奘に「悟空が父さんに会うと面倒なことになりそうだ」と断られたところなのだ。
「玄奘の父上は芸能活動に反対されておられたな。何か説明が必要ならいつでも私を呼べばいい」
磁路は言って玄奘を送り出した。
玄奘の家族の話をほとんど悟空は聞いたことがない。たしか八戒が玄奘の家は名家だとか言っていたような気がする。
「お、……おれ……」
何か言いかけた悟空だったが、悟浄に肩を掴まれ止められた。悟浄は何も言わずに首を振る。悟空は「玄奘……気を付けて」とだけ言った。
「名家の家族が反対してんのかねえ。家族の反対を押し切ってとか玄奘も結構根性あるじゃん」
玄奘の後ろ姿が遠ざかっていく。 八戒がポテトチップスの袋を開けながら鷹揚に言ったが、悟空はなぜか胸騒ぎがした。
その夜、玄奘は帰ってこなかった。悟空のスマホには「今日は実家に泊まることになった。おやすみ、悟空」とメッセージが届いている。
具体的に何か言ってほしいことがあるわけではないが、もっと玄奘からの言葉が欲しい。玄奘は何を思って、実家で一人寝ているのだろう。返信をしたが既読マークはつかない。
決して寂しいわけではないのだが、離れているのがこんなにも心細い。スマホを握りしめるようにして悟空は眠った。
翌朝もスタジオ練習である。磁路に連れられ現場に入ったものの、やはり玄奘は来ていない。
磁路はスタジオの扉がしっかり閉まっているか確認してから、悟空、八戒、悟浄を順繰りに見て言った。
「皆の衆、落ち着いてよく聞け。今朝早く、玄奘から電話がかかって来てな。ジャニ西を辞めると」
玄奘がジャニ西を辞めるだと?
「はぁ?」
「意味わかんねえ!」
「新曲発表はもう明日なのになぜこのタイミングで?」
三者とも怒りとも焦りともつかないまだ混沌とした驚きで、目を見開いた。磁路は顎をさすって説明を続ける。
「私としても詳しい話をしたかったのだが、『迷惑をかけて申し訳ない』との一点張りで要領を得んのじゃ。最後の方は涙声で何を言っておるのかも判然とせずでな」
「玄奘が泣いてただと?」
悟空はもう黙っていられない。泣かせたのは玄奘の親だろうか。親であって玄奘を泣かせる者には容赦しない。
「今すぐ乗り込むぞ、磁路。玄奘の実家の場所はわかってんだろ?」
悟空は素早く磁路のジャケットをめくり、内ポケットをまさぐる。瞬く間に悟空の手には車の鍵がきらめいた。まるでスリのような素早さである。
「場所ならGPSですぐにわかる」
悟浄は早速スマホを操作して住所を特定した。
その時、スタジオの扉が勢いよく開く。鍵をかけておいたはずだが神通力で外したらしい。
思わず磁路たちは身構えたが、現れたのはプロデューサー太上だった。年寄りの身体で駆けてきたらしく、はあはあと荒い息をつきながら、やっとのことで言った。
「おいおい、皆の者。これを見てくれ」
本日発売の週刊誌の表紙を指さす。
「なんだなんだ、また週刊誌かよ」と文句を言うのは八戒だけである。
週刊誌の一面には「ジャニ西のボーカルが歌手を辞めて衆議院選に出馬予定!」とこれでもかという大きな文字で書いてあった。
「……玄奘のことであろうな」
磁路が深刻な声音になった。思っていたよりも大事になっている。
「たしかに玄奘は世界に安寧をもたらすことを願ってはおるが、……政界進出とはやり方が玄奘らしくないな」
「そうだよな。権力闘争とか金の集まるところとかには行かねえんだよ。玄奘はもっと回りくどくて、直接的に意味がなさそうな『歌で人々に救いを』とかそういうこと言う奴なんだよ」
悟浄と八戒が記事のあやしさを指摘する。
「そもそもおれ達に何も言わずにJourney to the West を辞めるわけねえんだ。要するに玄奘の意に反して誰かが玄奘に芸能活動を辞めさせようとしてんだろ?玄奘の家族だとしても許さねえ」
悟空は烈火のごとく怒っている。
「とにかく玄奘に連絡がつかない以上、こちらから話合いに出向くより仕方ないな。新曲発表はもう明日に迫っておる」
プロデューサー太上はマスコミ対応のために残るとして、磁路とジャニ西の面々は肩を怒らせて地下の駐車場に向かった。
「早くっ、お前らも走れってば」
悟空はもう居ても立っても居られない。自分一人だけでも駆けていきたい気分である。後方をどたどたと走ってくる八戒に怒鳴りながら、走っていたところ柔らかい壁にぶち当たった。
「走るなら前を向け」
社長の環野であった。悟空よりも頭二つ分、背が高い。
「なんでここに?」
「車の運転なら私が一番上手いと言っただろう?」
環野社長は悟空から鍵を取り上げた。
一つのパートを通しで歌うことは可能でも、二つのパートを行き来しながら歌うのは少々混乱する。しかも歌番組で歌う際にはそれを頭に叩き込んで楽譜なしで歌わなければならない。
生歌に慣れているジャニ西と言えども、今回の歌の練習にはそれなりに時間がかかっていた。
新曲「Bite the Peach」のMVもとうとう完成した。事務所シャカシャカの会議室で関係者を集めて上映会を行う。
爽やかな芝生の緑に映える艶めいた馬体、その横をジャニ西と紅害嗣が走って行く。アップテンポな曲のリズムに合わせて次々にカットが入れ替わっていく。
走る馬を眩しそうに見る玄奘、馬の横顔に優しく話しかける悟空、やけに深刻な顔でオッズ表を見つめる悟浄、牛丼を食べる八戒。
にぎやかで、メンバーの様々な表情が見られるMVである。もちろん、馬に乗った玄奘とジャニ西が歩いていく思い出深いショットもある。
「玄奘は乗馬姿が似合うのう。前世の玄奘三蔵を彷彿とさせるわ、見事じゃ、見事」
「ですね」
プロデューサー太上と磁路が頷きあう。
紅害嗣の横顔がアップになり、息を吸ってから炎を吐くエフェクトと共に転調だ。
「俺も良い顔に撮ってあんじゃん」
紅害嗣も満足気である。
曲のラスト、すべてを受け入れた「ねっは~ん(涅槃)」というコーラスと浮かび上がるのはきらめく芝生の露のアップ映像である。透明な水球の中に輝く虹が見える。
MVが終わると自然と拍手が巻き起こった。
カップラーメンを手にした八戒がずるずる音を立てて麺をすすり込んでから言った。
「これのMVさ、舞台が競馬場だろ?それで、最後には全部受け入れて涅槃で終わるじゃん。なんか有り金全部すっちゃったけど、まあしょうがないか~みたいな曲に聞こえねえ?」
こういう八戒のひらめきは天才的である。
最初は半信半疑の顔だったメンバーも、もう一度MVを初めから見返してみるとむずむず笑いをこらえきれなくなる。
「たしかに……」
「そうかも……」
「僕の神曲になんてこと言うわけ?有り金すっちゃったソングなわけないじゃん!」
一人だけ気炎を吐いているのは玉竜である。八戒は腹を掻きながら言う。
「俺、最後の『ねっは~ん』のところ、『すっからか~ん』って気持ちで歌ってやるよ」
「やめてよ!そこは悟りに到達したありがたい言葉なの!すっからかんなんて、ほんとやめて」
「たいして変わらねえだろ」
「変わるってば。絶対その解釈、インタビューで喋っちゃだめだからね」
「玉竜、逆にそんな禁止をしては逆効果である。八戒は絶対に喋るぞ」
悟浄の指摘に、そうだよね~と玉竜は頭を抱えている。周囲の様子を見て玄奘は穏やかに笑っていた。玄奘の顔を見て悟空はほっとする。
玄奘がメインボーカルを一旦降り、自分がメインで歌うと最初に聞かされたときはどうなることかと思ったが、無事に新曲の発表を迎えられそうである。
そして新曲の発売日が迫った某日、仕事終わりに玄奘は最寄り駅で車を降りた。まだ日は高い時間帯であるが磁路の車から一人で降りる玄奘を見て、八戒と悟浄は首を捻る。
玄奘が一人でどこかに行くなど、ジャニ西結成以来ほぼ初めてのことなのではないだろうか。
「兄貴はついていかねえのかよ」
「玄奘は久しぶりに家族と会うんだってさ。無関係のおれが一緒に行ったら意味がわかんねえだろ」
「早く恋人になってしまえば一緒に行けるのであろうに。あやふやな関係では傍にいる理由としては弱いゆえ仕方あるまいな」
悟浄に図星をさされてしまい、悟空はむくれるしかない。今朝だって待ち合わせ場所まで送って行こうかと提案して、玄奘に「悟空が父さんに会うと面倒なことになりそうだ」と断られたところなのだ。
「玄奘の父上は芸能活動に反対されておられたな。何か説明が必要ならいつでも私を呼べばいい」
磁路は言って玄奘を送り出した。
玄奘の家族の話をほとんど悟空は聞いたことがない。たしか八戒が玄奘の家は名家だとか言っていたような気がする。
「お、……おれ……」
何か言いかけた悟空だったが、悟浄に肩を掴まれ止められた。悟浄は何も言わずに首を振る。悟空は「玄奘……気を付けて」とだけ言った。
「名家の家族が反対してんのかねえ。家族の反対を押し切ってとか玄奘も結構根性あるじゃん」
玄奘の後ろ姿が遠ざかっていく。 八戒がポテトチップスの袋を開けながら鷹揚に言ったが、悟空はなぜか胸騒ぎがした。
その夜、玄奘は帰ってこなかった。悟空のスマホには「今日は実家に泊まることになった。おやすみ、悟空」とメッセージが届いている。
具体的に何か言ってほしいことがあるわけではないが、もっと玄奘からの言葉が欲しい。玄奘は何を思って、実家で一人寝ているのだろう。返信をしたが既読マークはつかない。
決して寂しいわけではないのだが、離れているのがこんなにも心細い。スマホを握りしめるようにして悟空は眠った。
翌朝もスタジオ練習である。磁路に連れられ現場に入ったものの、やはり玄奘は来ていない。
磁路はスタジオの扉がしっかり閉まっているか確認してから、悟空、八戒、悟浄を順繰りに見て言った。
「皆の衆、落ち着いてよく聞け。今朝早く、玄奘から電話がかかって来てな。ジャニ西を辞めると」
玄奘がジャニ西を辞めるだと?
「はぁ?」
「意味わかんねえ!」
「新曲発表はもう明日なのになぜこのタイミングで?」
三者とも怒りとも焦りともつかないまだ混沌とした驚きで、目を見開いた。磁路は顎をさすって説明を続ける。
「私としても詳しい話をしたかったのだが、『迷惑をかけて申し訳ない』との一点張りで要領を得んのじゃ。最後の方は涙声で何を言っておるのかも判然とせずでな」
「玄奘が泣いてただと?」
悟空はもう黙っていられない。泣かせたのは玄奘の親だろうか。親であって玄奘を泣かせる者には容赦しない。
「今すぐ乗り込むぞ、磁路。玄奘の実家の場所はわかってんだろ?」
悟空は素早く磁路のジャケットをめくり、内ポケットをまさぐる。瞬く間に悟空の手には車の鍵がきらめいた。まるでスリのような素早さである。
「場所ならGPSですぐにわかる」
悟浄は早速スマホを操作して住所を特定した。
その時、スタジオの扉が勢いよく開く。鍵をかけておいたはずだが神通力で外したらしい。
思わず磁路たちは身構えたが、現れたのはプロデューサー太上だった。年寄りの身体で駆けてきたらしく、はあはあと荒い息をつきながら、やっとのことで言った。
「おいおい、皆の者。これを見てくれ」
本日発売の週刊誌の表紙を指さす。
「なんだなんだ、また週刊誌かよ」と文句を言うのは八戒だけである。
週刊誌の一面には「ジャニ西のボーカルが歌手を辞めて衆議院選に出馬予定!」とこれでもかという大きな文字で書いてあった。
「……玄奘のことであろうな」
磁路が深刻な声音になった。思っていたよりも大事になっている。
「たしかに玄奘は世界に安寧をもたらすことを願ってはおるが、……政界進出とはやり方が玄奘らしくないな」
「そうだよな。権力闘争とか金の集まるところとかには行かねえんだよ。玄奘はもっと回りくどくて、直接的に意味がなさそうな『歌で人々に救いを』とかそういうこと言う奴なんだよ」
悟浄と八戒が記事のあやしさを指摘する。
「そもそもおれ達に何も言わずにJourney to the West を辞めるわけねえんだ。要するに玄奘の意に反して誰かが玄奘に芸能活動を辞めさせようとしてんだろ?玄奘の家族だとしても許さねえ」
悟空は烈火のごとく怒っている。
「とにかく玄奘に連絡がつかない以上、こちらから話合いに出向くより仕方ないな。新曲発表はもう明日に迫っておる」
プロデューサー太上はマスコミ対応のために残るとして、磁路とジャニ西の面々は肩を怒らせて地下の駐車場に向かった。
「早くっ、お前らも走れってば」
悟空はもう居ても立っても居られない。自分一人だけでも駆けていきたい気分である。後方をどたどたと走ってくる八戒に怒鳴りながら、走っていたところ柔らかい壁にぶち当たった。
「走るなら前を向け」
社長の環野であった。悟空よりも頭二つ分、背が高い。
「なんでここに?」
「車の運転なら私が一番上手いと言っただろう?」
環野社長は悟空から鍵を取り上げた。
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