悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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1話 勇者と従者

2.とある町のとある夜

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「ねえ、あれもしかして『希望の勇者』様じゃない?」 
「えっ嘘…でも確かにそれっぽい…子供なのに討伐者みたいな格好してるし」 
「でしょっ!?」 


 離れた場所から、少女たちの密やかな声が聞こえてきた。
 それに対し、セノンは動揺を表に出さないようにするのに苦労する。
 声を潜めているつもりなのだろうが、あいにくセノンの優れた聴覚は彼女たちの声を捉えている。 


(一人でいてこんな風に気づかれるの、久しぶりだ…) 


 魔獣を一通り殲滅したセノンたちは、近隣の街を訪れていた。
 討伐の証である魔獣の耳を専用の施設で換金し、今しがた酒場で食事を終え店を出たところだった。 


 (女の人が二人…) 


 話し声が聞こえないふりをしつつ、少女たちのほうにちらりと視線を向ける。
 二人の少女はセノンより幾らか年上に見え、どちらも魅力的な容姿をしていた。 

 それを認織し、つい少女たちが気になりそわそわと落ち着かなくなる。
 そんな年頃の少年らしいセノンの反応に、少女たちが気づいた様子はない。 


 セノン・ラグウェルは「討伐者」だ。 

 それは国家に認められ、民に害をなす魔獣を殺すことで金銭を得、それを生業としている者たちの総称だ。

 ただ討伐者はその性質上、あっけなく命を失うものたちが多い。
 そのため簡単に国から認められ、力を持て余した若者や荒くれ者などがごまんと登録されている。 

 しかし、その中でもセノンは特別な存在だ。
 その若さにそぐわぬ実力と活躍から、彼らを知る人々からは『希望の勇者』と呼びはやされ、その活躍を多くの人々から賞賛されている。 

 そして、セノンが有名になったのはもう一つ理由があった。 


「まさかこの街に来てたなんて…!」 
「声掛けてみる…? 」
「ひょっとして、あの人も近くに…?」 


 少女たちがそれを話題にしかけたその瞬間に、酒場のドアが開いた。 


「お待たせしました、セノン様。そろそろ宿を取りましょう」 


 先に店外に出て待っていたセノンに、支払いを終え出てきた青年――カイオ・エミトが声を掛けた。
 先ほどの少女たちがカイオの姿を認めた瞬間、抑えきれない歓声を上げる。 


「『従者』様!本当にいた!」 
「うそ!信じらんない!」 
「本当に美男子!かっこいい!」 


 大きくなった声がはっきり聞こえてくるのに対し、セノンはそっと溜息をつく。 

 カイオはセノンの唯一の討伐者仲間で、自らを“セノンの従者”だと称して付き従っている青年だ。
 戦闘だけでなく、身の回りのあらゆることを助けてくれている。 

 そして、カイオがなにより注目されるのはその容姿だ。 

 細身ですらりとした体つきに、中性的で人目を惹く美しい顔立ち。
 男性にしては少し長い黒髪も、頭の後ろで束ねることで奇妙な色気を醸し出している。 

 さながら優雅な貴公子のようなその風貌は、若い女性を中心に異様な人気を得ていた。


(女の子はみんなカイオばっか…) 


 よくないことだと分かっているが、色めき立つ少女たちの様子に複雑な感情を抱いてしまう。 

 セノン自身も、決して容姿が悪い訳ではない。
 茶色がかった金髪に童顔で、人々から『希望の勇者』としてもてはやされる程度には整った容姿をしている。 

 しかし、常に一緒にいるカイオに比べるとどうしても霞んでしまうらしく、若い女性からの人気は圧倒的にカイオの方が高い。 
 年頃の少年であるセノンは、そのことが少々羨ましく、悔しい。本人は絶対認めないが。 


「セノン様?どうかしましたか?」 
「…何でもない。行こっか」 


 カイオを見ながら渋い表情をしていたセノンだったが、問いかけに答えてさっさと歩きだす。
 このままモタモタしていると、先程の少女たちが声を掛けてきて面倒なことになりかねない。 

 しかもあの手合いは、大抵まずカイオでなくセノンに話しかけてくるのだ。
 その時のセノンは非常にみじめで、嫌になる。 

 それに元々セノンは、女の子と話をするのを苦手としている。
 単純に女性慣れしていなくて、恥ずかしいのだ。

 このあたりはわかりやすく、青い少年であった。 


「ここでいいですかね」 


 酒場から歩いてすぐ、討伐者向けの宿を見つける。
 少女たちの声は早い内から聞こえなくなり、雑踏の中でうまく撒けたようだ。 

 討伐者は特定の街に常駐するものも少なくないが、より高報酬な魔獣を求めて街から街を渡り歩くものも多い。
 そのような討伐者を相手取る宿屋は、少し探せばどの街でも簡単に見つかる。 

 しかしカイオの見立ては相変わらず質素で…今回もはっきり言って、ちょっと安っぽい。 


「ねえ、もう少し良いところ泊まろうよ。お金ならあるんだし」 
「なにを仰いますか、少しでも節約ですよ。お金は他の所でも使うのですから」 
「だったら食費とかそっちを少しはさ…」 
「駄目です」 


 セノンの訴えを切って捨て、カイオは宿に入っていく。 

 カイオは普段から「成長期のセノン様には豊富で質のいい食事が必要」などと言って食費に糸目をつけない。
 なので大抵食事は宿で取らず、今回のように外で食べてから宿に入る。 

 ただどちらかというと、自分がいいもの食べたいだけなんじゃないかとセノンは思っていた。 


「いらっしゃい」 
「すみません、二名向けの部屋を一部屋お借りしたいのですが」 
「はいはい、大丈夫ですよ」 
「では代金を――」 


 カイオが店主に話しかけて、トントン拍子に話が進んでいく。
 慌ててセノンは口を挟む。 


「ちょっと待って。今日は疲れたから、出来れば一人で一部屋借りたいんだけど…」 
「お一人で、ですか?あいにくウチは、一番小さな部屋でも二名様からになっとりますが」 


 カイオに向けた言葉だったが、店主が回答する。
 小さく質素な宿屋では度々あることだ。
 だからセノンはこういう宿が苦手なのだ。 


「一応、二人部屋でしたらまだ二部屋空いてますが」 
「ああ、気にしないで下さい。一部屋でいいです」 
「ちょ…」 
「これが代金です。あと水をいくつかと、汚してよい桶もいくつかお借りしたいのですが」 
「はいはい、確かに。ちょっと待ってな」 


 再度口を挟む間もなく、あっさりとカイオが交渉を終わらせる。
 どう見てもカイオが保護者役でセノンが子供なので、店主もセノンの発言を真に受けていなかった。 


「こんなもんでいいかい?」 
「十分です。ありがとうございます」 
「部屋は二階の一号室ね。これが鍵」 
 

 大きな水袋と重ねた木桶、鍵を受け取りカイオはセノンに向き直る。 


「ほら、セノン様。持ってください」 
「…わかった」 
 

 しぶしぶ手を出すセノンに荷物を半分渡し、階段へと向かう。
 ぶすっとしたままついてくるセノンに、カイオは飄々と声をかけた。 


「いいじゃないですか、相部屋でも。今更気を使うこともないでしょう?」 
「…いや、というかさ、」 
「この部屋ですね」 


 カイオはセノンの返事を聞かずにドアを開け、部屋に入る。
 縦向きのベッド二つが左右の壁際に並び、ほぼそれだけで部屋の大半が埋まる狭い部屋だ。
 

「とりあえず、装備の点検と手入れからですね。準備します」 
 

 部屋に入るなりテキパキとカイオは動き始める。

 下ろした背嚢から厚手で大きい布を取り出し、ベッドとベッドの間の床に敷く。
 その上に置いた桶に水を満たし、さらに何枚も布を取り出す。
 それが終わると、自らの装備を外し床に広げていった。 


「…はぁ」 


 セノンは少しの間部屋の入口でカイオの作業を眺めていたが、やがて諦めたようにかぶりを振った。
 持っていた荷物を置くと、カイオに続いて装備を外していく。 

 装備の点検と言っても、ごくごく簡単なものだ。
 留め具や部品に変形・破損がないか確認し、必要があれば応急補修するか修理屋に持ち込むことを検討する。
 あとは日中で取り切れなかった血や油の汚れを落とす。ただそれだけの作業だ。 


「こんなものですかね」 
「相変わらず、早いね…」 


 いつも通り、器用で手の早いカイオはあっという間にその作業を終える。
 一方でセノンはまだ終わらない。
 ベッドに腰かけたまま、濡らした布で装備の汚れを落とし続ける。 


「あとは、体を清めて眠るだけですね」 
「…じゃあ、僕はちょっとトイレにでも――っ!」 


 カイオの呟きに対し、セノンは伏せていた顔を上げ、部屋を出て行こうとする。
 しかし立ち上がるどころか言葉を言い切る前に、カイオが着ていたシャツを一息に脱ぎ捨てた。 

 二人は桶を挟んで向かい合ったまま、お互いベッドに腰かけて作業をしていた。
 そのため、白い包帯に包まれた細身の上半身が露わになるのを、セノンはばっちり目撃してしまった。 


「ちょ、待っ…!!」 


 慌ててセノンはベッドの上で回れ右をし、カイオに背を向ける。
 その途端、するすると包帯をほどく柔らかな音がカイオの方から聞こえてくる。 


「ああ、ようやく楽になりました。結構窮屈なんですよね、これ」 


 カイオが独りごちるのに反応することも出来ず、セノンは手元に視線を落とし黙って作業を続ける。

 そこで背後で荷物を漁る音が聞こえ、何気なく視線を上げると…正面の窓ガラスに、カイオの姿が映っていた。
 すでに暗いため外の様子は伺えず、代わりに背後のカイオの姿がはっきり映る。 

 しかも馬鹿げたことに、カイオがこちらを向いたまま作業しているため――さらしが取り払われ露わになった形のよい胸の膨らみまで、しっかりと見て取れた。 
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