悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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4話 討伐者と美女

4.噂

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 セノン・ラグウェルは街中で困っていた。 


「ラケイルさん、なんで来ないんだろう…」 
「寝坊でもしているんですかね」 


 セノンとカイオは、ラケイルとの待ち合わせ場所で待ちぼうけを食らっていた。

 取り決めた時間を一時間過ぎても、一向に現れる気配がない。
 三十分を過ぎた時点でカイオから提案され、やむなく待ち合わせ場所が見える食堂に入って食事をとっていたが、もう食事も終えてしまった。 


「彼を紹介してもらった、組合の施設にでも訪ねてみますか?彼を知る人物でもいれば、宿を尋ねられるかもしれません」 
「そうしようか…」 


 カイオに促され施設に向かうと、職員から驚愕の情報を教えてもらえた。
 ラケイルは昨晩全身に大怪我を負い、治癒魔法をかけて貰える施設――治癒院に運び込まれたのだという。 

 驚いたセノンは、すぐに教えられた治癒院へ向かった。

 だが、ラケイルは面会謝絶となっていた。
 一応体を動かせる程度には回復魔法をかけてもらったらしいが、全身余すところなく大怪我を負っていたため手持ちの僅かな金では足りず、全快にはほど遠い状態らしい。

 そして何より意識を取り戻したラケイル本人がすっかり怯え切ってしまい、外には出たくない、誰にも会いたくないと訴えているのだという。 


「一体、ラケイルさんに何があったんだ…?」 


 セノンは知る由もなかったが、街の討伐者の間では現在一つの話題で持ちきりだった。
 それは昨日突然現れたとんでもない美女と、町一番の討伐者ラケイルの熱い一夜。 


 美女は突然酒場に現れ、ラケイルの傍に座った。
 当然ラケイルは美女を口説き始める。
 近くで話を盗み聞きした者曰く、美女はラケイルの夜のお誘いに乗ったらしい。

 ただ条件としてラケイルの強さが見たいといい…その後は信じられないことに、彼女自身が相手をするなどとのたまった。 


 最初はラケイルも冗談だと思ったらしいが、美女はなぜか刃を潰した訓練用の小剣を二本持っていた。

 それを片方渡しながら挑発してくる美女に対し、ラケイルは怪我させない程度に可愛がってやろうと嗜虐的に考えなおしたらしく、了承した。 

 しかし、店先で始められた見世物は、蓋を開けてみれば大方の予想を裏切る、美女による一方的な虐殺劇だった。 


 ラケイルの剣はことごとく空を切り、美女が振るう一撃はことごとくラケイルの顔や胸といった急所に吸い込まれる。
 いくら刃のない訓練用の小剣であり女性の力であっても、金属の塊を力一杯叩きつけられれば痛みは相当なものだ。

 あっという間にラケイルは本気になり美女を追いかけまわしたが、結果は同じ。
 ラケイルは美女に指一本触れることもできないまま、全身を激しく打ちのめされた。 


 そのことにいたくプライドを傷つけられ激高したラケイルは、ついに愛用の斧を抜いて強化魔法まで使い始めた。

 しかしその直後一瞬にして利き腕の骨を砕かれ、全身余すところなく痛めつけられ、ついには仰向けに倒れて意識を失った。 

 そのあと美女はラケイルの頬を小剣で叩き目覚めさせ、少しの間ラケイルの耳元で何事か囁いていた。
 最後に小剣をラケイルの頸動脈に押し付けて再び意識を刈り取ると、そのままいずこかへと消えていったという。 


 激高したラケイルが手を出すなと周りに怒鳴り散らしたのもあるが、なにより美女の一方的な虐殺があまりに凄惨で恐ろしく、見ていた男たちは美女が去るまで誰も動くことができなかった。

 美女が姿を消して、ようやく慌ててラケイルに駆け寄った。 


 誰しもラケイルが死んでいてもおかしくないと思っていたが、かろうじて息はしていた。
 ただ全身目元といわず顔といわず酷く腫れ上がり、骨もあちこち折られ全身ひびだらけだった。

 急いで治癒院に担ぎ込まれ事なきを得たが、この衝撃的な事件は瞬く間に街中に広がった。 

 特にラケイルは直前に勇者のパーティに入れたことを周囲に自慢し反感を買っていたため、そんな彼の醜態はあっという間に広がったという。 


 一応討伐者組合の職員にもその話は伝わっていたが、仮にも優秀な討伐者であるラケイルの評判を落とすような話は公にしにくく、セノンにも伝えられていなかった。 

 だが治癒院から戻ったセノンの「ラケイルさんはいつ頃復帰できそうですか?」という問いかけに対しては、「おそらく、当分の間は無理ではないだろうか」という職員の私見が伝えられた。 


 ちなみに、その際に改めてパーティ加入してくれそうな人間がいないかを確認したセノンだったが、該当者はいなかった。 

 事件を見物していた人物の一部は、美女が「希望の勇者」と何度か口にしていたのをうっすらと聞き取っていた。

 そしてそのことから、「あの美女は勇者に密かに使える仕事人で、新しくパーティ加入しようとしたラケイルの実力を試したのではないか?」「ラケイルが勇者に何か失礼を働いたから、制裁を加えられたのではないか?」などの噂が立っていた。 


「止むを得ません、次の町に向かいましょう。セノン様がいらっしゃれば、二人でも大丈夫ですよ」 
「うん、まあ…そうだね…」 


 困ったように眉根を寄せながら、カイオに促されて施設を後にする。 

 施設の中にいた討伐者の中には、昨晩酒場にいて美女を目撃した者たちも大勢いた。
 だが、カイオを目にしても誰も何も気が付くことはなかった。 


 数日の後に町中の嘲笑にラケイルは完全に心を折り、討伐者を辞め故郷に帰ることとなった。
 
 ちなみにこの話は討伐者の間で次第に尾ひれがつき、町の外にまで広がった。

 そのうちに他の噂話とも混じり合い、「希望の勇者」についての信憑性の薄い噂話として、広く語り継がれることとなった。 
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