悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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5話 獣と血

1.強敵

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 セノンとカイオは、予定していた魔獣の討伐を終え、珍しく街道を通って次の町へ向け移動していた。

 整備された街道は歩きやすく、また周辺はこまめに魔獣の討伐が行われているため、魔獣と遭遇することもほぼ無い。

 そんな順調な順調な旅路でセノンが異常に気が付いたのは、まだまだ町も見えてこない日の高いうちだ。 


「…?カイオ、なんか向こうが騒がしい…誰かが魔獣に襲われてるのかも…!?」 
「でしたら、少し様子を見に行きましょう」 


 セノンの聴覚に従い向かったのは、街道から少し外れた雑木林の中だ。

 だが目的地に辿り着く前に、男が二人倒れているのを見つける。
 討伐者にしては装備がいやに簡易的だ。
 急いでセノンは駆け寄り、声を掛ける。 


「大丈夫ですか!?」 
「うう…」 


 二人の男は体のあちこちに血を滲ませ、苦し気に呻く。
 ただ深手はなく、出血や怪我の痛み、骨折などで動けなくなっているだけのようだ。
 少なくともすぐに命に関わるような怪我はない。

 それでも怪我の酷そうな方からセノンが回復魔法で治療をし、その間にカイオが比較的軽傷な方の人物に話を聞く。 


「何があったんですか?」 
「魔獣に、襲われて…まだ仲間が一人、追われてあっちに…」 
「助けに行かなきゃ!あなたたちは、少しここで待っててください!」 
「お、お願いします…」 


 怪我人を治療するのを切り上げ、セノンたちは急いで音の方へ向かう。

 やがて多少開けた場所に出ると、視界に飛び込んできたのは馬車と、馬車の屋根にしがみついて震える男性の姿だった。
 窮地に逃げ出したのか、馬車をけん引する馬の姿はない。 

 いや、正確にはその場に馬はいた。ただそれは、普通の馬ではない。 


「一角獣…!」 


 カイオがその魔獣の名前を口に出す。
 見た目は馬に酷似しているが、大きく異なるのは頭に鋭く太い一本の角を持つことだ。

 体高一メートル半程度の純白の体も、よく見ると尾が獅子の物になっていたり蹄が二つに割れていたりと普通の馬とは異なっている。 


「たっ、助けてくれぇ…!?」 


 そしてその一角獣は鋭い角を振り回し、馬車を破壊しようと突進を繰り返していた。
 男が悲鳴を上げる間にも何度もぶつかり、このままでは屋根にしがみつく男の安否が危うい。 


「カイオ、援護お願い!」 
「了解です。とにかく注意を引いて、馬車から遠ざけてください!」 


 セノンは強化魔法の出力を上げ、一角獣へと突撃する。
 当然一角獣は接近してきたセノンに気づき、振るわれた剣を易々と飛びのいて躱した。 


「この…!?」 


 その後も繰り返し斬撃を仕掛けるが、一角獣は器用に小刻みに飛び跳ねてそのことごとくを躱す。
 馬というよりは、小型の鹿に近いような動きだ。

 しかも、僅かでも隙を見せれその鋭い角で突きかかってくる。
 セノンもまた、それを体捌きと軽い跳躍で躱しながら攻撃を仕掛け続ける。

 お互いが舞い踊るように激しく立ち位置を入れ替え、何度も刃と角が交錯する。 


(この魔獣、強い…!) 


 セノンは歯を食いしばって必至に剣を振り続ける。
 だが何分にも感じられた密度の濃いその時間は、実際には十数秒で終わりを迎えた。 


「爆ぜろ!」 


 カイオが、練り上げた火炎魔法を魔獣に向け放つ。
 かなり高密度な火炎魔法であることを感じ取ったセノンは、飛びのいて一角獣から距離を取る。

 だが一角獣も同様に魔法を察知し、ほぼ同時に飛びのいている。
 魔力の感知能力も高いようだ。 

 高密度の火球は地面に着弾し大きな爆炎をあげるが、一角獣には届かない。
 爆炎が晴れる直前を見切って一角獣への突撃を行うべく、セノンは身構える。

 だがそれよりも早く、つまりは僅かに火勢の弱まった爆炎を突っ切る形で一角獣が飛び込んできた。
 魔力耐性が高いのか、その毛皮には焦げすらほぼ見られない。 


(速い…!?) 


 咄嗟に身を躱したセノンを置き去りに、そのまま一角獣はカイオを刺し殺すべく一瞬で距離を詰める。
 魔法を放った直後のカイオは、その凶悪な一撃を地面に転がってなんとか躱す。 


「今のうちに逃げて!」 


 セノンは、一角獣が馬車から大きく距離を取った今が好機だと判断した。
 カイオと一角獣に向けて走りながら、馬車にしがみつく男に声を飛ばす。

 しかし男は逡巡する様子を見せ、馬車から降りてこない。 


「し、しかし、馬車の積荷が…」 
「あなたを守る余裕どころか、魔獣を倒せるかも分かりません!とにかく早く!」 


 セノンが必死に訴えかけると、男は意を決したように、馬車から降りようと動く。
 その間にカイオは一角獣に正確な斬撃を繰り返し、近づかせずにいた。

 ただセノンと異なり強化された瞬発力を持たないため、飛び跳ねる一角獣の動きに追従しきれない。
 タイミングを合わせてカウンターで迎撃するので手一杯だ。 


「急いで!」 


 男が馬車から降りたのをちらりと見て声を掛け、そのまま距離を詰め一角獣に対して斬りかかる。
 だが一角獣はそれもあっさり避け、二人に対して向き直る。

 セノンとカイオは馬車を背後に庇い、そのさらに背後には街道が走っている。
 男はその街道に向け逃げていた。 


「だいぶ手強いけど…このままやるしかないよね?」 
「ですね。興奮しきっていて、なにやら様子がおかしいです。逃げるのは得策ではないかと」 
「…やれるよね?」 
「おそらくは。ただここは少し、街道に近すぎます。出来ればもう少し街道から遠ざけた上で、仕切り直したいところです」 


 傍に並んで問いかけたセノンに、カイオが意見を述べる。

 初めて戦う魔獣な上に、前もって討伐の準備も対策を練ることもしてきていない。
 出たとこ勝負で戦うには、少々危険性が高い相手であるとはセノンも感じていた。

 だからと言ってここでセノンたちが逃げれば、魔獣は街道へと出てきてしまう可能性が高い。それは避けたいところだ。 


「元々人前には滅多に姿を現さない魔獣です。ある程度痛手を与えれば、逃げてくれるかもしれません。殺すことより痛みを与えることに注力しましょう」 
「分かった」 


 セノンは頷くと、再び一角獣に斬りかかった。助けた男が逃げ十分な距離を離れたのは、足音から把握している。
 あとは目の前の魔獣に集中するだけだ。 


「ふっ!」 


 先ほど火炎魔法の効果が薄かったことを顧みて、カイオもセノンに合わせて接近戦を仕掛ける。
 セノンが身体能力に任せて攻め立てるのに対し、セノンはその隙間を縫うように埋めるように攻撃を潜り込ませる。

 それでも一角獣は攻撃を捌き時折反撃を加えてきたが、次第にその頑丈な毛皮に少しずつ傷が増えていく。 

 そしてついに、セノンの一撃が一角獣の顔面を捉えた。
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