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5話 獣と血
2.偽善
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振るわれた刃先が目の下のあたりをざくりと切り裂き、たまらず一角獣は大きく飛びのいた。
「ゥルルルルル!!」
「…退いてくれそうな気配がないね」
「おかしいですね…?ここまで好戦的な魔獣ではないはずですが…」
大きな負傷を負っても、一角獣は戦意を喪失した様子を見せない。
それどころか、怒り狂って鼻息荒く二人を睨みつけてくる。今は辛うじてこちらが押しているが、一瞬の油断で傾きかねない危うい均衡だ。
しかし一角獣の様子に、セノンは言いようのない違和感を感じ取った。
(なんだ、この呼吸の音…?怒っているというか…)
かなり集中したセノンは、足音や呼吸音の様子から相手のおおよその感情や表面的な思考が予測できる。
荒い呼吸の仕方から、今回もセノンは一角獣のおおよその感情を読み取った。
しかし自らが感じ取ったその情報に、セノンは戸惑ってしまう。
「焦ってる…?」
「…ふむ?」
セノンの困惑した呟きを聞き、カイオは何事か思案する。
そして周囲に素早く視線を走らせると、一角獣に視線を戻しセノンに囁きかける。
「セノン様、少し試してみます。暫く奴の気を引いて下さい。私に注意が向かないように」
「…?分かった」
カイオの指示に従い、セノンは強化魔法の出力を上げて一角獣に肉薄した。
先程まで二人がかりで渡り合っていた一角獣を、なんとか一人で抑え込む。
するとすぐに、背後でカイオの魔力が膨れ上がるのを感じる。
しかし一角獣もまた、カイオに注意を向けるそぶりを見せた。
(…足りないか!)
止む無く、セノンは一瞬足を止めてさらに強化出力を引き上げた。
その隙を突こうとした一角獣の角の刺突を、剣で大きく弾く。
今までにない威力で弾かれた一角獣はよろめき、セノンはここぞとばかりに猛攻を仕掛けた。
それでも一角獣は攻撃を躱し、防ぎ、有効な一撃を加えることは出来ない。
ただ一角獣の意識を無理やりに向かせることには成功した。
その代償として、すぐに体はミシミシと悲鳴を上げ始め、長くはもちそうにない。
(カイオ、早く…!?)
セノンが脂汗を浮かべ始めたところで、カイオが魔法の構築を終えた。
放たれた魔力が一角獣を包み、セノンに向けられていた意識の隙間を縫って滑り込んだ。
「セノン様、離れて!」
「!」
カイオの鋭い声に瞬間的に従い、その場から飛び退いて下がる。
すると次の瞬間、一角獣の視線がついと背後を向き、そのまま一目散に逃げて行った。
脇目も降らない、必死さまで伺える全力疾走だ。
「…カイオ、何、したの…?」
ぜえぜえと強化の反動に息を切らしながら、セノンが尋ねた。
魔獣を警戒し、その場に座り込むのだけはなんとか堪える。
カイオも大規模な魔法の構築に疲労を滲ませながら、それに答える。
「何やらずっと馬車を気にしていたので、馬車が街道とは逆に走っていく幻覚を見せました」
「…そんなことしなくても、幻惑魔法を掛けられたんなら、視界を完全に潰しちゃえばよかったんじゃないの?」
セノンの素朴な疑問に、カイオは首を振って否定する。
「一角獣は、魔法耐性の高い魔獣です。普通のやり方では、幻惑魔法にかける事などほぼ出来ません。意識の隙間を縫って、執着するものの幻惑を見せたからなんとかなりました」
馬車を視界から消したりすればどうなるかも分からないため、追うよう仕向けたのだとカイオは補足する。
その回答にセノンは納得するが、今度は新たな疑問が湧いてくる。
「この馬車に、一体何が…?」
「調べてみましょう」
カイオの言葉に頷き馬車の中を検めると、それはすぐに見つかった。
馬車の中にはこまごまとした雑多品の他に、一メートル四方ほどの大きな箱型の荷物が積んであった。
厚い布で覆われており、その大きさから明らかに異彩を放っている。
「これは…?」
人の荷物を勝手に見ていいものか戸惑うセノンをよそに、カイオはあっさりと荷物に近づく。
そして、セノンが止める間もなく覆っている布を剥がした。
荷物は開けなくても中身が見えるようになっており、その正体にセノンは息を呑む。
「仔馬…」
「…おそらく、先程の一角獣の子供でしょうね」
荷物は、中身の入った金属製の檻だった。
中にはピクリとも動かない仔馬が囚われており、その頭には小さいながらも角が生えている。
セノンが慌てて近づき耳を澄ませると、僅かに寝息が聞こえてくる。
「まだ生きてる…カイオ、これって…」
「一角獣の角や毛皮等は、触媒としても素材としても優秀で、高く売れます。しかし一角獣は、先ほどの通り極めて強敵です。その為、力の弱い子供が狙われたのでしょう。生かしていたのも、親を誘き出して罠に嵌めるつもりでもあったのかもしれません」
「お金のためってこと?でもこんなの、ひど――…っ!」
顔を曇らせながら話していたセノンは、しかしはっとして口をつぐむ。
大抵の魔獣はすぐに大きくなるため実感が薄いが、セノンが普段から討伐している魔獣にも若い個体は沢山いる。
有害な生物の、子供や親子を殺して報酬を得る。
いつも自身がやっていることと、なんら変わりない。これではただの、偽善だ。
ショックを受けているセノンに対し、しかしカイオは説明を続ける。
「一角獣とは、少々他の魔獣とは性質の異なる生物です。比較的気性は荒いものの、滅多に人前に姿を現わさず、容易には人が踏み込めない環境に生息しています。人が襲われるのは、こちらから縄張りを荒らしたり傷つけたりした事例ばかりです」
カイオの説明に、セノンは聞き入る。
伏せていた視線を上げ、縋るような目でカイオを見る。
「もちろん例外もあり、時折討伐依頼が発行されます。ですが基本的には、討伐対象とはならない生き物です。少なくとも、この辺りで討伐依頼が出たという話は聞きませんね。出たら我先にと討伐を狙う輩が増えるので、すぐ分かります」
「……つまり、この仔馬は…」
言いかけたセノンは、しかし外からの僅かな物音に反応した。
「ゥルルルルル!!」
「…退いてくれそうな気配がないね」
「おかしいですね…?ここまで好戦的な魔獣ではないはずですが…」
大きな負傷を負っても、一角獣は戦意を喪失した様子を見せない。
それどころか、怒り狂って鼻息荒く二人を睨みつけてくる。今は辛うじてこちらが押しているが、一瞬の油断で傾きかねない危うい均衡だ。
しかし一角獣の様子に、セノンは言いようのない違和感を感じ取った。
(なんだ、この呼吸の音…?怒っているというか…)
かなり集中したセノンは、足音や呼吸音の様子から相手のおおよその感情や表面的な思考が予測できる。
荒い呼吸の仕方から、今回もセノンは一角獣のおおよその感情を読み取った。
しかし自らが感じ取ったその情報に、セノンは戸惑ってしまう。
「焦ってる…?」
「…ふむ?」
セノンの困惑した呟きを聞き、カイオは何事か思案する。
そして周囲に素早く視線を走らせると、一角獣に視線を戻しセノンに囁きかける。
「セノン様、少し試してみます。暫く奴の気を引いて下さい。私に注意が向かないように」
「…?分かった」
カイオの指示に従い、セノンは強化魔法の出力を上げて一角獣に肉薄した。
先程まで二人がかりで渡り合っていた一角獣を、なんとか一人で抑え込む。
するとすぐに、背後でカイオの魔力が膨れ上がるのを感じる。
しかし一角獣もまた、カイオに注意を向けるそぶりを見せた。
(…足りないか!)
止む無く、セノンは一瞬足を止めてさらに強化出力を引き上げた。
その隙を突こうとした一角獣の角の刺突を、剣で大きく弾く。
今までにない威力で弾かれた一角獣はよろめき、セノンはここぞとばかりに猛攻を仕掛けた。
それでも一角獣は攻撃を躱し、防ぎ、有効な一撃を加えることは出来ない。
ただ一角獣の意識を無理やりに向かせることには成功した。
その代償として、すぐに体はミシミシと悲鳴を上げ始め、長くはもちそうにない。
(カイオ、早く…!?)
セノンが脂汗を浮かべ始めたところで、カイオが魔法の構築を終えた。
放たれた魔力が一角獣を包み、セノンに向けられていた意識の隙間を縫って滑り込んだ。
「セノン様、離れて!」
「!」
カイオの鋭い声に瞬間的に従い、その場から飛び退いて下がる。
すると次の瞬間、一角獣の視線がついと背後を向き、そのまま一目散に逃げて行った。
脇目も降らない、必死さまで伺える全力疾走だ。
「…カイオ、何、したの…?」
ぜえぜえと強化の反動に息を切らしながら、セノンが尋ねた。
魔獣を警戒し、その場に座り込むのだけはなんとか堪える。
カイオも大規模な魔法の構築に疲労を滲ませながら、それに答える。
「何やらずっと馬車を気にしていたので、馬車が街道とは逆に走っていく幻覚を見せました」
「…そんなことしなくても、幻惑魔法を掛けられたんなら、視界を完全に潰しちゃえばよかったんじゃないの?」
セノンの素朴な疑問に、カイオは首を振って否定する。
「一角獣は、魔法耐性の高い魔獣です。普通のやり方では、幻惑魔法にかける事などほぼ出来ません。意識の隙間を縫って、執着するものの幻惑を見せたからなんとかなりました」
馬車を視界から消したりすればどうなるかも分からないため、追うよう仕向けたのだとカイオは補足する。
その回答にセノンは納得するが、今度は新たな疑問が湧いてくる。
「この馬車に、一体何が…?」
「調べてみましょう」
カイオの言葉に頷き馬車の中を検めると、それはすぐに見つかった。
馬車の中にはこまごまとした雑多品の他に、一メートル四方ほどの大きな箱型の荷物が積んであった。
厚い布で覆われており、その大きさから明らかに異彩を放っている。
「これは…?」
人の荷物を勝手に見ていいものか戸惑うセノンをよそに、カイオはあっさりと荷物に近づく。
そして、セノンが止める間もなく覆っている布を剥がした。
荷物は開けなくても中身が見えるようになっており、その正体にセノンは息を呑む。
「仔馬…」
「…おそらく、先程の一角獣の子供でしょうね」
荷物は、中身の入った金属製の檻だった。
中にはピクリとも動かない仔馬が囚われており、その頭には小さいながらも角が生えている。
セノンが慌てて近づき耳を澄ませると、僅かに寝息が聞こえてくる。
「まだ生きてる…カイオ、これって…」
「一角獣の角や毛皮等は、触媒としても素材としても優秀で、高く売れます。しかし一角獣は、先ほどの通り極めて強敵です。その為、力の弱い子供が狙われたのでしょう。生かしていたのも、親を誘き出して罠に嵌めるつもりでもあったのかもしれません」
「お金のためってこと?でもこんなの、ひど――…っ!」
顔を曇らせながら話していたセノンは、しかしはっとして口をつぐむ。
大抵の魔獣はすぐに大きくなるため実感が薄いが、セノンが普段から討伐している魔獣にも若い個体は沢山いる。
有害な生物の、子供や親子を殺して報酬を得る。
いつも自身がやっていることと、なんら変わりない。これではただの、偽善だ。
ショックを受けているセノンに対し、しかしカイオは説明を続ける。
「一角獣とは、少々他の魔獣とは性質の異なる生物です。比較的気性は荒いものの、滅多に人前に姿を現わさず、容易には人が踏み込めない環境に生息しています。人が襲われるのは、こちらから縄張りを荒らしたり傷つけたりした事例ばかりです」
カイオの説明に、セノンは聞き入る。
伏せていた視線を上げ、縋るような目でカイオを見る。
「もちろん例外もあり、時折討伐依頼が発行されます。ですが基本的には、討伐対象とはならない生き物です。少なくとも、この辺りで討伐依頼が出たという話は聞きませんね。出たら我先にと討伐を狙う輩が増えるので、すぐ分かります」
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