悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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5話 獣と血

7.代償

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「えっ…カイオ!?」 


 それを見たセノンは慌てて立ち上がろうとし、一度失敗して転んだ。
 そのまま半ば転げるようにカイオの元へ走り寄った。 


「かっカイオどうしたの!?急性魔力欠乏!?それともどこか怪我でも…!?」 


 急性魔力欠乏でも怪我でも、倒れてしまうような規模なら急いで補給なり治癒なりしなくてはならない。

 傍に寄り恐る恐る肩に触れると、カイオはゆっくりと顔を上げた。
 明らかに顔色が悪く、痛みに耐えるかのように顔を歪めている。 


「大丈夫です…少し、無理が祟ったようです…ああ、最初にしくじったのは、これのせいでしたか…」 


 カイオはセノンの手を借りながら身を起こした。

 ざっと見る限り、甲虫型による腕の傷以外に深い傷はない。
 甲虫型の攻撃に毒でもあったかと考えたが、それならセノンも動けなくなっているはずだ。

 あれほど強力な魔法なら消費も激しいはずなので、やはり魔力欠乏だろうかとセノンは考えた。 

 狼狽えるセノンに対して、カイオは心配いらないと身振りで示す。

 だが身を起こしているだけでも辛そうで、セノンは全く安心することが出来ない。
 こんなに具合が悪そうにしているカイオを、初めて見る。 


「なんでそんな…さっきの魔法のせい…?」 
「もともと、少し体調は優れなかったのです…その状態で、体に負担をかけすぎました…」 


 カイオは喋りながら、体を折って腹に手を当てた。
 そのまま、痛みをこらえるように深呼吸をしている。 


「お腹痛いの…?それなら、薬か何か…」 


 痛み止めはなくても、胃腸の調子を整える薬は手持ちがあった気がする。
 ただ荷物を漁りながら、セノンはなんとなく違和感を覚えた。 

 魔力を失うということは、血を失うことに似ている。
 大量に失えば眩暈や立ちくらみを起こして動けなくなり、量によっては意識を失ったり命に関わることもある。

 消費が激しいと頭痛の原因となることはあっても、腹痛を引き起こすというのは聞いたことがない。
 腹痛は体調不良とやらのせいだろうか。 


「必要ありません。少し休めば、よくなります…」 
「ほんとに?…とりあえず、場所を移そう」 


 今の場所だと、すぐ近くに魔獣の死骸が転がっているうえに雑草やら大量の小石やらが邪魔で休憩には適していない。

 そこでセノンはカイオに肩を貸して、近くの少々開けた木陰へと移動する。
 一角獣とその子供はすっかり大人しくなっており、なぜか移動する二人についてきた。 

 木陰に入ると木に背中を預ける形でカイオを座らせる。
 だが木は細く思ったよりも頼りなく、据わりが悪そうだ。 


「…セノン様、隣に座って貰ってもよろしいですか?」 
「隣?いいけど…」 


 セノンが言われるままに隣に腰を下ろすと、すぐにカイオがもたれかかってきた。

 肩にカイオの頭が乗せられ、ふわりと髪から漂う香りがセノンの鼻孔をくすぐった。 


「ちょ…!?」 
「少し、肩を貸してください」 


 セノンが狼狽したところに、カイオの弱弱しい声が返ってきた。
 思わず逃げそうになっていたセノンの身動きが、ぴたりと止まる。 


「嫌でしたか?すみません」 
「別に嫌って訳じゃ…ちょっとびっくりしただけで…」 
「しばらく、このまま休ませて下さい。セノン様がゆっくり休めないのは申し訳ないのですが」 
「それはまあ大丈夫だけど…」  


 カイオは器用に木とセノンの両方にバランスよく体重をかけているのか、さほど重くはない。

 肉体的負担はないのでセノンにとっても十分休憩にはなるが、精神的にはちょっと落ち着かない。
 困ったが、カイオにこれ以上無理をさせるわけにはいかないと考え直し、大人しくする。 

 セノンがじっとすると、カイオもまたそれきり静かになった。

 呼吸の仕方から起きているのがセノンには分かったが、痛みに耐えるように時折目を瞑っている。
 相変わらず顔色は良くない。 


「…カイオ、横になって少し眠ったら?見張りは僕がやっておくからさ」 
「しかし…」 


 しばらく休んでも辛そうにしているカイオに、セノンはついそう提案した。

 まだ日も高く魔獣も多数活動しているであろうこの場所で横になるなど、本来は得策ではない。
 無防備に眠ってしまうなど論外だろう。

 その間は、セノンが一人で警戒しなくてはならなくなる。
 カイオほどでなくともセノンも疲弊しているため、当然カイオはその提案を渋った。 


「大丈夫だよ。ここ静かだから変な物音がしたらすぐ気付けるだろうし…それに、彼らもいるしさ」 


 セノンは言葉と共に、一角獣たちの方を顎でしゃくった。

 彼らはセノンたちが座り込むと同じように近くに腰を下ろし、こちらをじっと見ている。どこかに行く気配もない。
 子供はそのうち寝てしまいそうだが、何か近づいてきたら親の方に動きがあるだろう。 


「…そうですね。でしたら、お言葉に甘えることにします」 


 そう言いながらカイオは、セノンから体を離した。

 そのまま少しずれて、横になるスペースを確保する。
 だがセノンがほっと息を吐いて強張っていた体から力を抜いたのも束の間。

 どかされたカイオの頭が、今度は胡座をかいたセノンの太ももにぽすっと乗せられた。 


「いっ…」 
「では、今度は膝をお借りしますね」 


 何気なく放たれたカイオの言葉に、セノンは酷く狼狽する。

 顔は遠くなったが、さっきより落ち着かなくなった。
 というかなんでさっきからカイオは事後承諾なのだろうか。
 そんなに余裕がないのか。 


「ちょっと、僕の足なんか枕にしても寝心地よくないよ…!ちゃんと、布か荷物で枕作って…」 
「いえ、これがいいです。…分かるでしょう?」 


 カイオの言葉にセノンはむぐっと言葉を詰まらせ、何も言えなくなった。

 カイオに膝枕されるのは何度も経験しているが、逆は初めてだ。
 こうやってカイオを上から見下ろすのはやけに新鮮に映る。

 同時によく分からない満足感というか達成感のようなものを感じて、セノンはちょっとうろたえた。 

 しかしカイオが少し顔を動かして目が合うと、そんな感覚はあっという間に消えた。
 恥ずかしくて目が合わせられなくなり、すぐに目を逸らす。

 くすりと笑う気配がした後、カイオが少し身じろぎをしたのを感じた。 


 ちらりと視線を戻すと、カイオは腹を両手で抱え込むようにし、少し体を丸めて横向きになっていた。

 顔は半分セノンの足に押し付けるようにしており、思い切り覗き込みでもしない限り見えそうにない。
 カイオの吐息がズボン越しにも熱く感じられ、酷くくすぐったいし恥ずかしいが我慢した。

 カイオがゆっくりと寝つきつつあるのが分かったからだ。
 少しすると、案の定すぐにカイオは寝付いた。 


「…はあ」 


 それを見届け、セノンは大きく息を吐いた。

 落ち着かないのは相変わらずだが、じきに慣れるだろう。
 あとは三十分か一時間か、カイオの体調がよくなるまでのんびり待てばいい。 


 少しぼうっとしていると、おもむろに仔馬が近づいてきた。
 寝込んだカイオを心配したのか、顔を寄せてにおいを嗅ごうとしている。 


「…ほら、起こしちゃうからダメだよ」 


 セノンは苦笑しながら仔馬の顔に触れ、カイオから離れるよう促した。
 仔馬は大人しく従い、撫でられるがままになっている。

 やがて、カイオを真似したのかセノンの足に顔を乗せて目を閉じた。
 それを撫でながら、ふと親の一角獣の方を見る。

 親は特に怒るでもなく、静かにこちらを見ていた。 


(そういえば…仔馬は今、普通にカイオに触れようとしたな) 


 ぼんやりとそんなことを考える。
 結局カイオは一角獣を幻惑魔法で鎮め、直接触れたりはしなかった。

 やっぱりこの仔馬が特別なのだろうか?
 別に積極的に知りたい訳ではないが、意味深なカイオの言葉にはなんとなくもやもやしたものが残っていた。
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