悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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5話 獣と血

8.弁解

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 カイオの言葉が、全く気にならないと言えば嘘になる。 


(この親には、僕もやっぱり触れないのかな) 


 何気なく、一角獣の方に手を伸ばす。

 少し離れているため座ったままでは届かないが、向こうから首を伸ばしてくれば触れ合える距離だ。

 しかし期待もむなしく、一角獣はセノンの手を無視した。
 触れてくることもないし、かといって嫌がって逃げるわけでもない。 


(よく分かんない…) 


 諦めて、再び仔馬を撫で始める。
 純白の毛並みは柔らかく、触れると気持ちがいい。 


「ん…」 


 するとカイオが声を漏らし、軽く身じろぎをした。

 見下ろすと、少し体勢が変わったせいか目を閉じた横顔が見える。
 前髪が瞼にかかっているのが見えたので、ついその前髪をどかそうとカイオの顔に触れてしまった。

 直前まで仔馬を撫でていたせいか、自然で何気ない動きだった。
 だがそのせいでぴくりとカイオの瞼が動き、ゆっくりと目が開く。 


「あっ…ごめん、起こしちゃった?」 


 カイオは少し顔を動かし、見下ろすセノンの顔を見た。
 寝起きなうえに体調が悪いせいかその目はとろんとしており、なんだか色っぽい。

 起こしてしまった申し訳なさもあり、妙に心臓が早鐘を打つ。 


「……ですよ」 
「…え?なに?」 


 そんなセノンを見てカイオが唇を動かすが、何を言ったのか聞き取れない。
 セノンが背中を曲げて耳寄せると、カイオはけだるげな声で再び囁いた。 


「駄目、ですよ…弱っている女性に、不用意に触れては…私だからいいものの…」 
「…いや別に変な意味じゃなくて、ちょっと髪が…むぐっ?」 


 思わず言い返したセノンの口を、セノンの人差し指が押さえて塞いだ。 


「言い訳無用です」 


 それだけ言い残して指を離すと、カイオは再び顔を伏せ眠る体勢に入った。

 セノンはおもしろくなく思ったものの、やむなく黙ってそれを邪魔しないようにした。 


(……カイオならいいんだ…) 


 むず痒いものを感じながら、しかしなるべく足は動かさないようにする。

 セノンは仔馬を撫でながら、そのままカイオが目を覚ますのを待った。 





「畜生、せっかくの金づるが…結構苦労したってのに…」 


 一角獣の子供を捉え損ねた男は、戻った町でそうぼやいた。
 すぐさま背後から仲間の声がかかる。 


「お前はまだいいだろ。怪我もせず戻ってこれたんだから…痛てて」 


 仲間の男は腕を庇いながら文句を言う。

 彼は通りがかった討伐者にある程度怪我を治療されていたが、細かな傷までは治してもらえなかった。
 最後尾を歩くもう一人も同じような状況だが、一方で先頭の男だけはほぼ怪我をしていない。 


 男たちは、二人組の討伐者――彼らには名乗らなかったが、セノンとカイオだ――が魔獣を退けた後に、黒髪の討伐者によって町へと戻るよう言われていた。

 その青年は馬車の傍で気を失っていた男を叩き起こし、指示を出した。 


『魔獣を可能な限り街道から遠ざけた後に、自分たちも逃げます。魔獣が戻ってこないとは限らないので、仲間を回収してすぐにここから避難するように』 


 青年はそう言い残してすぐに、先行しているという仲間を追いかけた。

 だが男は青年の指示に従わず、まずは馬車の積荷を確認した。

 馬車の中を確認すると、中は一角獣が暴れたのかひどく荒らされ、荷物はすべてめちゃくちゃになっていた。
 檻もまた鍵が壊されており、捕らえたはずの一角獣の子供も当然中にはいなかった。 

 男が気絶している間に馬車に何があったのか、確かめる術もなかった。
 気絶していた男は、一角獣に襲われ、あっという間に仲間二人が蹴散らされ、必死に馬車を操って逃げたことは憶えていた。

 しかし追いつかれて攻撃され、牽引していた馬に逃げられ、一角獣から逃れるため馬車によじ登ろうとしたところで記憶が途切れていた。

 おそらくはその時に転ぶなどして頭を打ち気を失ったのだろうと、男たちは考えていた。 


 大事な荷物がなければ、そこにそのまま残る意味もなかった。
 だから男は仲間たちと合流し、黒髪の討伐者の指示通りに街道経由で近くの町へと逃げた。

 途中で荷物を運ぶ商人の馬車に遭遇したため、なけなしの金を払って乗せてもらい、町へと避難してきた。
 荷物はほぼすべておしゃかになってしまったため、かなりの損失だ。

 そのため彼らは、治療費をケチり怪我もろくに治療していなかった。
 幸い、深い傷はあの場で治して貰えている。 


「とりあえず、飯でも食おうぜ…この後どうするかは、飯食いながら考えよう…」 
「そうだな…」 


 最後尾の男の提案に、他二人も賛同する。
 手頃な飯屋に入り、酒と食事を注文する。

 大衆向けだけあって客入りは多く、彼らのような荷運び屋や討伐者ばかりだった。 


「しかし惜しかったな…アレをうまく売りさばけてたら、最低でも半年は遊んで暮らせてたぜ?」 
「希少品な上に、扱いの容易い軽量品だもんな…マジでもったいねぇ…」 


 男二人は大仰に嘆きつつ、僅かに声を潜めてそんな会話をする。

 彼らはたびたび同じようなことをして金を稼いできたが、あからさまにはその話をしない。

 いくら魔獣といえども、討伐が推奨されていない個体、しかも子供を食い物にしていることをおおっぴらにすれば不快感を示す人間は少なくない。
 やっていることは黙認されていたとしても、それは暗黙のルールのようなものだ。 

 唯一怪我のない男も、酒を勢いよく飲み干してその会話に加わる。 


「次もそっちの路線で狙おうぜ?やっぱちいせぇの相手だと楽でしょうがねぇ!」 
「しかしそう都合よく見つかるかね…」 
「馬ぁ鹿お前!探さなきゃ見つかんねえだろ!?」 


 早くも酒が回ったのか、男は意気揚々と己の主張を口にする。 


「今日は失敗したが、つくづく思ったぜ!…やっぱ売るのはガキに限る!」 
「ちょ…」 
「弱っちくて簡単に捕まえられるし、労力のわりに結構な値段で売れる!最高じゃねえか!」 
「ばっ、おま」 
「なんだよ、お前らだってガキ好きだろ?今までにも散々売っぱらってきただろぉ!?ははは!」 
「いいから黙れ!!」 
「あ?なんだよ…!?」 


 残りの男二人が慌てて、しかし怪我のせいで少し緩慢になりつつ大声で喚く男を抑え込む。

 男がふと我に返ると、周囲の客の多くが彼らに侮蔑の眼差しを向けている。
 中には明らかな怒りを滲ませ、彼らをにらみつけている者もいる。 


「…あっ!?いや違う、別に人間の子供じゃねえぞ!?売っぱらってるのは魔獣の…」 
「黙れって!!」 
「き、気にしないでください!酔っぱらいのたわごとなんで!」 


 思わず周囲に弁解した男を、再び二人が殴りかねない勢いで抑え込んだ。
 男はその瞬間ふと冷静になり、己がいかに軽率なことをしたのか急に自覚した。

 今まではどれだけ酒に酔ってもこんなヘマはしなかったのに、今日に限ってロクに酒も飲まないうちから大失態だ。

 ひょっとして昼間に頭をぶつけたせいだろうか、と血の気の引いた頭で男は考えた。 


 その後男たちは、ろくに会話もせず早々に食事をたいらげ、逃げるように飯屋を後にした。

 だが彼らの会話内容は一部とはいえ広まり、彼らはまともなものですらこの町で仕事がしにくくなった。 


 せめてもと討伐者組合に「人を襲った一角獣」の情報を持ち込み情報料を得ようとしたが、すでに彼らの噂は組合にも把握されていた。

 そのため情報は信憑性に欠けると判断され、ほぼ情報料は支払われず、彼らの主張する「凶悪な一角獣」は討伐対象として認可されなかった。
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