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6話 雨と隠蔽
1.包囲
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セノンとカイオは、渓谷の中で魔獣にとり囲まれていた。
周囲を囲むのは全て低級な狼猿型の魔獣だが、とにかくその数が尋常ではない。
優に三十匹は超えていた。
「カイオ駄目だ!まだ増える!」
既に二十匹近い数の魔獣を屠っていたが、セノンの言葉通り魔獣は一向にその数が減る気配を見せなかった。
殺しても殺しても、新たな魔獣が渓谷の奥から駆けてくる。
そもそも群れの規模が明らかにおかしい。
狼猿型魔獣は縄張り意識と攻撃性が非情に強く、本来あまり徒党を組まない。
基本的に兄弟や親子といった血縁でしか群れないため、その数は多くてもたいてい十数匹だ。
一個体は鬼人より素早く強くても、あまり討伐者たちから脅威として認識されていないのはそのためだ。
「全滅させるのは無理です、隙を見て引きましょう!」
カイオは飛び掛かってくる魔獣を洋剣で切り裂く。
だがその包囲は厚く、簡単には逃げられそうにない。
そもそも、普段から慎重で用意周到なカイオが居てこんな状況に追い込まれていること自体が異常だった。
(ああもう、失敗した!)
セノンは胸中で己の判断を悔いる。
もともと、今回の討伐目標は狼猿型魔獣の全滅ではない。
あくまで目標は、この異常規模の群れを率いる「長老型」の魔獣を見つけ出して討伐することだ。
滅多に現れないが、長い年月を生き延び力を蓄えた魔獣はこのような異常事態をまま引き起こす。
人間のみならず周辺の環境に及ぼす影響は計り知れない。
遡ること少し前、長老型が巣くうとされる渓谷に足を踏み入れたセノンとカイオは、注意深く探索を進めていた。
渓谷中を徘徊する多数の狼猿型魔獣を可能な限り避けて進み、気付かれた個体や邪魔な個体は仲間を呼ばれる前に確実に仕留めることで、群れ全体に自分たちの存在を気取らせずに長老型の探索を続けた。
ここまでは、セノンの聴覚とカイオの幻惑魔法を駆使すればさほど難しいことではなかった。
問題が起きたのは、かなり渓谷の奥深くに入り込んでからだ。
おそらくは同じ依頼を受けたであろう討伐者パーティが、大量の魔獣に囲まれていたのだ。
彼らは足を止めず逃げながら応戦していたが、逃げきれずすぐに全滅の憂き目に遭うのは傍から見ても明らかだった。
走りながらでは、ごく一部の例外を除き魔法を構築することもままならない。
そしてそれを見捨てられなかったセノンは、それまでの慎重さをかなぐり捨てて彼らを助けに入った。
ここまでは良かったが、問題はその後だ。
窮地に陥っていた討伐者パーティは最初こそセノンたちと共闘の姿勢を見せたが、セノンたちが多くの魔獣の注意を引き始めると一目散にセノンたちを置いて逃亡した。
結果、逃げた六人がかりでも捌ききれず命の危機に瀕した量の魔獣を、セノンたちはたった二人で相手取る羽目になった。
その結果が現状だ。
今はなんとかなっているが、その内物量に押し潰されてしまうのは目に見えている。
「セノン様、少しの間迎撃をお願いします!」
「…分かった!」
セノンの返事を聞いたカイオは、その場で足を止め魔法構築を開始した。
同時にセノンもまた自らの胸に手を当て、強化魔法の出力を跳ね上げた。
当然、その隙をつき何匹もの魔獣が二人に飛びかかる。
「遅い!」
しかしその全てを、猛烈な機動力を得たセノンが迎撃した。
その後も四方八方から魔獣が襲いかかるが、セノンは自分だけでなくカイオの身も危なげなく守る。
その圧倒的な戦闘力は明らかに体を酷使しており、どう見ても長時間は持たない。
しかしカイオは、セノンが反動に苦しむ前に魔法構築を完了してみせた。
「セノン様、屈んでください!」
カイオの指示に、セノンは反射的に従う。
その場にしゃがんだ瞬間、カイオが手を前に突き出す。
「吹き荒れろ!」
カイオが魔力を解放すると、広げた掌から前方に向けて炎が吹き出した。
カイオはそのまま、ぐるりとその場で一回転する。
炎はその動きに合わせて周囲に撒き散らされた。
包囲する魔獣たちは、激しく燃え上がる炎に一瞬怯む。
「今です!正面突破を!」
「了解!」
指示を受け、セノンは正面に向け駆け出した。上手く調節したのか、そこだけ炎が広がっていない。
その方向以外の魔獣は、炎に怯み僅かに動きが鈍くなっていた。
だからセノンは正面の魔獣を切り捨てて容易に包囲を突破する。
「…まずいカイオ!追ってきてる!」
魔獣の包囲を突破したセノンは、背後のカイオに速度を合わせて走りながら叫ぶ。
魔獣たちは一瞬炎に怯んでいたものの、すぐに走り出している。
今の炎で動けなくなったものはほとんどいない。
「もとより炎はただの目くらましです!それより、大きな川のほうへ走ってください!」
「川…!?」
カイオの意図を掴みかねながらも、カイオは耳を澄ませる。
走りながらでもすぐに水の流れる音を聞き分け、音のした方へ走る。
魔獣の群れに追われながら数分も走ると、大きな川が見えてきた。
遠目に見ても足が付かないほど深そうで、川幅もざっと見ても十メートル近くあり、流れはかなり速い。
泳いで渡るのはかなり骨が折れそうだが、これなら上手く渡れば背後の魔獣を撒けるかもしれない。
「…でもカイオ、装備つけたままじゃ上手く泳げない――」
「そのまま流れに乗ってください!沈まないことにだけ注意して!」
カイオの指示に、セノンはぎょっとして振り返る。
思わず躊躇し、飛び込もうとしていた足が止まりかける。
だが、追い越したカイオがセノンの手を握り引っ張った。
「ちょっ、カイオ!?」
「息を吸って!水面に頭を出すのは少し我慢してください!」
そのまま二人は川に飛び込み、派手に着水の水飛沫が上がる。
追いかけていた魔獣は水には飛び込まず、流れに沿って川沿いを走って追い縋ろうとした。
しかしやがて、地形な阻まれて追えなくなる。
その間一度も二人は浮上せず、もはや川のどの辺りにいるかも外からは分からない。
勢いよく川を流されて行き、あっという間に魔獣との距離が離れる。
こうして二人は、無事に魔獣から逃げきることに成功した。
周囲を囲むのは全て低級な狼猿型の魔獣だが、とにかくその数が尋常ではない。
優に三十匹は超えていた。
「カイオ駄目だ!まだ増える!」
既に二十匹近い数の魔獣を屠っていたが、セノンの言葉通り魔獣は一向にその数が減る気配を見せなかった。
殺しても殺しても、新たな魔獣が渓谷の奥から駆けてくる。
そもそも群れの規模が明らかにおかしい。
狼猿型魔獣は縄張り意識と攻撃性が非情に強く、本来あまり徒党を組まない。
基本的に兄弟や親子といった血縁でしか群れないため、その数は多くてもたいてい十数匹だ。
一個体は鬼人より素早く強くても、あまり討伐者たちから脅威として認識されていないのはそのためだ。
「全滅させるのは無理です、隙を見て引きましょう!」
カイオは飛び掛かってくる魔獣を洋剣で切り裂く。
だがその包囲は厚く、簡単には逃げられそうにない。
そもそも、普段から慎重で用意周到なカイオが居てこんな状況に追い込まれていること自体が異常だった。
(ああもう、失敗した!)
セノンは胸中で己の判断を悔いる。
もともと、今回の討伐目標は狼猿型魔獣の全滅ではない。
あくまで目標は、この異常規模の群れを率いる「長老型」の魔獣を見つけ出して討伐することだ。
滅多に現れないが、長い年月を生き延び力を蓄えた魔獣はこのような異常事態をまま引き起こす。
人間のみならず周辺の環境に及ぼす影響は計り知れない。
遡ること少し前、長老型が巣くうとされる渓谷に足を踏み入れたセノンとカイオは、注意深く探索を進めていた。
渓谷中を徘徊する多数の狼猿型魔獣を可能な限り避けて進み、気付かれた個体や邪魔な個体は仲間を呼ばれる前に確実に仕留めることで、群れ全体に自分たちの存在を気取らせずに長老型の探索を続けた。
ここまでは、セノンの聴覚とカイオの幻惑魔法を駆使すればさほど難しいことではなかった。
問題が起きたのは、かなり渓谷の奥深くに入り込んでからだ。
おそらくは同じ依頼を受けたであろう討伐者パーティが、大量の魔獣に囲まれていたのだ。
彼らは足を止めず逃げながら応戦していたが、逃げきれずすぐに全滅の憂き目に遭うのは傍から見ても明らかだった。
走りながらでは、ごく一部の例外を除き魔法を構築することもままならない。
そしてそれを見捨てられなかったセノンは、それまでの慎重さをかなぐり捨てて彼らを助けに入った。
ここまでは良かったが、問題はその後だ。
窮地に陥っていた討伐者パーティは最初こそセノンたちと共闘の姿勢を見せたが、セノンたちが多くの魔獣の注意を引き始めると一目散にセノンたちを置いて逃亡した。
結果、逃げた六人がかりでも捌ききれず命の危機に瀕した量の魔獣を、セノンたちはたった二人で相手取る羽目になった。
その結果が現状だ。
今はなんとかなっているが、その内物量に押し潰されてしまうのは目に見えている。
「セノン様、少しの間迎撃をお願いします!」
「…分かった!」
セノンの返事を聞いたカイオは、その場で足を止め魔法構築を開始した。
同時にセノンもまた自らの胸に手を当て、強化魔法の出力を跳ね上げた。
当然、その隙をつき何匹もの魔獣が二人に飛びかかる。
「遅い!」
しかしその全てを、猛烈な機動力を得たセノンが迎撃した。
その後も四方八方から魔獣が襲いかかるが、セノンは自分だけでなくカイオの身も危なげなく守る。
その圧倒的な戦闘力は明らかに体を酷使しており、どう見ても長時間は持たない。
しかしカイオは、セノンが反動に苦しむ前に魔法構築を完了してみせた。
「セノン様、屈んでください!」
カイオの指示に、セノンは反射的に従う。
その場にしゃがんだ瞬間、カイオが手を前に突き出す。
「吹き荒れろ!」
カイオが魔力を解放すると、広げた掌から前方に向けて炎が吹き出した。
カイオはそのまま、ぐるりとその場で一回転する。
炎はその動きに合わせて周囲に撒き散らされた。
包囲する魔獣たちは、激しく燃え上がる炎に一瞬怯む。
「今です!正面突破を!」
「了解!」
指示を受け、セノンは正面に向け駆け出した。上手く調節したのか、そこだけ炎が広がっていない。
その方向以外の魔獣は、炎に怯み僅かに動きが鈍くなっていた。
だからセノンは正面の魔獣を切り捨てて容易に包囲を突破する。
「…まずいカイオ!追ってきてる!」
魔獣の包囲を突破したセノンは、背後のカイオに速度を合わせて走りながら叫ぶ。
魔獣たちは一瞬炎に怯んでいたものの、すぐに走り出している。
今の炎で動けなくなったものはほとんどいない。
「もとより炎はただの目くらましです!それより、大きな川のほうへ走ってください!」
「川…!?」
カイオの意図を掴みかねながらも、カイオは耳を澄ませる。
走りながらでもすぐに水の流れる音を聞き分け、音のした方へ走る。
魔獣の群れに追われながら数分も走ると、大きな川が見えてきた。
遠目に見ても足が付かないほど深そうで、川幅もざっと見ても十メートル近くあり、流れはかなり速い。
泳いで渡るのはかなり骨が折れそうだが、これなら上手く渡れば背後の魔獣を撒けるかもしれない。
「…でもカイオ、装備つけたままじゃ上手く泳げない――」
「そのまま流れに乗ってください!沈まないことにだけ注意して!」
カイオの指示に、セノンはぎょっとして振り返る。
思わず躊躇し、飛び込もうとしていた足が止まりかける。
だが、追い越したカイオがセノンの手を握り引っ張った。
「ちょっ、カイオ!?」
「息を吸って!水面に頭を出すのは少し我慢してください!」
そのまま二人は川に飛び込み、派手に着水の水飛沫が上がる。
追いかけていた魔獣は水には飛び込まず、流れに沿って川沿いを走って追い縋ろうとした。
しかしやがて、地形な阻まれて追えなくなる。
その間一度も二人は浮上せず、もはや川のどの辺りにいるかも外からは分からない。
勢いよく川を流されて行き、あっという間に魔獣との距離が離れる。
こうして二人は、無事に魔獣から逃げきることに成功した。
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