悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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7章 少年とご褒美

1.お祝い

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 少し前のお話。 


「そういえば、そろそろセノン様の誕生日でしたか?」 
「えっ?」 


 街中を歩いていて、突如カイオにそんなことを言われた。 

 それを受けセノンが今日の日付を確認すると、確かに記憶にある日付の前日だった。 
 ここ一年足らずで生活が激変し、なおかつ普段は旅生活なためか、すっかり頭から抜け落ちていた。 


「…本当だ。まあ孤児院に拾われた日だから、正確な日にちじゃないんだけどね」 
「なにか、お祝いでもしますかね」 
「いや、別にいいよそんなの…」 

 
 カイオの言葉に、だがセノンは遠慮した。 
 孤児院にいたころはささやかにお祝いしていたが、流石に今の状況でそれを求めるつもりもなかった。 

 それに、カイオに一対一で祝われるというのも何となく気恥ずかしい。 


「では、何か欲しいものとかはないのですか?」 
「欲しいもの、ねぇ…」 


 突然そう言われても、特に思いつかない。 
 装備で困っていることもないし、何か娯楽や嗜好品が欲しいとも思ったことがない。 

 お祝い事につきものの豪勢な食事というのも頭に浮かんだが、正直普段の食事で十分満足していた。 
 孤児院に居たころに比べれば、ここ一年の日々の食事は随分と質が高く豪勢だ。 

 これ以上豪勢な食事と言われても想像がつかないし、ぴんとこなかった。 


「うーん…別にあんまり…」 
「では、私にして欲しいこととかでもいいですよ。何かひとつお願いに応える、とか」 
「カイオにして欲しいこと…?」 


 考えた瞬間、なぜか膝枕をされ耳掃除されているときの記憶が蘇った。 
 慌ててセノンは頭を振る。 

 そんなことは普段からしてもらえる…ではなく、別にそんなことはして欲しいことじゃない。 
 再度頭を振って、ちらついた考えが明確になる前に頭から追い払う。 


「何してるんですか?」 
「…なんでもない、大丈夫」 
「そうですか。まあまだ時間はありますし、今思いつかなくてもちょっと考えてみて下さい」 


 カイオはそう言って、話を終えた。 
 そこでふと、セノンは思ったことを問いかける。 


「…というか、カイオに僕の誕生日って教えてたっけ」 
「前にご自分で話されてましたよ。覚えてないんですか?」 
「そうだっけ…?」 


 首をひねりながらも、セノンはひとまず納得する。 
 そのまま、先を歩くカイオを追って駆け寄った。 


◆ 


(あ…そうだ) 


 ふとした拍子に、セノンはあることを思いついた。 
 昨日カイオから言われた、「お祝い」についてだ。 


 別にずっと考え込んでいたわけではなかったが、ふと思いついたのだ。 
 これは案外、叶ったら嬉しいかもしれない。 


(うーん…でも…) 


 思いついたのはいいが、少し思い悩む。 
 これをカイオにお願いするのは、ちょっと恥ずかしい。 

 恥を忍んでお願いするにしても、ちょっと伝え方を考えたほうがいいかも、と考えた。 


「セノン様!」 


 そこまで考えたところで、カイオの呼びかけで我に返った。 

 気が付くと、毒々しい色をした小さなトカゲが、足元に音もなく忍び寄っていた。 


「うわっ!?」 
「ピギッ!?」 


 気が付くと同時に飛び掛かってきたトカゲを、鞘に納めたままの剣で打ち払った。 
 とっさのことで剣を抜く余裕もなかったが、体が小さく力も弱いトカゲは、あっさりと跳ねのけられた。 

 地面に落ち仰向けに転がったそれを、素早く抜剣したカイオが刺し殺して息の根を止めた。 


「あぶな…」 
「ぼーっとしないで下さい。小さく力も弱いとはいえ、毒を持つ魔獣なのですから」 
「ご、ごめん…」 


 カイオの諫める声に、セノンはうなだれて謝る。 

 現在、魔獣を討伐するべく森の中に入り、結構な時間が経っていた。 
 近隣に大物の魔獣がいなかったので小型魔獣を適当に狩っていて、今はある程度の群れを退けて二人で息を整えているところだった。 

 何種類かの魔獣をかわるがわる相手取っていたが、いまセノンが不覚を取りかけたのは二十センチメートルほどの小さなトカゲだ。 
 力は弱いがすばしっこく音を立てずに動き、鋭い牙には毒を持っている。 

 毒自体も体がいくらか痺れたり少し気分が悪くなる程度のもので、解毒剤も持っている今の状態なら一匹に噛まれた程度で命に関わることはない。 

 だが魔獣が多数徘徊する場所で気もそぞろになっていたのは、致命的なミスだ。 


「本当にごめん…ちょっと、気を引き締めます…」 
「そうして下さい。ちなみに、なにを考えてうわの空になっていたのですか?ひょっとして、さっき話していたお祝いごとの件ですか?」 


 その追及に、セノンは激しく動揺した。 
 図星をつかれ、とっさに目を泳がせる。 

 だが、すぐに誤魔化しきれないと観念した。 


「はい…ごめんなさい…浮かれてヘマするとか、最悪だよね…」 
「怪我もなかったですし、反省していただければまあいいです」 


 素直に謝ったのが功を奏したのか、あっさりと許して貰えた。 
 セノンはほっと一安心する。 


「それで、なにを思いついたのですか?その様子ですと、なにか思いついたんでしょう?」 


 しかし容赦のないカイオの追及に、再びセノンは焦る。 


「えっと…」 
「遠慮せずに言って下さい。今の件で下手に自粛されると、かえって困ります」 


 ひとまずこの場は誤魔化そうかとも考えたが、カイオにそう言われ、ちょっと考えてやめた。 

 ただでさえミスをして、印象は悪いのだ。 
 それならもう、多少恥ずかしくても正直にお願いしたほうが良い気がした。 


「わかった…えっと、実は…」 


 訳もなく緊張しつつ、要望を口にする。 


「その……キ…」 
「はい?キ?」


 聞き返されたので、もう一度はっきり答える。 


「……ケーキってのが、食べてみたいなって…」 
「…」 


 セノンの答えに、カイオは拍子抜けしたかのように一瞬鼻白んだ。 
 だが冷静に考えると、案外妥当どころか、実際には少々高望みな要望だ。 

 ケーキ。まだまだ希少で高価な砂糖をふんだんに使った、とても高価なお菓子だ。 
 貴族や一部の有力者が食べるものであり、庶民やセノンたちのような討伐者が食べるようなものでは決してない。 

 そういえば振り返ってみると、セノンは普段から果物や甘い口当たりのパンなども比較的好んでいた。

 カイオはあまり甘いものを食べないので普段は食べる機会もなかったが、セノンは許されるならそういうものも食べてみたかったのだろう。 

 セノンの中には「甘いものは女性や子供が好むもの」という意識があってためらっていたようだが、まあ悪くはない要望だ。 


「…まあいいでしょう。明日は少し大きな町に行く予定でしたし、明日の食後にでも食べれるところを探しましょう」 
「え、本当にいいの?お願いしてなんだけど、高いでしょあれ」 


 カイオの言葉に、セノンは顔を輝かせる。 


「たまにですし、まあ大丈夫でしょう。何はともあれ、まずは今日の討伐をしっかり終えてからです」 
「分かった!」 


 一転して張り切るセノンのおかげで、その後の討伐は非情にスムーズに終わった。 


◆ 


「ではセノン様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう…でもこれ、なんと言うか…すごいね…」 


 そして翌日。 

 セノンとカイオの目の前には、かなり大きなサイズのケーキが鎮座していた。 


「これ、食べていいんだよね…?」 
「どうぞ」 


 目の前のケーキは、貴族向けの専門店で買ってきて宿泊する宿に持ち込んでいた。 

 貴族向けの高級店では討伐者の格好をしていたカイオは少々浮いていたが、そこは持ち前の美貌と金の力で黙らせた。 


「じゃ、じゃあいただきます…」 


 セノンがケーキを口に運ぶと、すぐにその味に目を輝かせた。 
 今まで食べたことのない甘味に、興奮した様子でセノンに話しかける。


「カイオすごいよ、甘くておいしい!カイオも食べなよ!」 
「まあせっかくですし、少しいただきますかね」 


 カイオも食べてみるが、流石にセノンのような反応は見せなかった。 


「…確かに味は良いですね。ただ私はそんなに食べなくていいです。あとはセノン様で食べて下さい」 
「いいの?ありがとうカイオ!」 


 セノンはそのまま、思う存分ケーキを食べ始めた。 

 高級菓子店の中でもトップクラスに高級な品だけあってかなりの金額がかかったが、珍しく年相応の少年らしくはしゃぐセノンに、カイオは口元を緩めた。 

 だが、甘いものについて知識の乏しいカイオが「美味しいものは腹いっぱい食べたほうがいいだろう」と気を利かせた結果、流石のセノンも最後は少々甘さに飽きて辟易する結果となった。 

 結局カイオと分け合いつつ完食し、セノンはその後しばらくは甘いものを控えることとなった。 


 しかしケーキの味自体は大層気に入った。
 その後もたまにケーキが売られているのを見つけると、カイオにお願いをして小さなケーキを購入することが、セノンにとってのたまのご褒美となった。 
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