悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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2話 鬼と色

9.過ち・再び

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(うーん…) 


 思わず、カイオの体を自分の時同様じろじろ眺めてしまう。 


 先程カイオが大きく寝がえりを打ったため、毛布は剥げて腰のあたりまで露わになっている。
 無意識に胸の膨らみや、少し見えているお腹に目がいってしまう。 

 そして今気づいたが、カイオはいつものローブ型の寝間着を着ていなかった。
 さらしは取り去っているが、上は普段も着ているような長袖シャツを身に着けている。

 下に至ってはショートパンツ型の下着しか穿いておらず、カイオが身じろぎをする度に真っ白で綺麗な素足が覗く。 


(あー…暑そうだな…) 


 毛布を掛け直して見えないようにしてあげるのが正しいと分かっている筈なのに、セノンはそんなことを考えて実行出来ずにいた。
 どうしても、目が離せない。 

 カイオの体をゆっくり見る機会も、寝顔と同様に今までなかった。

 こちらは主にカイオの視線が気になったせいだが、寝ている今なら見放題だ…そこまで無意識に考えたところで、セノンは頭を抱えた。 


(なんだ!?なんか今日おかしいぞ僕!?) 


 なぜか分からないが、さっきから思考が恥ずかしい方向に傾きがちな気がする。
 なんとなく、今日寝てしまう前に何かあって体がうずくような気もするが、よく思い出せない。 

 必死に何があったのか思い返そうとするが、記憶は曖昧だ。 


 女性に声を掛けられて、お店に連れ込まれて、お喋りをして、たしか間違ってお酒を飲んで、帰り道にカイオと何か話して…その程度は思い出せるが、ところどころ記憶がないし自分の身に何があったのか確信が持てない。 


(まさか…やっぱり寝てる間にカイオと関係をもっちゃってて、それを体が覚えてるから、こんな風になってるとかなんじゃ…) 


 自分の考えに戦慄しながら、再びカイオの寝顔を見る。

 やはりその表情は妙に色っぽく、覗く白い肌は僅かに赤らみ艶めかしい。
 胸の膨らみもふわふわと柔らかそうで、思わず触れてみたくなる。 

 今日女性に声を掛けられお喋りしていた時も、そのきわどい肌の露出にドキドキした覚えがある。
 だが、それと今の感覚はまるで異なっている。

 あのときは感情の大部分が「緊張」であまり欲情している余裕もなかったが、今のこれははっきりと「興奮」だ。

 今日一日衝撃的なことが多すぎて、感情がおかしくなってしまったのかもしれないとセノンは思った。 


(そうだ、カイオがこんな風に見えちゃうのは、きっと頭がおかしくなっちゃったからだ!きっとお酒のせい!気の迷いだ!) 


 そう自分に言い聞かせるが、やはりカイオの体から目が離せない。

 このままだと、衝動的に何かとんでもないことをしてしまいそうだ。
 そして、それをどこかで望んでいる自分がいる。

 なにか、ストップをかけてもらえるきっかけが欲しい。
 迷惑でも、無理やりカイオを起こしてしまうべきだろうか。 


(あ、そうだ…ちょっとカイオに触れてみれば、その感触に覚えがあるかどうかで判断できるかも…いやいや、馬鹿か…何考えてるんだ…) 


 ほとんどトチ狂ってそんなことを考えてしまう。

 もはや身の潔白を証明したいのか、湧いてくる衝動に従いたいのか、誰かに言い訳したいのか、自分でも分からなくなっていた。 

 そしてその触れたいという衝動を、どうしても頭から追い出すことが出来ない。 


(うう…) 


 そろそろと、カイオの体に手を伸ばす。
 欲望のまま膨らみに手が伸びかけて…やはり勇気が出ず、手を引っ込めてしまう。 

 さんざん葛藤し迷った挙句、諦めて素肌の見えるお腹の、へそのあたりに指先で軽く触れた。 

 尻込みと妥協の上で触れた部位だったが、それでもセノンには充分に衝撃的な接触だった。


(やわらか…) 


 指先に伝わる感触に、何とも言えない感情が沸きあがってくる。

 一度指を離すと、指先が燃えているかのように熱い。
 カイオはまだ目を覚ます様子はなかった。 

 衝動的に再度手を伸ばし、今度は掌全体でお腹に触れる。
 掌全体に吸い付く肌の感触に、思わず掌全体で撫でてしまう。

 柔らかな肌の下に十分な腹筋が付いているせいか、僅かに力を込めると返ってくる感触が心地いい。 


「んっ…」 
「!!」 


 カイオから漏れた声に驚き、セノンは素早く手を放し硬直する。
 心臓が破裂しそうなほど早鐘を打っている。 

 しかし、カイオは軽く身じろぎしただけで目を覚まさなかった。
 起きて止めてくれなかったことが残念なような、ほっとしたような、複雑な感情にセノンは支配される。 

 しばらく待っても起きてこないことを感じ取り、セノンは再度手を伸ばす。
 もう一度触りたい、という気持ちが抑えきれず、その衝動のままにカイオの素肌に再度指先で触れた。 


(やばい…) 


 これ以上やると気持ちの高ぶりが抑えきれなくなりそうで、指先で触れたままぐっと堪える。

 だが治まらない。
 もっと柔らかいところにたくさん触れて、もっと肌を見たいと考えてしまう。 


(いやいや…ダメだ…) 


 目的が変わっていることに気付き、名残惜しくも手を引っ込める。

 しかし、やはりもやもやとした気持ちが残る。
 この機会を逃すと、もう二度とこんなチャンスはないかもしれない。 


(ちょっと見るくらいなら…) 


 へそのあたりから目を離せなくなり、諦め悪くもゆっくり腕を伸ばす。
 服を摘まもうかと考え、指を伸ばしたところで不意に視線を感じた。 

 はっとして顔を上げると、カイオが目を覚まし、いつもの薄い笑みを浮かべながらセノンのことを見ていた。 


「…っ!!?」 


 思わず思いきり仰け反り離れようとするが、いまだにカイオの手ががっちりとセノンの腕を掴んでいるため出来ない。少し距離が離れただけに留まった。


「いいい、いつから起きて…!?」 
「…たった今ですよ。ふと目を覚ましたら、何やら熱い視線を感じまして」 


 カイオは身を起こし、愉快そうにセノンの問いかけに答える。 


「起きてみたらセノン様の手がこちらに伸びてきていたので、面白いなぁと眺めていました」
「い、いや、これは」 
「なんですか?…触りたいんですか?私の体に自分から触れたがるなんて、初めてですかね」 


 カイオのからかうような声音に、セノンは死にたくなる程に恥ずかしくなった。
 最悪だ。

 しかしどうも、寝ている間に触れてしまったことは気付かれていないらしい。 


「っち、違うよ!」 
「じゃあ見たいんですか?」 
「…だから違うって!」 
「ではなぜあんなことを?」 
「いや、それは、服が乱れてたから直そうとして…っていうか、なんでそんな恰好してるんだよ!」 


 セノンは誤魔化すように、カイオの格好を指摘する。
 カイオは何でもないことのように、片膝を立てて足を晒して見せた。 


「ああ、これですか。セノン様を連れ帰ってからお酒を嗜んだところ、ちょっと着替えがめんどくさくなりまして。そのまま寝てしまいました」 
「そっそうだよ!なんか今日お酒くさいし!カイオ酔っぱらってるんだろ!」 
「私がこの程度で酔うわけがないじゃないですか」 


 カイオは意地悪く、くすくすと笑って見せる。

 確かにおかしな言動などはなく、気持ち饒舌に感じる程度だ。
 ただそれも、セノンをからかうときと正直大差ない。 


「むしろ、酔ったのはセノン様の方でしょう。つぶれているのを見つけて、ここまで運ぶのに苦労したんですよ?」 
「そ、それは…」 


 切り返された言葉に、反論出来ない。
 セノンが迷惑をかけたのは事実だ。 
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