悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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9話 泉と暴力

12.暗雲

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 その後セノンは少しずつ食事をとるようになり、体調も回復に向かい始めた。

 ただ眠っている時間は相変わらず長く、身の回りの世話をするカイオともあれ以来あまり長い会話はしていない。

 起きているときは、ぼんやりと思案にふけっていることが多かった。
 カイオに感情を吐き出したことで多少はすっきりしたのか、その表情に以前ほどの影はない。 

 そして、町に腰を据えてから五日が過ぎた。 


「…だいぶ、良くなりましたね」 


 セノンの額から手を放しながら、カイオが安心したように呟く。

 熱はほぼなくなり、食欲もある程度戻ってきていた。
 まだ本調子ではないが、顔色もだいぶ良い。体もついさっき清めたのでさっぱりしている。 


「明日あたり、少し外を歩いてみましょうか」 
「…うん」 


 大人しくカイオに身を任せていたセノンは、その言葉に素直に頷く。
 寝てばかりの生活で鈍った体を、動かす必要があった。 


「なんなら、今晩あたりから一緒のベッドで寝ても良さそうですね」 
「それ、なんの意味があるのさ…」 


 カイオのからかうような声音に、セノンは小さくこぼす。

 そういえばこの五日間、看病を受ける以外ではカイオからの無遠慮な接触は少なかった。例外は三日前の抱擁くらいか。 

 あの時のことを思い返すとちょっと恥ずかしくなるが、あれですっきりしたのも事実だ。


「まあ、ずっと寝たきりで持て余したセノン様と寝床を共にするのは少々身の危険を感じますが、セノン様が望まれるなら致し方ありませんね」 
「そんなこと望んでないってば…」 


 続く言葉に、セノンは呆れた声を出す。
 こんなやり取りも久しぶりにする気がする。 

 少しでも空気を和ませようとしてくれているのだろうか、とセノンは思った。
 だとしたらやり方がちょっと斜め上な気もしないでもなかったが。


「ん…?」 


 そこでふと、セノンは外が騒がしいことに気が付いた。
 まだ昼過ぎで通りの人通りは多いが、それにしても騒がしい気がする。

 少し遅れて、カイオもそのことに気づく。 


「なんでしょうか?見てきますので、ちょっと待っていて下さい」 


 カイオはそう言い残すと、外に出て話を聞きにいった。
 セノンは大人しくカイオを待つ。 


 数分後に、カイオは戻ってきた。
 聞こえてくるその足音からは焦りが感じられ、セノンは不安を覚える。 


「セノン様、鳥獣型の大型魔獣が町に近づいているそうです。私は、迎撃のために出ます」 
「鳥獣型…」


 部屋に飛び込んできたカイオは、若干緊張した面持ちで開口一番にそう告げた。 

 よりにもよって、高い飛行能力を持つであろう鳥獣型。
 遠距離攻撃手段が乏しいセノンとカイオにとってはてこずる相手で、今まであまり積極的に討伐をしてこなかった種類だ。 


「それなら、僕も…」 


 行く、と言いかけて、しかしセノンはためらった。
 まだ体は本調子ではないし、復調後の身の振り方もはっきりと決めていなかった。

 悩んで中途半端な気持ちのまま魔獣と相対するのは、あまりいいことではない。 


「大丈夫です。町には他の討伐者もいますし、問題ないでしょう。ただ万が一の時にすぐ出れるよう、着替えて荷物をまとめておいて頂けると助かります」 


 セノンの心情を察し、カイオはそう指示を出す。

 今すぐ町から離れる選択肢もないわけではない。
 だがセノンに無理をさせて町から出るのは得策ではないし、セノンの他者への思いやりにも配慮したのだろう。 


「カイオ、気を付けて…!」 
「ええ。さっさと片付けてすぐに戻ってきます」 


 カイオは素早く装備を整え終えると、宿から再び飛び出していった。
 セノンはまず、カイオに言われた通り着替えと荷物のまとめを済ませる。

 そして久しぶりに動かしたせいで少し重い体を引きずり、急いで窓際に寄る。 


 窓から空を見ると、離れた場所に確かに一体の黒い影が見えた。

 影は次第に大きくなり、一度セノンの頭上を通り過ぎると町の上空を旋回し始める。
 鳥の頭と翼、獣の体と手足を持つ魔獣だ。 


(思った以上に、大きい…!) 

 

 空に比較するものがないため分かりにくいが、その大きさは地上の魔獣と比べても十分大きいように思える。

 やがて空中を旋回し続ける魔獣に矢や魔法が撃ち込まれ始めるが、魔獣は素早く身を翻してそれらを避ける。
 風の魔法で動きを補助しているような身のこなしだ。 


 その後も散発的な攻撃は当たらず、魔獣は魔法の出所に向かって急降下を仕掛けた。
 魔獣の姿がセノンの居る位置からは見えなくなるが、代わりに討伐者や住民の怒号や恐怖の悲鳴が聞こえてくる。

 目の当たりにした阿鼻叫喚の悲鳴に、セノンは体を強張らせる。
 人の悲鳴は普段は耳にすることが少なく、未だにどうしても怯んでしまう。 
 同時に、森での記憶も僅かに刺激される。

 そしてすぐに魔獣が上昇し、また姿が見えるようになる。
 あくまで地上戦は行わず、空から一撃離脱を繰り返すつもりらしい。 


「カイオ…!」 


 魔獣のその厄介さに対し、セノンは従者の身の心配をする。

 先ほどからたまにカイオのものらしき火球が撃ち上がるのが見えるが、やはり魔獣には当たっていない。
 そしてその火球の出所にも、魔獣は急降下を仕掛ける。

 その光景に、セノンは異様なまでの焦燥を覚える。
 魔獣の姿が見えなくなるたびに、カイオが窮地に晒されているのかもしれないのだ。 


「…くそっ!」 


 セノンはまとめてベッドの上に並べていた装備を手にとり、ふらつきながらも宿から飛び出した。 
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