悩める勇者と偽り従者

無糖黒

文字の大きさ
66 / 103
9話 泉と暴力

13.決意

しおりを挟む
「思った以上に厄介な魔獣ですね…!」 


 カイオは町中を駆けまわりながら呟く。
 空を旋回する魔獣は体長三メートル、翼を広げた大きさは五メートル近い。

 長距離を飛行でき、なおかつ一体で多人数を殺傷できるような魔獣は個体数が少なく、滅多に見られない。
 だがこの個体は間違いなくそれに該当する。 

 しかも最も厄介なのは、魔力に非常に敏感なことだ。
 さっきから魔法を素早く躱す上に、魔法を放った術師を的確に索敵し襲撃してくる。

 すでに何人もの術師が嘴や爪の餌食になっていた。
 カイオも何度か狙われ、辛くも避けている。 

 今のところは吹き飛ばされたり爪で裂かれた人間はそのまま放置され、魔獣に喰われたものはいない。
 抵抗するものをすべて黙らせてから、ゆっくり喰うつもりのようだ。 


 やがて町にいた討伐者たちは陣形を組み、術師を前衛が囲みガードするようになっていた。
 それでも魔獣は空中から強力な突撃を仕掛け、前衛ごと、あるいは術師だけを狙って吹き飛ばしている。

 カイオは一人のため、動き回りながら隙を見て仕掛けるしかない。
 だが、動きの素早い魔獣には一向に当てられる気配がない。
 幻惑魔法も範囲外だ。 


「魔法構築して待ち構えても近づいて来ない…術師に近づくのは魔法を放った直後か構築し始めた瞬間ばかり…他の術師に襲い掛かる瞬間を狙うか…?しかしタイミングも合わないし誰を狙うかも予測がつけにくい…」 


 魔獣に狙われないよう建物の陰に身を隠しつつ、カイオは考えを呟く。
 だがいまいち有効な手段は出てこない。

 おそらく最適なのは、避け切れないほどの数の矢や魔法を撃ち込むことだ。
 見る限りそこまで頑丈な魔物ではなく、ある程度の魔法なら二発、三発ほど直撃させれば撃ち落とすことができるだろう。 

 だが、この町には致命的なまでに術師も弓使いも少ない。
 せめてセノンが戦えればもう少し出来ることもあったのだが、言ってもしょうがない。 


「…この町は、もう駄目ですかね…?」 


 ぼそりと、カイオの口から言葉が漏れる。
 他の町から応援でも呼ばない限り、あの魔獣を仕留めることは叶わないだろうと判断しかけていた。

 幸い魔獣は一体だけのため、町は多少破壊され人も幾らか食い殺されるだろうが、壊滅とまではいかないだろう。
 もっともそれに付き合う義理もないので、セノンを連れて早々に町を脱出するのがカイオにとっては望ましい。 

 セノンは渋るだろうから、説得するための言葉は考えておかねばならないだろう。


「適当に見切りをつけて、一度戻りますかね…」 
「カイオ!」 


 カイオがほぼ考えをまとめたところで、予想だにしなかった声が掛かる。
 声の方を振り向くと、セノンが装備を身に着け、カイオのいる場所へと走り寄って来ていた。 


「セノン様!どうしてここへ…!」 
「魔獣がかなり厄介そうだったから、カイオが心配になって…無事でよかった…」 


 息をやや切らしながら、セノンが答える。 


「無理されないでください。ずっと、寝たきりだったのですから」 
「大丈夫だよ。ここに来る途中でだいたい体の調子は分かった。完璧ではないけど、十分動ける。僕も一緒にあの魔獣と戦うよ」 
「それなのですが…実は、現状ではあの魔獣を倒せる見立てがありません」 


 カイオはそのまま、魔獣の特徴と問題点を説明する。

 セノンが来たおかげでカイオは戦いやすくなるが、魔法が当てられなければ仕留められないのは同じだ。
 セノンの能力では、魔獣に攻撃するどころか、注意を引いて引き付けることすら出来ないだろう。 


「ですので、私たちがここで出来ることはありません。気が引けますが、安全を確保するために急いで町を出ましょう」 
「……駄目だよ、カイオ。…町の人たちを放って、逃げ出すなんて…そんなのは…正しく、ない」 


 カイオの言葉にセノンはしばし迷い、言葉にするのをためらいつつも…はっきりと、そう口にした。 


「しかしセノン様、それは…」 
「ねえカイオ。僕、あれから考えたんだ。僕は人を殺した悪い人間で、勇者なんて呼ばれるのには、ふさわしくない」 


 カイオの説得を遮って放たれた言葉に対し、カイオは眉をひそめた。

 このタイミングで何を言うのかと、セノンに胡乱気な視線を向け、口を開こうとした。
 だがカイオが、それは違うと否定の言葉を口にするより先に、セノンの視線がカイオの視線と交わった。


「でもだからって、正しいことをしなくていいだなんて、そんな訳じゃないんだ」


 セノンが僅かに伏せていた視線を上げると、その目には強い光が宿っていた。
 その様子に、口を開きかけていたカイオは、セノンの言葉を邪魔するのをやめた。


「正直、ついさっきまで迷ってたんだ。僕の考えてることは偽善とかエゴなんじゃないかって」


 セノンはたどたどしく、しかし懸命に言葉を続ける。 


「でもさっき、町の人たちが襲われている声を聴いて、居ても立っても居られなくなったんだ。僕はやっぱり、偽善でも何でも、自分の力を使って困ってる人や助けを求めてる人たちを救いたい」 
「セノン様…」 


 自らの願いを口にし、セノンは完全に顔を上げ、前を向く。
 自信を喪失し、弱音を吐き、自らの在り方を迷った後に、一つの決意を固めた。 


「だからカイオ、僕は戦うよ。魔獣に襲われて理不尽な目に合う人を、一人でも多く助けるために。…それが力を与えられた、僕の使命だと思うから」 


 セノンの言葉をカイオは静かに聞いていた。
 だがやがて、いつもとは違う、柔らかな表情で微笑んだ。 


「強くて、高潔で、美しい意志です。とても素敵な男性になられましたね、セノン様」 
「…そ、そうかな」 


 その見たことのない表情と思いがけない褒められ方に、セノンは思わず顔を赤くしてドギマギした。

 誤魔化すように、魔獣のいるであろう方向を見やる。
 カイオと話していた間にも魔獣はあちこち飛び回り、何度も討伐者の悲鳴が聞こえてきていた。 


「とっ、とりあえず、魔獣の方へ行こう」 
「ですが、あの魔獣を倒すのは…」 
「それなんだけど、僕にちょっと考えがあるんだ」 


 カイオが引き止めるのに対し、セノンは自分の考えを説明し始める。
 しかしその説明を聞き、カイオは眉根を寄せた。 


「…あまり良い作戦だとは思えません。正直、反対です」 
「でも、やってみる価値はあるよ。そのためにも、カイオには僕に幻惑魔法をかけて欲しいんだ」 
「承服しかねます。…それは、ご命令ですか?」 
「違う。これは僕からの、お願いだ」 


 カイオの問いかけを、セノンはきっぱりと否定する。 


「…いいのですか?私は正直納得出来ていません。そのままセノン様を眠らせて、町から連れ出すかもしれませんよ」 
「カイオはそんなことしない。僕は、カイオを信頼してる」 


 迷わず言い切ったセノンに対して、カイオは溜息をついた。 


「…かしこまりました」 
「お願い」 


 そしてカイオは、幻惑魔法の構築を始める。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...