悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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9話 泉と暴力

14.混戦

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 町に住み着いていたとある討伐者たちの一団が、なんとか空を飛び回る鳥獣型魔獣を撃ち落とそうと躍起になっていた。

 術師が最短で構築した火の矢を繰り返し放つが、ことごとく躱される。
 連続で放てる数も連射の速さも、まるで足りていない。 


「畜生っ…速すぎる!」 


 彼らはこの町に長期間滞在していた討伐者パーティだった。
 はっきり言って、実力はたいしたことがない。 

 彼らは討伐者が多い他の町では競争に負け、生計が立てられず、食うに困りこの町に移ってきた者ばかりだった。

 討伐者が少ないこの町でなら、なんとか食べていくことができた
 だからこの町が魔獣に滅ぼされたり大打撃を負わされるのは、看過出来なかった。 


「おい!早く仕留めろよ!」 
「急がないとこっちに来るぞ!」 
「出来たらやってる!剣を振り回すしか能がないくせに、デカい口きくな!!」 
「なんだと!?」 


 焦燥と恐怖に苛立ちながら、互いを罵りあう。

 術師を囲む三人はみな前衛で、術師を守れるように警戒していた。
 全員多少の強化魔法も使え、盾にはなるかもしれないが、攻撃の役には立たない。 

 ここまではなんとか魔獣に狙われることなくこれていたが、あちこちに散会していた他の討伐者グループはかなりの数が魔獣に蹴散らされている。

 そして少し離れた場所の術師と前衛がまとめて魔獣の突進で吹き飛ばされると、いつの間にか近くには他に立っている討伐者の姿がなくなっている。 


「やばい、そろそろ移動するぞ!このままだと次は俺らが狙われ…」 
「ちょっと待て、魔法構築の途中なんだ!暴発しないよう、いま構築解除するから…」 
「そんなこともさっさと出来ないから、お前はいつまでも三流なんだ!」 
「この…!」 
「おい、来るぞ!?」 


 罵り合いの最中に、一人が悲鳴を上げる。
 空中で身を翻した魔獣の視線が、明らかに彼らを捉えていた。

 構築解除の隙を察知し、そのまま一瞬で突っ込んでくる。 


「クソがっ、迎え撃ってやる!」 


 前衛の男は身構えて剣を構え、迎撃を試みる。

 だが魔獣は一度大きく羽ばたき、風魔法も併用し加速すると猛烈な勢いで突っ込んだ。
 魔法で風圧を纏う巨体の直撃を食らい、身構えていた男を除く、残り二人の前衛が大きく吹き飛ばされる。 


「…は?」 


 あっさりと仲間二人が吹き飛ばされ、身構えていた男は唖然とする。

 強化魔法で反射神経も強化していたのに、剣を振り下ろすどころか、その動きを目で追うことすら出来ていなかった。
 一歩も動けなかった男が吹き飛ばされなかったのは、単純に魔獣に狙われなかったからに過ぎない。 


「ばっ馬鹿じゃねーの!?こんなの倒せるかよ!!」 
「お、おい待て…!」 


 力量の差を思い知った男は剣を取り落し、慌ててその場から逃げ出す。
 術師もそれに合わせて逃げようとしたが、無理やり魔法構築を急速解除したため体がついていかない。

 足をもつれさせその場に伏せてしまい、あっという間に男に置いていかれた。 


「あっ…」 


 術師が咄嗟に顔を上げると、魔獣が再び術師に向かって迫ってきていた。

 邪魔な壁がいなくなったため、今度は確実に引き裂こうとスピードを調整し確実に術師を狙っている。
 さっきの下手糞な構築解除で魔力を浪費しためにもはや魔法は撃てず、迎撃を狙うことも叶わない。 

 これは死んだ、と男が絶望した瞬間、魔獣の横合いから火球が打ち込まれた。 


「な…?」 


 だが魔獣は器用に身を翻して火球を避ける。
 そしてそのまま火球の出所…建物の屋根の上に立つカイオに向かって、突撃を仕掛ける。

 明らかに、より強力な魔法を使用したカイオを優先した。
 カイオはその場から動かず、一瞬にして魔獣が接近する。 


「危な…!?」 


 だが魔獣の爪がカイオに届く前に、建物の影から剣を握りしめた少年…セノンが猛烈な速度で飛び出した。
 そのスピードは魔法で補助された魔獣の飛行速度よりも早く、魔獣に身を躱す隙すら与えない。 

 勢いよく剣が振るわれ、魔獣の体が切り裂かれた。 


「ギエエエェ!!」 
「駄目だ、浅い!…っと!?」 


 反射的に身を翻し距離を取る魔獣に対し、セノンは追撃を仕掛けようとする。

 だが直前にあまりのスピードで飛び出していたため、咄嗟に勢いを殺しきれない。
 つんのめって転びそうになったところを、なんとか踏みとどまる。

 襲われかけた術師は、その隙に慌てて逃げて行った。 


(首を落とせなかった…!) 


 思わずセノンは舌打ちをする。
 この一撃で仕留めることを狙っていたが、失敗し魔獣の前足一本を深く切り裂くことしかできなかった。 

 驚くべきことに、超スピードで飛び込んできたセノンに魔獣が反応したのだ。
 セノンの肉体に込められた、強化魔法の魔力を察知したらしい。

 だが基本的に単調な軌道でしか飛ばない魔法と違い、セノンは自ら魔獣を追い、狙うことができる。
 いくら魔力に敏感な魔獣とはいえ、簡単に逃れることは出来ない。 


 開いた距離を埋めるべくセノンが足に再度力を込めたところで、その耳が近づく複数の足音を捉える。

 聞こえてきた方へ咄嗟にセノンが視線を向けると、五人の討伐者が魔獣へ近づいてきていた。
 見たところ、五人中三人が術師のようだ。 


「いたぞ!一斉射で撃ち落とせ!!」 


 リーダーらしい男の指示に従い、三人が一斉に最速で魔法を構築する。
 だがその隙を逃さず魔獣が飛び上がり、その討伐者たちに突撃を仕掛けた。 


「撃て!」 


 だが、術師たちの構築の方が早かったらしい。
 リーダーの男の掛け声に合わせて三つの魔法が魔獣に向けて放たれる…はずが、なぜか一つ、風の刃が放たれただけだった。

 距離もあったため、広範囲へのカバーもされていないその攻撃を、魔獣は余裕をもって躱す。 


「え…!?」 


 先頭で魔法を放った術師…見るからに駆け出し術師である少女が、驚愕とともに背後を振り返る。 

 後ろで一緒に魔法を放ってくれるはずだった二人の男性術師は、あっさりと魔法構築をキャンセルし、仲間の男二人と共に建物の影に身を隠していた。

 この少女だけは、この魔獣を仕留めるべくついさっき四人組から声を掛けられ、緊急でパーティに加わっていた。 


「わりぃな、嬢ちゃん!確実に仕留められるよう、囮になってくれ!たぶん死にはしねぇだろ!」 
「…!?」 
「襲い掛かった瞬間を狙え!獲物仕留める瞬間が狙い目だ!」 


 リーダーの男性が弓を構えながらそんな指示を飛ばし、男性術師二人が再度魔法構築を開始する。 

 少女術師が威圧感を感じ視線を戻すと、魔獣が勢いよく突っ込んできており、眼前まで迫っていた。
 駆けだし術師である少女では、魔法を放った直後に素早く身を躱すことなどできはしない。 

 少女術師は思わずその場で身をすくませ固く目を瞑ったが、なぜか魔獣の爪は少女術師を捉えられず空を切った。
 獲物を捉え損ねた魔獣はそのまま身を翻し、上空へと身を躍らせる。 


 いつの間にか後方から魔獣を追い抜いたセノンが、間一髪少女術師に飛びつき救出していた。 

 予想外の出来事に、男たちは魔法も弓も放つのを忘れ呆然とする。
 獲物を仕留められなかった魔獣には決定的な隙もなかったが、それよりとにかくセノンの動きに男たちは度肝を抜かれていた。 


「な、なんだ今のガキの動き…!?人間の動きじゃ――ぎゃっ!?」 


 セノンの動きに驚いていたリーダー格の男だったが、突如顔面に木材の直撃を食らい後ろに倒れ込んだ。

 助けた少女術師を抱き抱えたまま、セノンが損壊家屋の破片を男に向けて投げつけていた。 


「…他の人を自分勝手に利用しないと倒せないんだったら、出てくるな!!目障りだ!!」 


 怒りに表情を歪めたまま、セノンが語気荒く吐き捨てる。
 男は鼻を抑えて痛みにのたうち回る。 


「痛ぇ…!?は、鼻が折れた…!」 
「死にはしないだろ!!」 


 吐き捨てると、セノンは少女術師を地面に下ろす。 


「あ、ありがとう…」 
「こいつらから、離れておいたほうがいいですよ。僕はもう行きますんで」 


 セノンは少女術師にそう告げると、手近な建物の壁に手をかけた。
 体を勢いよく引き上げると同時に地面を蹴ると、それだけで何メートルも跳躍する。 

 何度か壁を蹴りつけると、あっという間に建物の上に辿り着いた。
 そのまま屋根の上を異様な速度で走り、屋根から屋根へ勢いよく跳躍し、飛び去った魔獣を追いかけていった。 


「何だありゃ…!?強化魔法なんてレベルじゃないぞ…!」 
「本当に人間か…!?なにもんだ…!?」 
「……いまの子、希望の勇者…?」 


 セノンの動きを見ていた男たちは呆然と呟く。
 一方で少女術師は、自分を助けた少年の体の異常な熱さを思い出しながら、その正体を口にした。 
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