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9話 泉と暴力
16.心臓
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カイオはそのまま、飛来する魔獣を正面から待ち受ける。
当然魔獣はあっさりとカイオに肉薄した。
それでもカイオはその場から動かず、ついに魔獣の嘴と爪がその体を捉えた。
嘴が肩口を噛み砕き、鋭い爪が胸に突き立てられる。
「ぐっ…!」
「カイオっ!!?」
セノンは怒りと恐怖、焦燥のあまり全身の痛みを忘れ、カイオの元へ飛び出す。
だが傷み切った体は先ほどまでの速度を出せない。
セノンが辿り着く前に、カイオの体を捉えたままその場から飛び立とうと、魔獣は翼を羽ばたかせる。
しかし魔獣の目論見は外れ、体は地面から離れない。
いつの間にか、カイオは自身の体に鎖を巻き付け、建物と繋ぎ固定していた。
「逃がしません、よ…!」
カイオは口から血を吐きつつ洋剣を抜剣し、魔獣の体に突き刺すと魔獣を逃さぬように全身を使って掴みかかった。
魔獣は暴れて逃れようとするが、叶わない。
さらに隠して構築していた幻惑魔法を、至近距離で焦る魔獣に見舞った。
「カイオを、放せぇっ!!」
「ゲ…!?」
そこへ再度の跳躍で何とか辿り着いたセノンが、渾身の斬撃を魔獣の首に叩き込んだ。
大振りで精彩を欠いた一撃は、先ほどまでと比べ見るに耐えない。
だがカイオの幻惑魔法のおかげで全く察知出来なかった魔獣の首を、見事に捉えた。
首を半ばまで断たれた魔獣はすぐに絶命し、地面に倒れ伏す。
まさしく獲物を捕らえた瞬間の魔獣は隙だらけで、仕留めるのは容易だった。
「ぅあっ…っぐう…!」
だがセノンも無理な再跳躍で再び両足首を骨折しており、その場に崩れる。
しかしすぐに身を起こし、腕で這ってカイオの元へ進もうとする。
左手もまた今の斬撃で痛めており、うまく力が入らなかった。
カイオも何とか身を起こすが、胸元と肩口からの出血が激しく、その場から仰向けのまま動けず荒い息を吐いている。
体を固定していた鎖は、魔獣の最期の抵抗で引きちぎれ、既に地面に落ちていた
「カイオっ…馬鹿野郎、なんでこんな、無茶な…!」
「無茶は、お互い様でしょう…セノン様が体を痛めつけるような作戦には、私も反対した筈、です」
息も絶え絶えに、カイオはそう述べる。
確かに、カイオはセノンの破壊的強化に反対していた。
それを押し切ったのはセノンだ。
「だからってこんな…!」
「セノン様…まずはご自身の体を、治して下さい…私の怪我は、今すぐに死ぬようなものでは、ありません…」
「そんなこと、出来るわけないだろ!!カイオの方がどう見ても重症だ!」
自分を先に直したほうが結果的に早くなることにも焦燥のあまり気が付けず、セノンは感情的に怒鳴りつける。
何とかカイオの元へ辿り着くと、発動体を着けた右手をカイオの血に濡れた胸にあてた。
今までなんとなくカイオには告げていなかったが、セノンの魔法のイメージは強化・治癒を問わずに「心臓」だ。
そのため、広範囲に魔法をかける場合はこうして胸に手を当てるのが最も魔法効率がいい。
今までカイオが広範囲に治癒が必要なほどの大怪我をしたことはなかったので、今回初めてカイオの心臓に回復魔法をかける。
怪我の痛みと体の損傷のために魔法構築に多少苦労したが、なんとかカイオの体に治癒魔法を流し込み始める。
カイオの体が次第に癒えていくのに安堵し、思わずセノンは泣きそうになる。
「お願いだから、あんまり無茶しないでよ…心配しすぎて、死ぬかと思った…」
「…セノン様が、自らの体を強化魔法で破壊しているとき、私も同じ心境だったのですよ?そのあたりを理解した上で、今回の作戦を立てたの、ですか?」
息を切らし途切途切れに、カイオは静かに諫めてくる。
その言葉に、セノンは胸を抉られるような申し訳なさを味わった。
当然カイオも、セノンのことを心配していたのだ。
「…それは、その……本当に、ごめん…でも、なんでここまでして魔獣を…?」
謝りながら、セノンはカイオに素直な疑問をぶつける。
一応、魔獣の背中に一撃入れた時点で魔獣は逃亡を図っていた。
自分たちの安全を優先するカイオからしてみれば、あそこで無茶をしなくても、追い払っただけで十分な成果だったはずだ。
「一人でも多く助けたい、と仰られたではないですか。そのセノン様の意思を、従者として尊重しただけです」
「あ…」
何気なく放たれた言葉に、セノンは目を見開く。
咄嗟に、言葉が出てこない。
「…セノン様、ひとまず私の治療は十分です。ご自身を治療して下さい」
「え…あ、うん…」
カイオの言葉に、セノンは頷くことしか出来ない。
それはつまり、セノンの「魔獣を逃して犠牲者を増やしたくない」という思いを言われずとも正しく察して、指示されたわけでもないのに身を挺して実行したということだ。
何から何まで、セノンのためなのだ。
気が付くと、確かにカイオの出血はほぼ止まっていた。
半ば呆然としながら、セノンはカイオに言われた通り自らの治癒を始める。
カイオは身を起こし、顔についた自らの血を拭いながら喋る。
「ただ、私も反動の激痛に苦しむセノン様に無理を強要し、身勝手にも魔獣のとどめを任せてしまいました。その点については、大変申し訳なく思っています」
「そんな…そんなこと…!カイオの方がずっと、体を張って…!もし僕が動けなかったら、カイオは…!!」
セノンは目を潤ませながらかぶりを振る。
どう考えても、負担が大きかったのはカイオのほうだ。
それなのにこちらの心配ばかりをし、想いに応えようと尽力してくれたカイオに、セノンは言葉を詰まらせた。
当然魔獣はあっさりとカイオに肉薄した。
それでもカイオはその場から動かず、ついに魔獣の嘴と爪がその体を捉えた。
嘴が肩口を噛み砕き、鋭い爪が胸に突き立てられる。
「ぐっ…!」
「カイオっ!!?」
セノンは怒りと恐怖、焦燥のあまり全身の痛みを忘れ、カイオの元へ飛び出す。
だが傷み切った体は先ほどまでの速度を出せない。
セノンが辿り着く前に、カイオの体を捉えたままその場から飛び立とうと、魔獣は翼を羽ばたかせる。
しかし魔獣の目論見は外れ、体は地面から離れない。
いつの間にか、カイオは自身の体に鎖を巻き付け、建物と繋ぎ固定していた。
「逃がしません、よ…!」
カイオは口から血を吐きつつ洋剣を抜剣し、魔獣の体に突き刺すと魔獣を逃さぬように全身を使って掴みかかった。
魔獣は暴れて逃れようとするが、叶わない。
さらに隠して構築していた幻惑魔法を、至近距離で焦る魔獣に見舞った。
「カイオを、放せぇっ!!」
「ゲ…!?」
そこへ再度の跳躍で何とか辿り着いたセノンが、渾身の斬撃を魔獣の首に叩き込んだ。
大振りで精彩を欠いた一撃は、先ほどまでと比べ見るに耐えない。
だがカイオの幻惑魔法のおかげで全く察知出来なかった魔獣の首を、見事に捉えた。
首を半ばまで断たれた魔獣はすぐに絶命し、地面に倒れ伏す。
まさしく獲物を捕らえた瞬間の魔獣は隙だらけで、仕留めるのは容易だった。
「ぅあっ…っぐう…!」
だがセノンも無理な再跳躍で再び両足首を骨折しており、その場に崩れる。
しかしすぐに身を起こし、腕で這ってカイオの元へ進もうとする。
左手もまた今の斬撃で痛めており、うまく力が入らなかった。
カイオも何とか身を起こすが、胸元と肩口からの出血が激しく、その場から仰向けのまま動けず荒い息を吐いている。
体を固定していた鎖は、魔獣の最期の抵抗で引きちぎれ、既に地面に落ちていた
「カイオっ…馬鹿野郎、なんでこんな、無茶な…!」
「無茶は、お互い様でしょう…セノン様が体を痛めつけるような作戦には、私も反対した筈、です」
息も絶え絶えに、カイオはそう述べる。
確かに、カイオはセノンの破壊的強化に反対していた。
それを押し切ったのはセノンだ。
「だからってこんな…!」
「セノン様…まずはご自身の体を、治して下さい…私の怪我は、今すぐに死ぬようなものでは、ありません…」
「そんなこと、出来るわけないだろ!!カイオの方がどう見ても重症だ!」
自分を先に直したほうが結果的に早くなることにも焦燥のあまり気が付けず、セノンは感情的に怒鳴りつける。
何とかカイオの元へ辿り着くと、発動体を着けた右手をカイオの血に濡れた胸にあてた。
今までなんとなくカイオには告げていなかったが、セノンの魔法のイメージは強化・治癒を問わずに「心臓」だ。
そのため、広範囲に魔法をかける場合はこうして胸に手を当てるのが最も魔法効率がいい。
今までカイオが広範囲に治癒が必要なほどの大怪我をしたことはなかったので、今回初めてカイオの心臓に回復魔法をかける。
怪我の痛みと体の損傷のために魔法構築に多少苦労したが、なんとかカイオの体に治癒魔法を流し込み始める。
カイオの体が次第に癒えていくのに安堵し、思わずセノンは泣きそうになる。
「お願いだから、あんまり無茶しないでよ…心配しすぎて、死ぬかと思った…」
「…セノン様が、自らの体を強化魔法で破壊しているとき、私も同じ心境だったのですよ?そのあたりを理解した上で、今回の作戦を立てたの、ですか?」
息を切らし途切途切れに、カイオは静かに諫めてくる。
その言葉に、セノンは胸を抉られるような申し訳なさを味わった。
当然カイオも、セノンのことを心配していたのだ。
「…それは、その……本当に、ごめん…でも、なんでここまでして魔獣を…?」
謝りながら、セノンはカイオに素直な疑問をぶつける。
一応、魔獣の背中に一撃入れた時点で魔獣は逃亡を図っていた。
自分たちの安全を優先するカイオからしてみれば、あそこで無茶をしなくても、追い払っただけで十分な成果だったはずだ。
「一人でも多く助けたい、と仰られたではないですか。そのセノン様の意思を、従者として尊重しただけです」
「あ…」
何気なく放たれた言葉に、セノンは目を見開く。
咄嗟に、言葉が出てこない。
「…セノン様、ひとまず私の治療は十分です。ご自身を治療して下さい」
「え…あ、うん…」
カイオの言葉に、セノンは頷くことしか出来ない。
それはつまり、セノンの「魔獣を逃して犠牲者を増やしたくない」という思いを言われずとも正しく察して、指示されたわけでもないのに身を挺して実行したということだ。
何から何まで、セノンのためなのだ。
気が付くと、確かにカイオの出血はほぼ止まっていた。
半ば呆然としながら、セノンはカイオに言われた通り自らの治癒を始める。
カイオは身を起こし、顔についた自らの血を拭いながら喋る。
「ただ、私も反動の激痛に苦しむセノン様に無理を強要し、身勝手にも魔獣のとどめを任せてしまいました。その点については、大変申し訳なく思っています」
「そんな…そんなこと…!カイオの方がずっと、体を張って…!もし僕が動けなかったら、カイオは…!!」
セノンは目を潤ませながらかぶりを振る。
どう考えても、負担が大きかったのはカイオのほうだ。
それなのにこちらの心配ばかりをし、想いに応えようと尽力してくれたカイオに、セノンは言葉を詰まらせた。
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