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9話 泉と暴力
17.想い
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よっぽどの致命傷でなければ治せるとはいえ、強大な魔獣の暴力を真正面から受け止めることは並大抵の恐怖と痛みではない。
それに自分で強化魔法をコントロール出来るセノンと違い、カイオは下手をすれば死んでしまう可能性も十分あったのだ。
だがカイオは、穏やかに言葉を続ける。
「私は、嬉しかったのです。私を信頼する、と仰って下さったセノン様のお言葉と、そのお気持ちが。ですから、私も信じたくなったのです。セノン様なら、痛みを乗り越えて自らの役目を果たして下さると。そして見事に、セノン様は成し遂げて下さいました。それが何より、私には嬉しかった」
カイオの言葉に、セノンは胸を詰まらせる。
森の一件でセノンの心が挫けかけていたのを、セノンよりもカイオの方が気にかけてくれていたのだ。
「一応、それまでの魔獣の攻撃傾向から、一撃でこちらが仕留められることはないだろうと半ば確信してはいたのです。…ですが、セノン様からすればそんなことは分かりませんでしたね。要らぬ心配をかけてしまい、申し訳ありませんでした」
「あ…」
謝罪と共に、カイオは手を伸ばしセノンの頭を撫で始めた。
その小さな子供を安心させるような行為を、しかしセノンは大人しく受け入れた。
顔を伏せ、溜まった涙を拭う。
「ほら、セノン様。回復の手が止まっていますよ。早くお体を治して下さい」
「…治せる範囲は、治し終わった。あとは強化魔法の反動だから、ゆっくり治すよ」
離れていくカイオの手をこっそり名残惜しく思いながら、セノンはそう答えた。
座ったまま手や足を動かすと、骨折は治っている。
全身の筋肉や心臓、肺などは激しく痛むが、それもカイオの強力な幻惑魔法がまだ残っているおかげで多少は和らいでいる。
「カイオ、まだ全快はしてないでしょ?魔力まだ少し残っているから、治すよ」
セノンの魔力量はそこまで豊富でもないが、他者への強化を除けば白魔法の魔力効率は優れている。
自己強化でだいぶ消費したが、今回は他者強化は行っていないためまだ魔力は残っていた。
「そうですね、正直万全とは言えません。お願い出来ますか?」
「うん。…うん?」
カイオの言葉に応え、回復魔法をかけようと手を伸ばす。
そこで、セノンは気付いた。
カイオは話している間に荷物から布を取り出し、血の汚れを拭き終えていた。
服についたものは取り切れないが、肌はだいぶ綺麗になっている。
治癒のおかげで傷跡もほぼない。
だが着ていたシャツやさらし、皮鎧は魔獣の爪で破れ、カイオはボロボロになった皮鎧とさらしを取り払っていた。
当然、その胸の膨らみは汚れたシャツの下で明らかになっている。
さっきと同じようにカイオの胸元に手を伸ばしかけて、セノンは躊躇って手を止めた。
流石に、固くさらしを巻いていた先ほどと同じように触れるわけには、いかない。
「あー…えっ、と…」
「どうしました?さっきの様子を見るに、心臓に触れると魔法効率が上がるのでしょう?ほら」
「うわっ…!?」
躊躇っていたセノンの手を取り、カイオは自らの胸元に引き寄せる。
セノンの手が、シャツの上からカイオの胸に触れた。
その初めて触れる柔らかい感触に、セノンの呼吸が止まった。
「やわっ…」
「はい?なんですか?」
「なっ、なんでもない!」
その衝撃的な感触に思わず言葉が漏れ、カイオに聞き返されたのを慌てて誤魔化す。
振り払う訳にもいかず、とにかく胸に触れた指を動かさないようにすることにだけ集中した。
体が不自然に強張る。
「…回復していただけないんですか?」
「ごめっ、いっ、今やる…!」
思わず魔法構築を忘れ、カイオに指摘されてようやく構築を始める。
どうも建物と鎖を結び付けた時にカイオが周囲の住民の非難を促していたようで、周囲は不自然なくらいに人の気配がなかった。
昼間の街中にも関わらず奇妙に静かな状況で、セノンはカイオを治療し続ける。
その間恥ずかしくてカイオの顔も見れず、なるべく指と掌に伝わる感触を意識しないように努めるが、どことなく魔法の構築がおぼつかず、治癒速度は普段と比べてやや遅い。
ひょっとすると、大怪我を負っていた時よりも構築に苦労しているかもしれない。
そんなセノンの様子を見て、カイオがおもむろに口を開いた。
「やっぱり今日、一緒に寝ましょう」
「はぁっ!?」
唐突なカイオの発言に、セノンは声を裏返らせる。
思わずカイオの胸にあてた手を動かしてしまい、伝わる感触に再度身を強張らせる。
「な、なに言って…というか、なんでそんなことしなくちゃ…」
「まあ、特に理由という理由もないんですが。…私がそうしたいから、では駄目ですか?」
カイオはそう言いながら、自らの胸に触れるセノンの手を片手で柔らかく押さえた。
胸に抱え込むように力が加わるとセノンの手が強く押し付けられ、感触がより一層強く伝わる。
立て続けに精神を揺さぶられて、セノンは回復魔法の発動を維持するのにひどく苦労した。
「あ、いや、それ、は…」
カイオは真っ赤になってしどろもどろになり、答えられないまま顔を俯かせてしまった。
その様子を見てカイオは穏やかに微笑む。
そうこうしているうちにカイオの全身から傷が消え、治癒が完了した。
「…治癒、終わりましたね。ひとまず、魔獣の討伐報告に行きましょうか。…この話はまた後で」
「……わ、わかった…」
カイオが手を解放するのに合わせて手を放し、セノンはぎこちなく頷いた。
それに自分で強化魔法をコントロール出来るセノンと違い、カイオは下手をすれば死んでしまう可能性も十分あったのだ。
だがカイオは、穏やかに言葉を続ける。
「私は、嬉しかったのです。私を信頼する、と仰って下さったセノン様のお言葉と、そのお気持ちが。ですから、私も信じたくなったのです。セノン様なら、痛みを乗り越えて自らの役目を果たして下さると。そして見事に、セノン様は成し遂げて下さいました。それが何より、私には嬉しかった」
カイオの言葉に、セノンは胸を詰まらせる。
森の一件でセノンの心が挫けかけていたのを、セノンよりもカイオの方が気にかけてくれていたのだ。
「一応、それまでの魔獣の攻撃傾向から、一撃でこちらが仕留められることはないだろうと半ば確信してはいたのです。…ですが、セノン様からすればそんなことは分かりませんでしたね。要らぬ心配をかけてしまい、申し訳ありませんでした」
「あ…」
謝罪と共に、カイオは手を伸ばしセノンの頭を撫で始めた。
その小さな子供を安心させるような行為を、しかしセノンは大人しく受け入れた。
顔を伏せ、溜まった涙を拭う。
「ほら、セノン様。回復の手が止まっていますよ。早くお体を治して下さい」
「…治せる範囲は、治し終わった。あとは強化魔法の反動だから、ゆっくり治すよ」
離れていくカイオの手をこっそり名残惜しく思いながら、セノンはそう答えた。
座ったまま手や足を動かすと、骨折は治っている。
全身の筋肉や心臓、肺などは激しく痛むが、それもカイオの強力な幻惑魔法がまだ残っているおかげで多少は和らいでいる。
「カイオ、まだ全快はしてないでしょ?魔力まだ少し残っているから、治すよ」
セノンの魔力量はそこまで豊富でもないが、他者への強化を除けば白魔法の魔力効率は優れている。
自己強化でだいぶ消費したが、今回は他者強化は行っていないためまだ魔力は残っていた。
「そうですね、正直万全とは言えません。お願い出来ますか?」
「うん。…うん?」
カイオの言葉に応え、回復魔法をかけようと手を伸ばす。
そこで、セノンは気付いた。
カイオは話している間に荷物から布を取り出し、血の汚れを拭き終えていた。
服についたものは取り切れないが、肌はだいぶ綺麗になっている。
治癒のおかげで傷跡もほぼない。
だが着ていたシャツやさらし、皮鎧は魔獣の爪で破れ、カイオはボロボロになった皮鎧とさらしを取り払っていた。
当然、その胸の膨らみは汚れたシャツの下で明らかになっている。
さっきと同じようにカイオの胸元に手を伸ばしかけて、セノンは躊躇って手を止めた。
流石に、固くさらしを巻いていた先ほどと同じように触れるわけには、いかない。
「あー…えっ、と…」
「どうしました?さっきの様子を見るに、心臓に触れると魔法効率が上がるのでしょう?ほら」
「うわっ…!?」
躊躇っていたセノンの手を取り、カイオは自らの胸元に引き寄せる。
セノンの手が、シャツの上からカイオの胸に触れた。
その初めて触れる柔らかい感触に、セノンの呼吸が止まった。
「やわっ…」
「はい?なんですか?」
「なっ、なんでもない!」
その衝撃的な感触に思わず言葉が漏れ、カイオに聞き返されたのを慌てて誤魔化す。
振り払う訳にもいかず、とにかく胸に触れた指を動かさないようにすることにだけ集中した。
体が不自然に強張る。
「…回復していただけないんですか?」
「ごめっ、いっ、今やる…!」
思わず魔法構築を忘れ、カイオに指摘されてようやく構築を始める。
どうも建物と鎖を結び付けた時にカイオが周囲の住民の非難を促していたようで、周囲は不自然なくらいに人の気配がなかった。
昼間の街中にも関わらず奇妙に静かな状況で、セノンはカイオを治療し続ける。
その間恥ずかしくてカイオの顔も見れず、なるべく指と掌に伝わる感触を意識しないように努めるが、どことなく魔法の構築がおぼつかず、治癒速度は普段と比べてやや遅い。
ひょっとすると、大怪我を負っていた時よりも構築に苦労しているかもしれない。
そんなセノンの様子を見て、カイオがおもむろに口を開いた。
「やっぱり今日、一緒に寝ましょう」
「はぁっ!?」
唐突なカイオの発言に、セノンは声を裏返らせる。
思わずカイオの胸にあてた手を動かしてしまい、伝わる感触に再度身を強張らせる。
「な、なに言って…というか、なんでそんなことしなくちゃ…」
「まあ、特に理由という理由もないんですが。…私がそうしたいから、では駄目ですか?」
カイオはそう言いながら、自らの胸に触れるセノンの手を片手で柔らかく押さえた。
胸に抱え込むように力が加わるとセノンの手が強く押し付けられ、感触がより一層強く伝わる。
立て続けに精神を揺さぶられて、セノンは回復魔法の発動を維持するのにひどく苦労した。
「あ、いや、それ、は…」
カイオは真っ赤になってしどろもどろになり、答えられないまま顔を俯かせてしまった。
その様子を見てカイオは穏やかに微笑む。
そうこうしているうちにカイオの全身から傷が消え、治癒が完了した。
「…治癒、終わりましたね。ひとまず、魔獣の討伐報告に行きましょうか。…この話はまた後で」
「……わ、わかった…」
カイオが手を解放するのに合わせて手を放し、セノンはぎこちなく頷いた。
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