悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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10話 犠牲と約束

1.歌声

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 とても美しい少女だった。

 儚げで触れたら消えてしまいそうな、雪のように繊細な美貌。
 色素が薄く銀色にも見える、美しく癖のない金の長髪。
 その肌は病的なほどに白く、血の気がない。 


「―――」 


 年の頃はセノンの幾らか年上、十六~十七歳くらいだろうか。
 見る限り成熟した大人の女性には程遠く、しかし子供と言い切ってしまうほどにも幼くない。

 この年頃の少女にしか持ちえない、未熟さと艶やかさの同居した不思議な美しさを、鮮烈に放っていた。 


 少女は村はずれの、雑木林の入り口にある切り株に腰掛け、空を見上げながら歌を歌っていた。
 か細く美しい旋律は、聴く者の心を訳も分からずざわめかせる。 


「あれ…?」 


 やがて少女は、自分を見ている少年の姿に気づいた。
 歌うのをやめ、少年…少し前にこの村へと辿り着いていた、セノンへと振り返る。 


「…っ」 


 少女と目が合ったセノンは、思わず息を呑む。
 少女の濃い青い瞳は晴れ渡った青空か深い海のようで、吸い込まれそうなほどに澄んでいた。

 ただその瞳の奥に底知れない物を感じとり、それを見たセノンはより一層落ち着かない気持ちになる。
 それを知ってか知らずか、立ち上がった少女は微笑みながらセノンに話し掛けた。 


「討伐者の方…ですよね?村へようこそ」 
「あ…えっと…そう、です…どうも…」 


 セノンの格好から、少女はそう判断したらしい。
 しかし緊張からたどたどしく話すセノンの様子をどう勘違いしたのか、少女は恥ずかし気に目を伏せた。 


「ひょっとして…私が歌っているの、長い時間聞いていましたか?せっかく、隠れて練習していたのに…」 
「あっ、ご、ごめんなさい…つい、耳に入って…勝手に聞いてしまって…!」 


 少女の拗ねたような声色に、セノンは慌てる。
 今いるのは村はずれで、おそらく村の中にいれば本来歌声は聞こえなかった。

 しかしセノンの聴力は彼女の歌声を聞きつけ、その不思議に物悲しげな歌声に惹かれてここまで足を運んだのだ。
 彼女が意図的に聞かれるのを避けていたのなら、いつの間にかいたセノンは好ましくないだろう。


「で、でも、とてもお上手でした。本当に」 
「…ありがとうございます。あまり人に聞いてもらったことがないので、そう言ってもらえるのは嬉しいです」 


 少女はセノンの心からの賞賛の言葉に、ぎこちなく笑った。その笑い方に、セノンは引っ掛かりを覚える。 

 歌声をほめられ、照れるのならまだしも、表情が陰るのはどういうことなのだろうか。
 心配したセノンは思わず、問いかけようとする。


「あの…?」 
「すみません、そろそろ戻らないと。…あなたも、早めにこの村を離れたほうがいいですよ」 


 しかし少女はセノンの言葉を遮って言い残すと、村のほうに向かって歩き始めた。
 自らの横を足早に通り過ぎた少女の背中に、セノンは振り返って再度呼びかけた。 


「あの!お名前…教えてもらってもいいですか?」 
「…マルー・メノエです。私の名前なんて、憶えても…意味ないですよ」 


 振り返らないまま少女はそう名乗り、そのまま村へと戻っていった。 


「…意味ないとか、村を離れたほうがいいとかって…どういうことだ?」 


 ポツリとセノンは呟く。
 何から何まで印象的で、不可解な少女だった。 


「セノン様?どちらですか?」 


 しばしその場で今の出来事を反芻していると、村の方からカイオの声が聞こえた。
 セノンは声の聞こえたほうに手を振って、呼びかけに応える。 


「カイオ、こっちだよ」 
「ああ、ここでしたか。このあたりに詳しい方が捕まりました。話をしてくれるそうですので、行きましょう」 


 カイオの言葉にセノンは頷く。
 最近、情報収集をカイオ任せにせず、なるべくセノンも参加するようにしていた。

 そのまま、二人で村の中心に向かって歩き出す。 


(さっきの人の話も、聞けるかな…) 


 どうしても先程の少女のことが頭から離れず、歩きながらセノンはそう考えた。
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