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10話 犠牲と約束
2.記録
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遡ること少し前。
セノンたちはいつも通り、魔獣討伐のために討伐対象のいる場所を目指していた。
だがいつもと違ったのは、いつまで経っても地図が示す目的地に辿り着かなかったということだ。
地図の内容が間違っているのではと疑い始めたところで、地図には載っていない村を見つけ、疑惑は深まった。
そこでこのあたりの情報を得るために、二人は村に入ったのだ。
このあたりに詳しい人間の手が空くまで少し待ち、その間にセノンは一人の少女と遭遇していた。
「…竜、ですか」
そして現在。
セノンはやや緊張した面持ちで、カイオと共に村の男から話を聞いていた。
三人でテーブルに座り、先程から話をしてくれている男の前には、一冊の本が開かれている。
たった今聞かされた驚くべき情報を、セノンは思わず繰り返していた。
「そうです。この村から少し離れた山に、昔から一匹の竜が住み着いています」
四十歳ほどの、中年の男が説明を続ける。
このあたりの魔獣や危険箇所の情報を尋ねたところ、真っ先に伝えられたのはその事だった。
竜…数多の種類が存在する魔獣の中でも、トップクラスの殺傷能力と高い知能を持つ、非常に危険な存在だ。
長命種なためか個体数は少なく、故意に探し続けでもしない限りは出会うことは稀である。
生涯遭遇しない人間の方が圧倒的多数で、セノン自身も邂逅するのは初めてだ。
そんな存在が、まさかこんな場所に生息しているとは。
思いがけない事態に、セノンは暫し押し黙った。
「村に、何か被害はないのですか?」
そんなセノンをよそにカイオが尋ねると、中年の男は眉根を寄せ、しかし首を横に振った。
「近年、被害らしい被害はほぼ出ていません。…定期的な、貢物を除いては」
「…貢物?」
男がこぼした言葉に、セノンは嫌な予感を覚えた。
男の表情といい告げられた言葉といい、さっきから不安しか湧いてこなかった。
「あの竜は近隣の山の頂上に住み着いており、滅多なことでは村に下りては来ません。ただ数年に一度、村を訪れ住民を食い殺します」
「それの、どこが…!」
「セノン様、まだ話の途中です。…続きをお願いします」
思わず感情的に口を挟んだセノンを、カイオが諌めた。
続きを促すと、男は話を再開する。
「数十年前に初めて竜が襲来した時は、十人以上が食われたと伝えられています。ですが、その後何回かの襲撃を受け、先人たちはある事に気づきました」
男は言葉とともに、本を捲る。
そこに、竜に関する事柄が記録されているらしい。
「竜は柔らかい若い女の肉を好み、何人食われるかは毎回まちまちでした。たがあるとき、身を挺して立ち向かった、高い魔術の才能を持つとされていた若い娘が一番初めに食い殺されました」
悲惨な過去の出来事を、男は淡々と語った。
その声には、ただ情報を正しく伝えようという意思しか感じられなかった。
「その時は、その一人だけで竜は満足して山に戻っていったのです。その際過去の犠牲者の記録を確認し直したところ、毎回竜が立ち去る前に最後に食らったのは、魔法に多少の覚えがあるものばかりでした」
「…その竜が人を襲うのは、高い魔力をもった人を食べることが目的…?」
セノンは考えを呟く。
魔法の才能と魔力量は、一部の例外を除き基本的に同時に備わるものだ。
「私たちもそう考えています。あるいは、魔力の高い人間を美味に感じているのかもしれません。腹を満たすだけなら、村にいる牛や、近隣に生息する大型魔獣でも食らう方が効率的でしょう。竜であれば、容易いことです」
男は嘆くでもなく、恐れるでもなく、淡々と言葉を紡ぐ。
ただ男はひどく疲れたような、くたびれた様子で説明を続けた。
「…それから村では、女の子が生まれるとなるべく早く、魔術の才能を確かめるようになりました」
男は再び本を捲る。
セノンが何気なくその本に目をやると、ページにはぎっしりと女性の名前が記録されていた。
名前の横には年齢、出生日と没日、魔術の適正などが書き込まれている。
記録されている年齢はどれも、十代前半から二十代半ばまでとかなり若い。
「襲撃が繰り返される中で、食われた娘の才能が高ければ高いほど、次の竜の襲来は遅くなることも分かりました。幸か不幸かこの村に古くから伝わる血統は魔術の適正が高い血筋が多く、才能のある娘の存在には困りませんでした」
これでも昔は優秀な術師を多く輩出する、優秀な村だったらしいのですがね、と男は皮肉気に笑った。
そして三度本を捲ると、そこには歌の歌詞と旋律が記されていた。
「そして最も才能の高い娘は、村に昔から伝わる古い歌を歌わされました。竜もすぐに、歌う娘が自らを満足させる獲物だということを記憶しました。…今や歌は、竜に身を捧げる証となってしまいました」
「…逃げたり、外に助けを求めたりはしなかったんですか?」
思わず問いかけたセノンの質問に、男は首を振る。
「村から逃げようとすると、男はともかく女はすぐに見つかり食い殺されます。昔は討伐者に助けを求めたことも何度もありましたが、数十年にわたり、挑んだ討伐者は例外なく竜に殺されました」
その言葉に、セノンは戦慄した。
もう何十人どころか、下手をすると何百人も、竜は討伐者を退け続けているということだ。
並大抵の力を持った魔獣ではない。
「だから私たちはもう、諦めました。外に助けを求めることはしませんし、故意であれ偶然であれ、村にやってきた討伐者に討伐をお願いすることもありません。あなた方に対しても同様です」
「…村の人間の代わりに討伐者を食わせて時間を稼ごう、とは考えないのですか?」
カイオは、敢えて指摘する。
討伐者は大抵、一般の人間より魔法適正の高い者が多い。
そうでなければ討伐者などやっていけない。
竜が高い魔力を有する存在を求めるのであれば、仮に才能あふれる村の娘に劣るとしても、再来を遅らせることが出来るのではないか、とカイオは考えていた。
セノンたちはいつも通り、魔獣討伐のために討伐対象のいる場所を目指していた。
だがいつもと違ったのは、いつまで経っても地図が示す目的地に辿り着かなかったということだ。
地図の内容が間違っているのではと疑い始めたところで、地図には載っていない村を見つけ、疑惑は深まった。
そこでこのあたりの情報を得るために、二人は村に入ったのだ。
このあたりに詳しい人間の手が空くまで少し待ち、その間にセノンは一人の少女と遭遇していた。
「…竜、ですか」
そして現在。
セノンはやや緊張した面持ちで、カイオと共に村の男から話を聞いていた。
三人でテーブルに座り、先程から話をしてくれている男の前には、一冊の本が開かれている。
たった今聞かされた驚くべき情報を、セノンは思わず繰り返していた。
「そうです。この村から少し離れた山に、昔から一匹の竜が住み着いています」
四十歳ほどの、中年の男が説明を続ける。
このあたりの魔獣や危険箇所の情報を尋ねたところ、真っ先に伝えられたのはその事だった。
竜…数多の種類が存在する魔獣の中でも、トップクラスの殺傷能力と高い知能を持つ、非常に危険な存在だ。
長命種なためか個体数は少なく、故意に探し続けでもしない限りは出会うことは稀である。
生涯遭遇しない人間の方が圧倒的多数で、セノン自身も邂逅するのは初めてだ。
そんな存在が、まさかこんな場所に生息しているとは。
思いがけない事態に、セノンは暫し押し黙った。
「村に、何か被害はないのですか?」
そんなセノンをよそにカイオが尋ねると、中年の男は眉根を寄せ、しかし首を横に振った。
「近年、被害らしい被害はほぼ出ていません。…定期的な、貢物を除いては」
「…貢物?」
男がこぼした言葉に、セノンは嫌な予感を覚えた。
男の表情といい告げられた言葉といい、さっきから不安しか湧いてこなかった。
「あの竜は近隣の山の頂上に住み着いており、滅多なことでは村に下りては来ません。ただ数年に一度、村を訪れ住民を食い殺します」
「それの、どこが…!」
「セノン様、まだ話の途中です。…続きをお願いします」
思わず感情的に口を挟んだセノンを、カイオが諌めた。
続きを促すと、男は話を再開する。
「数十年前に初めて竜が襲来した時は、十人以上が食われたと伝えられています。ですが、その後何回かの襲撃を受け、先人たちはある事に気づきました」
男は言葉とともに、本を捲る。
そこに、竜に関する事柄が記録されているらしい。
「竜は柔らかい若い女の肉を好み、何人食われるかは毎回まちまちでした。たがあるとき、身を挺して立ち向かった、高い魔術の才能を持つとされていた若い娘が一番初めに食い殺されました」
悲惨な過去の出来事を、男は淡々と語った。
その声には、ただ情報を正しく伝えようという意思しか感じられなかった。
「その時は、その一人だけで竜は満足して山に戻っていったのです。その際過去の犠牲者の記録を確認し直したところ、毎回竜が立ち去る前に最後に食らったのは、魔法に多少の覚えがあるものばかりでした」
「…その竜が人を襲うのは、高い魔力をもった人を食べることが目的…?」
セノンは考えを呟く。
魔法の才能と魔力量は、一部の例外を除き基本的に同時に備わるものだ。
「私たちもそう考えています。あるいは、魔力の高い人間を美味に感じているのかもしれません。腹を満たすだけなら、村にいる牛や、近隣に生息する大型魔獣でも食らう方が効率的でしょう。竜であれば、容易いことです」
男は嘆くでもなく、恐れるでもなく、淡々と言葉を紡ぐ。
ただ男はひどく疲れたような、くたびれた様子で説明を続けた。
「…それから村では、女の子が生まれるとなるべく早く、魔術の才能を確かめるようになりました」
男は再び本を捲る。
セノンが何気なくその本に目をやると、ページにはぎっしりと女性の名前が記録されていた。
名前の横には年齢、出生日と没日、魔術の適正などが書き込まれている。
記録されている年齢はどれも、十代前半から二十代半ばまでとかなり若い。
「襲撃が繰り返される中で、食われた娘の才能が高ければ高いほど、次の竜の襲来は遅くなることも分かりました。幸か不幸かこの村に古くから伝わる血統は魔術の適正が高い血筋が多く、才能のある娘の存在には困りませんでした」
これでも昔は優秀な術師を多く輩出する、優秀な村だったらしいのですがね、と男は皮肉気に笑った。
そして三度本を捲ると、そこには歌の歌詞と旋律が記されていた。
「そして最も才能の高い娘は、村に昔から伝わる古い歌を歌わされました。竜もすぐに、歌う娘が自らを満足させる獲物だということを記憶しました。…今や歌は、竜に身を捧げる証となってしまいました」
「…逃げたり、外に助けを求めたりはしなかったんですか?」
思わず問いかけたセノンの質問に、男は首を振る。
「村から逃げようとすると、男はともかく女はすぐに見つかり食い殺されます。昔は討伐者に助けを求めたことも何度もありましたが、数十年にわたり、挑んだ討伐者は例外なく竜に殺されました」
その言葉に、セノンは戦慄した。
もう何十人どころか、下手をすると何百人も、竜は討伐者を退け続けているということだ。
並大抵の力を持った魔獣ではない。
「だから私たちはもう、諦めました。外に助けを求めることはしませんし、故意であれ偶然であれ、村にやってきた討伐者に討伐をお願いすることもありません。あなた方に対しても同様です」
「…村の人間の代わりに討伐者を食わせて時間を稼ごう、とは考えないのですか?」
カイオは、敢えて指摘する。
討伐者は大抵、一般の人間より魔法適正の高い者が多い。
そうでなければ討伐者などやっていけない。
竜が高い魔力を有する存在を求めるのであれば、仮に才能あふれる村の娘に劣るとしても、再来を遅らせることが出来るのではないか、とカイオは考えていた。
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