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10話 犠牲と約束
3.諦めた村
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しかし男は、カイオのその問いかけに首を横に振った。
「昔はそういうこともしていたようですが、すぐに無意味だと判りました。若い娘でなければ竜は満足しませんし、討伐者ではなにか竜の機嫌を損ねるのか、それとも厳しい旅生活を送ると村の娘に比べて味でも落ちるのか、喰われても再来期間は変わらなかったようです」
もっとも、竜の機嫌を損ねるほどに竜と戦える討伐者はほとんどいなかったようですが、と男は付け加えた。
「…それにどうやら、竜はこの村の娘を特別好んでいるようです。どうやら、嗜好品として竜の口に合ってしまったようで」
男は自嘲気味に呟く。
セノンはその言葉を聞き、思わず立ち上がって男に詰め寄った。
「それで、いいんですか!?いくら犠牲者が少なく済むからって、村の女性を…!」
「少なくとも、これを繰り返していれば村が滅ぶことはありません。竜も私たちが滅びないよう、襲来するペースを適度に落としている様子が最近は見受けられます」
先ほどの嗜好品という言葉と合わせて、養殖場、という言葉がセノンの頭に浮かんだ。
セノンは頭を振って、その嫌な考えを頭から振り払う。
「…次の犠牲者は、マルー・メノエという人ですか?」
そしてポツリと、村のはずれで出会った少女の名前をこぼす。
その名前がセノンの口から出たことに、男は驚きを見せた。
カイオも僅かに目を見開いている。
「どうして、あの娘の名を…?」
「村はずれで歌っているところを、たまたま目撃しました。その時に教えてもらったんです」
どこか悲し気な歌声を思い返しながら、セノンは言葉を続ける。
「こんなの、間違ってます。人が村のために犠牲になるなんて、その人の家族がどれだけ悲しむか…」
「彼女の母親は、もういません。十五年前に竜にその身を捧げました。…そしてあの子の父親は、もうすでに諦めています」
セノンの感情的な声に、変わらず男は無感情な声で応えた。
だが、男のどこかそれまでと違う声に、セノンは違和感を覚えた。
そして改めて男の顔を見たセノンは、言葉を失った。
いつの間にか、男は静かに涙を流している。
「…十五年前に妻を失い絶望した私は、娘を連れて村から逃げ出すことも出来ませんでした」
男…マルーの父親はそう言いながら、涙を流し続けた。
「今思えば、万が一の可能性にかけてでも、それで村が滅んだとしても、逃げるべきだったのかもしれません…失敗したとしても、何も分からないうちに娘を楽にしてあげるべきだったのかもしれません」
その言葉には先ほどまで同様、感情がこもっていなかった。
しかしその声は先ほどまでとわずかに異なり、無感情なのではなく、感情を押し殺しているのだという事が感じ取れた。
セノンには、それがはっきりと分かった。
その様子に、もはやセノンは何も言うことが出来なかった。
黙り込んだセノンに代わり、カイオが問いかける。
「次の襲撃はいつなのか、分かっているのですか?」
「…これまでの傾向と記録から考えて、恐らくは長くても一年以内、早ければ半年以内かと。ただ確証はありませんので、あなた方も早めにこの村を離れたほうがいいでしょう。万が一、あなた方が襲われないとも限りません」
男は冷静に答えたあと、顔を俯かせながら頭を振る。
顔を上げると、もう涙は止まっていた。
「お気遣い、感謝します」
「…あとは、この辺りの地域や魔獣の情報でしたね。そちらも今、お教えします」
その後は周辺情報を教えてもらい、話は終わった。
セノンもカイオも、それ以上竜のことに触れることはなかった。
ただ確認した当初の目的地は現在地からかなり離れており、今からでは暗くなる前に到着することはとても出来そうになかった。
かといって、これから近隣の街まで戻るのも非常に手間だ。
そのため、男の気遣いで今日はこの村に泊めてもらうこととなった。
今となってはほとんど村を訪れる者もいないが、少し前までは名を上げようと竜討伐を目指して来る討伐者が一定数いたらしい。
そのため、現在はほとんど機能はしておらず普段は誰もいないが、一応村の中には宿泊施設があった。
そこを好きに使ってよいと言われ、セノンとカイオはひとまずそちらへ向かうことにした。
鍵も既に男から受け取っている。
「…」
宿に向かう道すがら、セノンは沈んだ表情をしていた。
何を考えているかは明白で、カイオが声を掛ける。
「セノン様、貴方の考えていることは分かります。人に害を及ぼす竜など、可能であればすぐに討伐してしまうべきです」
「…うん」
「ですが、話を聞く限り竜の強さは尋常ではありません。いくらセノン様と私といえど、為すすべもなく敗れる可能性は高いです」
「うん。分かってる…」
セノンは歩きながら頷く。
頭では理解出来ていても、心で納得出来ていない様子が明らかだ。
「気になるようでしたら、半年経つ前に改めてこの村を再訪しましょう。セノン様の才能なら、半年足らずで竜を殺せるだけの実力を身につけられるかもしれません」
「でも、それより早く竜が来るかもしれない」
すぐに返されたセノンの言葉に、カイオは溜息をつく。
セノンが犠牲となる少女と話したというのは、先程もセノン自身が話していた。
情の深いセノンの心情を考え、カイオは憂いた。
「例の少女を、死なせたくないのですか?」
「…彼女、無理してた。ずっと不安で怖いのを、無理やり笑ってる感じだった。あんな顔見ちゃったら、なかなか忘れられないよ」
セノンは顔を歪める。
話を聞いた後に少女の表情を思い返すと、やりきれない気持ちを誤魔化すことが出来なくなっていた。
「ですが…」
「分かってるよ、勝ち目が薄いことぐらい。悪いのは、理想を叶えるのに実力が足りていない、僕自身だ…だからちょっと、今すぐ助けてあげられないのが悔しかっただけ。僕だって、犬死にするつもりはないよ」
そう言って、セノンは無理やり笑って見せた。
「それなら、良いですが…」
「とりあえず、ちょっと休もう。今日はあんまり戦ってないけど、歩き詰めで疲れちゃった」
言葉と共にセノンとカイオは宿に到着し、鍵を開け中に入る。
普段は人が立ち入らず生活感のないその屋内は、まるでこの村の諦めの象徴のようにセノンは感じた。
「昔はそういうこともしていたようですが、すぐに無意味だと判りました。若い娘でなければ竜は満足しませんし、討伐者ではなにか竜の機嫌を損ねるのか、それとも厳しい旅生活を送ると村の娘に比べて味でも落ちるのか、喰われても再来期間は変わらなかったようです」
もっとも、竜の機嫌を損ねるほどに竜と戦える討伐者はほとんどいなかったようですが、と男は付け加えた。
「…それにどうやら、竜はこの村の娘を特別好んでいるようです。どうやら、嗜好品として竜の口に合ってしまったようで」
男は自嘲気味に呟く。
セノンはその言葉を聞き、思わず立ち上がって男に詰め寄った。
「それで、いいんですか!?いくら犠牲者が少なく済むからって、村の女性を…!」
「少なくとも、これを繰り返していれば村が滅ぶことはありません。竜も私たちが滅びないよう、襲来するペースを適度に落としている様子が最近は見受けられます」
先ほどの嗜好品という言葉と合わせて、養殖場、という言葉がセノンの頭に浮かんだ。
セノンは頭を振って、その嫌な考えを頭から振り払う。
「…次の犠牲者は、マルー・メノエという人ですか?」
そしてポツリと、村のはずれで出会った少女の名前をこぼす。
その名前がセノンの口から出たことに、男は驚きを見せた。
カイオも僅かに目を見開いている。
「どうして、あの娘の名を…?」
「村はずれで歌っているところを、たまたま目撃しました。その時に教えてもらったんです」
どこか悲し気な歌声を思い返しながら、セノンは言葉を続ける。
「こんなの、間違ってます。人が村のために犠牲になるなんて、その人の家族がどれだけ悲しむか…」
「彼女の母親は、もういません。十五年前に竜にその身を捧げました。…そしてあの子の父親は、もうすでに諦めています」
セノンの感情的な声に、変わらず男は無感情な声で応えた。
だが、男のどこかそれまでと違う声に、セノンは違和感を覚えた。
そして改めて男の顔を見たセノンは、言葉を失った。
いつの間にか、男は静かに涙を流している。
「…十五年前に妻を失い絶望した私は、娘を連れて村から逃げ出すことも出来ませんでした」
男…マルーの父親はそう言いながら、涙を流し続けた。
「今思えば、万が一の可能性にかけてでも、それで村が滅んだとしても、逃げるべきだったのかもしれません…失敗したとしても、何も分からないうちに娘を楽にしてあげるべきだったのかもしれません」
その言葉には先ほどまで同様、感情がこもっていなかった。
しかしその声は先ほどまでとわずかに異なり、無感情なのではなく、感情を押し殺しているのだという事が感じ取れた。
セノンには、それがはっきりと分かった。
その様子に、もはやセノンは何も言うことが出来なかった。
黙り込んだセノンに代わり、カイオが問いかける。
「次の襲撃はいつなのか、分かっているのですか?」
「…これまでの傾向と記録から考えて、恐らくは長くても一年以内、早ければ半年以内かと。ただ確証はありませんので、あなた方も早めにこの村を離れたほうがいいでしょう。万が一、あなた方が襲われないとも限りません」
男は冷静に答えたあと、顔を俯かせながら頭を振る。
顔を上げると、もう涙は止まっていた。
「お気遣い、感謝します」
「…あとは、この辺りの地域や魔獣の情報でしたね。そちらも今、お教えします」
その後は周辺情報を教えてもらい、話は終わった。
セノンもカイオも、それ以上竜のことに触れることはなかった。
ただ確認した当初の目的地は現在地からかなり離れており、今からでは暗くなる前に到着することはとても出来そうになかった。
かといって、これから近隣の街まで戻るのも非常に手間だ。
そのため、男の気遣いで今日はこの村に泊めてもらうこととなった。
今となってはほとんど村を訪れる者もいないが、少し前までは名を上げようと竜討伐を目指して来る討伐者が一定数いたらしい。
そのため、現在はほとんど機能はしておらず普段は誰もいないが、一応村の中には宿泊施設があった。
そこを好きに使ってよいと言われ、セノンとカイオはひとまずそちらへ向かうことにした。
鍵も既に男から受け取っている。
「…」
宿に向かう道すがら、セノンは沈んだ表情をしていた。
何を考えているかは明白で、カイオが声を掛ける。
「セノン様、貴方の考えていることは分かります。人に害を及ぼす竜など、可能であればすぐに討伐してしまうべきです」
「…うん」
「ですが、話を聞く限り竜の強さは尋常ではありません。いくらセノン様と私といえど、為すすべもなく敗れる可能性は高いです」
「うん。分かってる…」
セノンは歩きながら頷く。
頭では理解出来ていても、心で納得出来ていない様子が明らかだ。
「気になるようでしたら、半年経つ前に改めてこの村を再訪しましょう。セノン様の才能なら、半年足らずで竜を殺せるだけの実力を身につけられるかもしれません」
「でも、それより早く竜が来るかもしれない」
すぐに返されたセノンの言葉に、カイオは溜息をつく。
セノンが犠牲となる少女と話したというのは、先程もセノン自身が話していた。
情の深いセノンの心情を考え、カイオは憂いた。
「例の少女を、死なせたくないのですか?」
「…彼女、無理してた。ずっと不安で怖いのを、無理やり笑ってる感じだった。あんな顔見ちゃったら、なかなか忘れられないよ」
セノンは顔を歪める。
話を聞いた後に少女の表情を思い返すと、やりきれない気持ちを誤魔化すことが出来なくなっていた。
「ですが…」
「分かってるよ、勝ち目が薄いことぐらい。悪いのは、理想を叶えるのに実力が足りていない、僕自身だ…だからちょっと、今すぐ助けてあげられないのが悔しかっただけ。僕だって、犬死にするつもりはないよ」
そう言って、セノンは無理やり笑って見せた。
「それなら、良いですが…」
「とりあえず、ちょっと休もう。今日はあんまり戦ってないけど、歩き詰めで疲れちゃった」
言葉と共にセノンとカイオは宿に到着し、鍵を開け中に入る。
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