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10話 犠牲と約束
7.優先順位
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翌朝セノンとカイオは目覚めると、身支度を整えてマルーの父親を尋ねた。
そして竜の討伐を行うために、いくつかのことをお願いする。
父親は最初は多少ためらっていたものの、セノンの説得とカイオの交渉により協力を取り付けることに成功する。
その後は討伐の可能性を少しでも上げられるよう、準備を進める。
相手が相手だけに、どれだけ警戒しても警戒しすぎになることはない。
ただ、あまり時間はかけられない。
村の住民によると、ここ何週間かは竜が活動している気配がなく、おそらく休眠期に入っているのではないかとのことなのだ。
上手くやれば寝込みを襲撃したり、寝起きで態勢の整っていない状態での交戦を狙えるかもしれない。
そのためには、可能な限り急ぐべきだ。
どうせ、今からやれることはそこまで多くない。
準備を進めながら、セノンとカイオは会話をする。
「ひとつ、約束してください。危険な状況になれば、無理をせずにすぐに退くと」
「分かってる。僕も命を無駄にしたいわけじゃないから、それは約束する」
セノンのはっきりとした返事に、しかしカイオは安心しない。
「必ずですよ。私が指示をしたら、躊躇せず退いてください。セノン様は熱くなると周りが見えなくなるので、とても心配です。私の指示を聞き逃さないよう、聴覚は常に研ぎ澄ませておいてください」
「分かったってば…」
口うるさい保護者のようなことを言うカイオに若干辟易しながら、セノンはそれでも返事をする。
自分のことを心配してくれているのだということは、痛いほど伝わってくる。
「…カイオはさ、この村の人たち…どう思った?」
作業の手を止めないまま、突如セノンはカイオにそう問いかけた。
要領を得ない問いかけに、カイオは僅かに眉をひそめた。
「どう、とは?」
「僕は正直、嫌な村だって思ったんだ。…みんな諦めてて、この状況をどうしようもないことだって受け入れてる」
カイオは作業の手を少し止め、セノンの方を見る。
セノンがこんな風に、直接危害を加えられたわけでもない相手への悪感情を口に出すのは、珍しい。
「仕方のない事だとは思いますが。竜なんて、討伐者でもない住民にとっては災害に等しい存在です。身を潜めて、被害が可能な限り少なくなるのを祈るしかないでしょう」
カイオは冷静に、そう答えた。
カイオ自身に特別な感情はなく、あくまで一般的な感覚での回答ではあった。
「それでも、被害をなくすためにやれることはなんだってある筈だよ。それで生贄にされる方は、たまったもんじゃない。昔とは状況だって変わってる筈なのに、あがくこともせずただ嘆くだけだ」
しかしカイオの何気ない言葉に、セノンはむっとした様子を見せた。
言い返す言葉も、どことなく乱暴だ。
「それは、貴方があがくだけの力を持っているから言えることです。力を持たない人たちにそれを求めるは、少々酷かもしれません」
「ああ、そうかもね。…だから僕が、力のない人の分まで魔獣を倒すんだ。僕には僕の、人には人のやるべきことがある」
再び返された苛立ち交じりの声に、カイオは眉をひそめる。
言外に、やるべきことをやっていない人がいると言っているようなものだ。
「…何をそんなに怒っているのですか?あの父親が協力を一度渋ったことが、そんなに腹に据えかねたのですか?」
セノンはその言葉に、マルーの父親に竜討伐の話を持ち掛けたときの、彼の表情を思い返す。
明らかに訝しみ、戸惑っていた。
最終的には協力を取り付けたが、最後まで歓迎しているような様子ではなかった。
振り返ってみればあの時から、セノンの機嫌は悪い。
「だって父親なら!娘の幸福を願って当然じゃないか!助けて欲しいって、そう願うのがそんなにいけないことなの!?助けたいって思うのが、そんなにおかしいことなのか!?」
セノンは声を荒げる。
セノンは孤児で、物心つく前に孤児院の傍に捨てられていたという。
孤児院での出会いは温かく優しい人ばかりで、寂しい思いをしたことはほぼないと言うことだったが、時折セノンは親子というものに夢を見ているような節があった。
そんな彼からすれば、父親のあの態度には、納得出来ないものがあったのだろう。
「…セノン様。彼は少女の父親である前に、人の親です」
怒りを滲ませるセノンに、カイオは静かに語りかけ始めた。
「そして貴方は、あの娘より年若い、はっきり言ってまだ子供です。…他人とはいえ、子供を危険な目に合わせることを歓迎する親は、いません」
カイオの指摘に、セノンははっとしたように、驚きで目を見開いた。
そして毒気を抜かれたように怒りをしぼませ、一転して罰の悪そうな表情を浮かべる。
「…そうかもしれない、ね…ごめん、ちょっと言い過ぎたかも…」
「お気になさらず。…正直、父親のあの気持ちも、私には分からなくはないのです」
カイオはポツリと、小さく呟く。
先ほどから、カイオがセノンを見る目には保護者としての眼差しが色濃く混じっていた。
しかしその意図的に小さな呟きは、セノンの耳には届かない。
「え?なに?」
「いえ、何も。しかし、妙にあの親子を気にしますね?」
「まあ…」
「ああ、ひょっとして気にしているのは娘の方ですか。随分と綺麗な女性でしたからね」
カイオの何気ない言葉に、セノンが大きく衝撃を受けた。
いつの間にか、マルーのことをどこかで見かけていたらしい。
セノンは思わず、持っていた本を取り落す。
「な、何言って…別にそんなんじゃ…!」
「あれだけ魅力的なら、まあ体を張りたくなるのも仕方ありませんね。どうします?竜を討伐したことで、彼女から好意を寄せられたら」
凶悪な魔獣から命を張って助けてくれた、若く見た目も悪く無い討伐者が相手なら、心動かされてもおかしくはない。
あくまで一般論ではあったが、その指摘にセノンはひどく狼狽えて目を泳がせた。
近くはないが遠くもない回答を、セノンは既に少女から与えられていた。
「そっ、そんなこと、ある訳…ない、よ…?」
「どうですかね。身の振り方を考えておくべきでは?そうしたら私は、お役御免になるかもしれませんね」
セノンのそんな様子に何かを察したのかしていないのか、カイオがどことなく淡泊な言葉を投げかける。
それに対し、セノンは顔を伏せ暫し黙った。
だがやがて小さく、しかしはっきりと呟いた。
「…少なくとも、カイオより優先することはないよ」
その言葉に、今度はカイオが黙った。
しかしすぐに、セノンの目を見つめながら朗らかに微笑む。
「嬉しいことを仰って下さいますね。何はともあれ、全ては討伐を終えた後の事です。まずは竜の討伐に全力を尽くしましょう」
「…うん、そうだね」
今更ながら恥ずかしいことを言ったと思い至ったのか、赤くなりながらセノンは頷いた。
まだ、準備するべきことは残っている。
セノンは落とした本を、改めて拾いなおした。
そして竜の討伐を行うために、いくつかのことをお願いする。
父親は最初は多少ためらっていたものの、セノンの説得とカイオの交渉により協力を取り付けることに成功する。
その後は討伐の可能性を少しでも上げられるよう、準備を進める。
相手が相手だけに、どれだけ警戒しても警戒しすぎになることはない。
ただ、あまり時間はかけられない。
村の住民によると、ここ何週間かは竜が活動している気配がなく、おそらく休眠期に入っているのではないかとのことなのだ。
上手くやれば寝込みを襲撃したり、寝起きで態勢の整っていない状態での交戦を狙えるかもしれない。
そのためには、可能な限り急ぐべきだ。
どうせ、今からやれることはそこまで多くない。
準備を進めながら、セノンとカイオは会話をする。
「ひとつ、約束してください。危険な状況になれば、無理をせずにすぐに退くと」
「分かってる。僕も命を無駄にしたいわけじゃないから、それは約束する」
セノンのはっきりとした返事に、しかしカイオは安心しない。
「必ずですよ。私が指示をしたら、躊躇せず退いてください。セノン様は熱くなると周りが見えなくなるので、とても心配です。私の指示を聞き逃さないよう、聴覚は常に研ぎ澄ませておいてください」
「分かったってば…」
口うるさい保護者のようなことを言うカイオに若干辟易しながら、セノンはそれでも返事をする。
自分のことを心配してくれているのだということは、痛いほど伝わってくる。
「…カイオはさ、この村の人たち…どう思った?」
作業の手を止めないまま、突如セノンはカイオにそう問いかけた。
要領を得ない問いかけに、カイオは僅かに眉をひそめた。
「どう、とは?」
「僕は正直、嫌な村だって思ったんだ。…みんな諦めてて、この状況をどうしようもないことだって受け入れてる」
カイオは作業の手を少し止め、セノンの方を見る。
セノンがこんな風に、直接危害を加えられたわけでもない相手への悪感情を口に出すのは、珍しい。
「仕方のない事だとは思いますが。竜なんて、討伐者でもない住民にとっては災害に等しい存在です。身を潜めて、被害が可能な限り少なくなるのを祈るしかないでしょう」
カイオは冷静に、そう答えた。
カイオ自身に特別な感情はなく、あくまで一般的な感覚での回答ではあった。
「それでも、被害をなくすためにやれることはなんだってある筈だよ。それで生贄にされる方は、たまったもんじゃない。昔とは状況だって変わってる筈なのに、あがくこともせずただ嘆くだけだ」
しかしカイオの何気ない言葉に、セノンはむっとした様子を見せた。
言い返す言葉も、どことなく乱暴だ。
「それは、貴方があがくだけの力を持っているから言えることです。力を持たない人たちにそれを求めるは、少々酷かもしれません」
「ああ、そうかもね。…だから僕が、力のない人の分まで魔獣を倒すんだ。僕には僕の、人には人のやるべきことがある」
再び返された苛立ち交じりの声に、カイオは眉をひそめる。
言外に、やるべきことをやっていない人がいると言っているようなものだ。
「…何をそんなに怒っているのですか?あの父親が協力を一度渋ったことが、そんなに腹に据えかねたのですか?」
セノンはその言葉に、マルーの父親に竜討伐の話を持ち掛けたときの、彼の表情を思い返す。
明らかに訝しみ、戸惑っていた。
最終的には協力を取り付けたが、最後まで歓迎しているような様子ではなかった。
振り返ってみればあの時から、セノンの機嫌は悪い。
「だって父親なら!娘の幸福を願って当然じゃないか!助けて欲しいって、そう願うのがそんなにいけないことなの!?助けたいって思うのが、そんなにおかしいことなのか!?」
セノンは声を荒げる。
セノンは孤児で、物心つく前に孤児院の傍に捨てられていたという。
孤児院での出会いは温かく優しい人ばかりで、寂しい思いをしたことはほぼないと言うことだったが、時折セノンは親子というものに夢を見ているような節があった。
そんな彼からすれば、父親のあの態度には、納得出来ないものがあったのだろう。
「…セノン様。彼は少女の父親である前に、人の親です」
怒りを滲ませるセノンに、カイオは静かに語りかけ始めた。
「そして貴方は、あの娘より年若い、はっきり言ってまだ子供です。…他人とはいえ、子供を危険な目に合わせることを歓迎する親は、いません」
カイオの指摘に、セノンははっとしたように、驚きで目を見開いた。
そして毒気を抜かれたように怒りをしぼませ、一転して罰の悪そうな表情を浮かべる。
「…そうかもしれない、ね…ごめん、ちょっと言い過ぎたかも…」
「お気になさらず。…正直、父親のあの気持ちも、私には分からなくはないのです」
カイオはポツリと、小さく呟く。
先ほどから、カイオがセノンを見る目には保護者としての眼差しが色濃く混じっていた。
しかしその意図的に小さな呟きは、セノンの耳には届かない。
「え?なに?」
「いえ、何も。しかし、妙にあの親子を気にしますね?」
「まあ…」
「ああ、ひょっとして気にしているのは娘の方ですか。随分と綺麗な女性でしたからね」
カイオの何気ない言葉に、セノンが大きく衝撃を受けた。
いつの間にか、マルーのことをどこかで見かけていたらしい。
セノンは思わず、持っていた本を取り落す。
「な、何言って…別にそんなんじゃ…!」
「あれだけ魅力的なら、まあ体を張りたくなるのも仕方ありませんね。どうします?竜を討伐したことで、彼女から好意を寄せられたら」
凶悪な魔獣から命を張って助けてくれた、若く見た目も悪く無い討伐者が相手なら、心動かされてもおかしくはない。
あくまで一般論ではあったが、その指摘にセノンはひどく狼狽えて目を泳がせた。
近くはないが遠くもない回答を、セノンは既に少女から与えられていた。
「そっ、そんなこと、ある訳…ない、よ…?」
「どうですかね。身の振り方を考えておくべきでは?そうしたら私は、お役御免になるかもしれませんね」
セノンのそんな様子に何かを察したのかしていないのか、カイオがどことなく淡泊な言葉を投げかける。
それに対し、セノンは顔を伏せ暫し黙った。
だがやがて小さく、しかしはっきりと呟いた。
「…少なくとも、カイオより優先することはないよ」
その言葉に、今度はカイオが黙った。
しかしすぐに、セノンの目を見つめながら朗らかに微笑む。
「嬉しいことを仰って下さいますね。何はともあれ、全ては討伐を終えた後の事です。まずは竜の討伐に全力を尽くしましょう」
「…うん、そうだね」
今更ながら恥ずかしいことを言ったと思い至ったのか、赤くなりながらセノンは頷いた。
まだ、準備するべきことは残っている。
セノンは落とした本を、改めて拾いなおした。
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