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10話 犠牲と約束
8.激突
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竜は住処としている険しい岩山に何者かが入り込んできたことを感じ取り、閉じていた瞼を開いた。
鎌首を持ち上げて侵入者の気配を探ると、まだ距離は離れているが数人の人間が近づいてきているのを察知する。
竜の住処である山に直接人がやってくるのは、久方ぶりのことだ。
普段竜は山の中の住処で過ごしており、時折気まぐれに人の住む麓の村に下りて人を食らう。
その際、住民の方が勝手に歌う娘を生贄として差し出すのだ。
歌う娘は例外なく、魔力が豊富で味が良い。
そして竜はそれを食らい、満足すると山へとまた帰る。
つまりわざわざここまで来ているのは生贄ではなく、竜を滅ぼそうとするものだ。
竜には今までの経験でそれが分かっていた。
だから竜は、眠りを邪魔された苛立ちと愚かな敵対者への威嚇を込めて、大音声で咆哮した。
そのまま、侵入者をまとめて食い殺してやろうと翼を広げ、寝床から飛び立った。
体長十メートル、体高三メートルほどの巨体が空を舞う。
飛翔し気配の方に自ら接近すると、いつの間にか気配は二手に分かれていた。
今の咆哮に恐れをなしたのか、一方は竜から離れるように動いている。
離れた方から仕留めようかと竜が考えたところで、近くに留まったままの方の気配が歌を歌い始めた。
それは生贄の証である、古い歌だ。
そのことにすぐさま気が付いた竜は、途端に逃げ出したほうに興味を失う。
そして、歌う侵入者に狙いを定めた。
その居場所は、最初に気配を感じ取った場所からほとんど動いていない。
その場所に辿り着くと、獲物を誤って踏み殺さないように、竜は少し離れた場所に地響きを立てて着地する。
人間は、生きたまま食らうのが最も美味いと竜は考えていた。
竜が近くに四足で降り立つと、当然だが歌っているのは若い娘だった。
その娘はスカートが汚れるのも構わずその場に跪き、目を閉じて一心不乱に歌っている。
娘は恐怖からか体を震わせていたが、その歌声は美しく、淀みがない。
その娘が高い魔力を有していることが、竜にはすぐ分かった。
よっぽど魔力が高いのだろう、その娘が纏う濃厚な魔力の気配は竜の食指を大いにそそった。
ただ食らいつける距離に近づくためにゆっくりと歩を進め始めたところで、逃げ出した方の気配が案外近くで身を潜めていることを竜は察知した。
気配は身を隠しており、竜のいる場所から姿は見えない。
どうやら逃げ出したわけではなく、離れたところから竜の様子を伺いつつ魔法を構築しているようだ。
だが竜は、その存在を無視して歩き続けた。
捕食する無防備な瞬間を狙っているのかもしれないが、奇襲をかけるには距離が遠すぎる。
動き出したら竜はすぐに察知して反応できるだろう。
魔法などの遠距離攻撃を持っているのだとしても、来る方向が分かっていれば対処は容易い。
それよりもまず、目の前のとびきり美味そうな獲物を食いつくすことが先決だ。
ここまでくれば邪魔されるより食う方が圧倒的に早いし、その直後に仕掛けてくるなら食後の運動に蹴散らしてやればいい。
そう考えて鋭利で巨大な牙の生え揃う咢を開き、すぐ傍まで近づいた娘の頭を噛み砕こうと首を伸ばす。
そして次の瞬間、竜の五感は消失した。
◆
「セノン様!今です!」
女物の服を身に着けたカイオは、目前に迫る竜に、自身最高最大の幻惑魔法をかけることに成功した。
そしてセノンに合図を送りながら、竜の咢から体を逃れさせる。
魔力のほとんどを今の魔法に注ぎ込んだため、その顔からは急激に血の気が失せていた。
膨大な魔力を無理やりに制御した影響か体はがくがくと震え、手足がうまく言うことを聞かない。
「っ!!」
カイオの声に反応したセノンは、隠れていた物陰から飛び出した。
事前に身体強化を済ませていたため、そのまま一気に竜へと駆ける。
強化された驚異的な脚力であっという間に加速し、さながら砲弾のように竜に向かい突撃する。
竜の強靭な鱗と肉体を切り裂くことは、最大限身体強化したセノンでも容易ではない。
首を落とすのはほぼ不可能だ。
かといって頭を砕くのも、分厚い頭蓋骨に阻まれ出来そうにない。
(だから、狙うは心臓…!)
既に鞘から抜いていた剣を腰だめにしっかりと固定し、セノンは踏み出す足で地面を蹴り砕くくらいのつもりで、足に力を込める。
竜を一撃で殺せる可能性があるとしたら、ギリギリまで身体強化したセノンの疾走を乗せた、心臓への刺突のみ。
だから、捨て身でほぼ体当たり同然の勢いで、とにかく前へ前へと突き進む。
この一見すると遠すぎる距離も、十分な加速を得るためだ。
今のところすべて、カイオの狙い通りに進んでいる。
セノンはギリギリまで竜の体の構造を頭に叩き込み、確実に心臓が狙えるようカイオから指導を受けていた。
これも、マルーの父親から借り受けた竜の外見についての記録のおかげだ。
(あとは頼んだ、カイオ…!)
だが今の竜は突如起きた自らの身に起きたことが理解できていないのか、腹と胸を下にし、首をカイオに向け伸ばした姿勢のままで硬直している。
このままでは、当然心臓は狙えない。
胸の下に潜り込もうとすれば疾走の勢いは削がれるし、背中から心臓を狙おうにも翼や背骨に邪魔をされやすい。
しかしこの状況も、カイオが想定していた状況だ。
だからセノンには、とにかく全力での突撃しか指示がされていない。
カイオも、合図を出した次の瞬間には既に素早く動いている。
「動きにくいですね、この格好は…!」
カイオは悪態をつきながら、長いスカートの中に器用に隠していた洋剣の柄を握る。
そしてスカートを切り裂きつつ抜剣すると、洋剣を両手で逆手に握り竜の右目に突き刺した。
あわよくばそのまま脳を損傷させることを狙ったが、それは予想通り竜の分厚い眼窩骨により阻まれた。
「ッ!?ギアアアアァァァァァ!!?」
カイオのかけた幻惑魔法は竜の五感を封じたが、痛覚は阻害していない。
だから竜は突如差し込まれた激痛に咆哮し、反射的にその身を仰け反らせた。
カイオはそのことを予想しており、折られる前に素早く剣を引き抜く。
その姿勢の変化により、当然胸部も二人の眼前に晒される。
「…喰ら、えっ!!」
そこへ、加速しきったセノンが飛び込んだ。
数メートル手前で跳躍し、竜の胸へと全身でぶつかりながら刃を突き立てる。
剣先はあっさりと竜の鱗を貫き、剣身は根元まで竜の体に埋まった。
鎌首を持ち上げて侵入者の気配を探ると、まだ距離は離れているが数人の人間が近づいてきているのを察知する。
竜の住処である山に直接人がやってくるのは、久方ぶりのことだ。
普段竜は山の中の住処で過ごしており、時折気まぐれに人の住む麓の村に下りて人を食らう。
その際、住民の方が勝手に歌う娘を生贄として差し出すのだ。
歌う娘は例外なく、魔力が豊富で味が良い。
そして竜はそれを食らい、満足すると山へとまた帰る。
つまりわざわざここまで来ているのは生贄ではなく、竜を滅ぼそうとするものだ。
竜には今までの経験でそれが分かっていた。
だから竜は、眠りを邪魔された苛立ちと愚かな敵対者への威嚇を込めて、大音声で咆哮した。
そのまま、侵入者をまとめて食い殺してやろうと翼を広げ、寝床から飛び立った。
体長十メートル、体高三メートルほどの巨体が空を舞う。
飛翔し気配の方に自ら接近すると、いつの間にか気配は二手に分かれていた。
今の咆哮に恐れをなしたのか、一方は竜から離れるように動いている。
離れた方から仕留めようかと竜が考えたところで、近くに留まったままの方の気配が歌を歌い始めた。
それは生贄の証である、古い歌だ。
そのことにすぐさま気が付いた竜は、途端に逃げ出したほうに興味を失う。
そして、歌う侵入者に狙いを定めた。
その居場所は、最初に気配を感じ取った場所からほとんど動いていない。
その場所に辿り着くと、獲物を誤って踏み殺さないように、竜は少し離れた場所に地響きを立てて着地する。
人間は、生きたまま食らうのが最も美味いと竜は考えていた。
竜が近くに四足で降り立つと、当然だが歌っているのは若い娘だった。
その娘はスカートが汚れるのも構わずその場に跪き、目を閉じて一心不乱に歌っている。
娘は恐怖からか体を震わせていたが、その歌声は美しく、淀みがない。
その娘が高い魔力を有していることが、竜にはすぐ分かった。
よっぽど魔力が高いのだろう、その娘が纏う濃厚な魔力の気配は竜の食指を大いにそそった。
ただ食らいつける距離に近づくためにゆっくりと歩を進め始めたところで、逃げ出した方の気配が案外近くで身を潜めていることを竜は察知した。
気配は身を隠しており、竜のいる場所から姿は見えない。
どうやら逃げ出したわけではなく、離れたところから竜の様子を伺いつつ魔法を構築しているようだ。
だが竜は、その存在を無視して歩き続けた。
捕食する無防備な瞬間を狙っているのかもしれないが、奇襲をかけるには距離が遠すぎる。
動き出したら竜はすぐに察知して反応できるだろう。
魔法などの遠距離攻撃を持っているのだとしても、来る方向が分かっていれば対処は容易い。
それよりもまず、目の前のとびきり美味そうな獲物を食いつくすことが先決だ。
ここまでくれば邪魔されるより食う方が圧倒的に早いし、その直後に仕掛けてくるなら食後の運動に蹴散らしてやればいい。
そう考えて鋭利で巨大な牙の生え揃う咢を開き、すぐ傍まで近づいた娘の頭を噛み砕こうと首を伸ばす。
そして次の瞬間、竜の五感は消失した。
◆
「セノン様!今です!」
女物の服を身に着けたカイオは、目前に迫る竜に、自身最高最大の幻惑魔法をかけることに成功した。
そしてセノンに合図を送りながら、竜の咢から体を逃れさせる。
魔力のほとんどを今の魔法に注ぎ込んだため、その顔からは急激に血の気が失せていた。
膨大な魔力を無理やりに制御した影響か体はがくがくと震え、手足がうまく言うことを聞かない。
「っ!!」
カイオの声に反応したセノンは、隠れていた物陰から飛び出した。
事前に身体強化を済ませていたため、そのまま一気に竜へと駆ける。
強化された驚異的な脚力であっという間に加速し、さながら砲弾のように竜に向かい突撃する。
竜の強靭な鱗と肉体を切り裂くことは、最大限身体強化したセノンでも容易ではない。
首を落とすのはほぼ不可能だ。
かといって頭を砕くのも、分厚い頭蓋骨に阻まれ出来そうにない。
(だから、狙うは心臓…!)
既に鞘から抜いていた剣を腰だめにしっかりと固定し、セノンは踏み出す足で地面を蹴り砕くくらいのつもりで、足に力を込める。
竜を一撃で殺せる可能性があるとしたら、ギリギリまで身体強化したセノンの疾走を乗せた、心臓への刺突のみ。
だから、捨て身でほぼ体当たり同然の勢いで、とにかく前へ前へと突き進む。
この一見すると遠すぎる距離も、十分な加速を得るためだ。
今のところすべて、カイオの狙い通りに進んでいる。
セノンはギリギリまで竜の体の構造を頭に叩き込み、確実に心臓が狙えるようカイオから指導を受けていた。
これも、マルーの父親から借り受けた竜の外見についての記録のおかげだ。
(あとは頼んだ、カイオ…!)
だが今の竜は突如起きた自らの身に起きたことが理解できていないのか、腹と胸を下にし、首をカイオに向け伸ばした姿勢のままで硬直している。
このままでは、当然心臓は狙えない。
胸の下に潜り込もうとすれば疾走の勢いは削がれるし、背中から心臓を狙おうにも翼や背骨に邪魔をされやすい。
しかしこの状況も、カイオが想定していた状況だ。
だからセノンには、とにかく全力での突撃しか指示がされていない。
カイオも、合図を出した次の瞬間には既に素早く動いている。
「動きにくいですね、この格好は…!」
カイオは悪態をつきながら、長いスカートの中に器用に隠していた洋剣の柄を握る。
そしてスカートを切り裂きつつ抜剣すると、洋剣を両手で逆手に握り竜の右目に突き刺した。
あわよくばそのまま脳を損傷させることを狙ったが、それは予想通り竜の分厚い眼窩骨により阻まれた。
「ッ!?ギアアアアァァァァァ!!?」
カイオのかけた幻惑魔法は竜の五感を封じたが、痛覚は阻害していない。
だから竜は突如差し込まれた激痛に咆哮し、反射的にその身を仰け反らせた。
カイオはそのことを予想しており、折られる前に素早く剣を引き抜く。
その姿勢の変化により、当然胸部も二人の眼前に晒される。
「…喰ら、えっ!!」
そこへ、加速しきったセノンが飛び込んだ。
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