81 / 103
10話 犠牲と約束
10.失態
しおりを挟む
「――セノン様、もう十分です。ここなら竜にも気づかれないでしょう」
「…ぅえっ!?あ、うん…!」
走りながら思案していたセノンは、抱きかかえたカイオが自らにそう呼びかけているのに気付く。
すぐに速度を落とし、足を止めた。
そのままカイオを地面に下ろすと、自分はどさりとその場に腰を下ろした。
疲労と緊張からの解放、悔しさ等が絡み合い、思わず座り込んでしまった。
顔を伏せ、うなだれる。
「随分と、ぞんざいでしたね」
その様子を見て、カイオがいつもの何気ない声で先ほどの戦闘について指摘してくる。
セノンは顔を上げられない。
せっかくカイオが身を挺して生贄の身代わりとなり、大きなチャンスを作ってくれたのにそれに応えられなかった。
その後もミスを取り返そうと躍起になり、魔法の反動で身動きの取れないカイオを放ったまま、指示に背いた。
挙句の果てに、間一髪死にかけた。
あそこでセノンが戦闘不能になれば、カイオも為すすべなく竜の餌食になっていたことは想像に難くない。
「…その通りだ、ごめん。全部、僕のせいだ…僕がもっと上手くやってれば、竜を倒せてたのに」
「何のことです?ぞんざいだと言ったのは、私の抱きかかえ方のことです」
カイオの言葉に、セノンは思わず顔を上げた。
カイオの顔を見ても、いつも通りの涼しい表情だ。
「…は?」
「動きにくいところを助けて頂けたのは感謝しています。ですが、体に力が入らないのですからもう少し丁寧に扱って頂きたかったです」
予想外のことを責めてくるカイオに、ついセノンは怪訝な表情をしてしまった。
いやそうじゃなくて、と訂正するべく口を挟む。
「いや、そんな事より…僕が竜への初撃を外して、その後も…」
「そんな事とは何ですか。私の体を乱暴に扱ったのはセノン様でしょう」
自らのミスを告げるセノンを遮って、カイオは不満げな声色で言い募る。
結構痛かったのですよ、と続けると自らの肩に触れる。
そこが痛むらしい。
「えっと…それも、まあ…ごめん…?」
「まあ良いでしょう。次からは気を付けて下さい」
困惑するセノンにそう告げると、カイオはセノンの隣に腰を下ろした。
カイオに促され、セノンは荷物の中から魔力補給用の魔法薬を取り出しカイオに渡す。
非常に高価な割に劇的な効き目があるものではなく、たちまちに魔力が回復するものではない。
正直、しっかり身を休めてながら仮眠を取った方がよっぽど魔力回復できる。
だが今の状況だと、そのわずかな効果ですら軽視できない。
カイオは瓶の封を開け、中の液体を一息に飲み干した。
すると遠くの方から、微かに竜の遠吠えが聞こえてくる。
その様子から、竜がこちらを追跡しようとしている意思を感じ取った。
あれだけ大規模な魔法を行使したカイオは、竜からは大層魅力的な獲物に見えているはずだ。
なので、放っておいても暫くは追いかけてきてくれるだろう。
かなり離れているため、しばらくは身を休めることが出来そうだと、セノンは判断する。
カイオにそのことを告げ、しばし二人で息を整えることにした。
やがてぽつぽつと、カイオが話し始める。
「…実際のところ、あんな無茶な一撃を完璧に成功させるのは奇跡に近いです。心臓は外していても、肺か何かの内臓は傷つけて痛打は与えているはずです。それで成果は上々でしょう」
投げ出されたセノンの手を取り握りながら、カイオはセノンに過失はないと、そう説明する。
こちらの手に触れてきたのも、きっと落ち込むセノンを元気づけるつもりだったのだろう。
しかしセノンはそれよりも、自分に触れたカイオの指の感触が気にかかった。
「…体の調子、どう?」
急激に魔力を消費し、魔力欠乏のために血の気の失せたカイオの手は驚くほど冷たく、セノンはそれが心苦しかった。
カイオは平気そうにしているが、本来扱いうる量を大幅に超えた魔力制御は、かなりの負担をカイオに強いた筈だ。
「思ったよりも、影響が大きかったですね。あそこまで足に来るとは思いませんでした。助けに来て下さって、ありがとうございます」
「そんなの、当たり前だよ。…それより、まだきつい?大丈夫そう?」
「次第に体に力は入るようになってきましたし、もう少し休めば大丈夫でしょう…私が自身でこうするべきだと判断したのですから、そのような顔をしないでください」
カイオは事前に得た村の記録から、竜が火竜であり炎に強い耐性を持つと見切りをつけていた。
そのため火炎魔法は役に立たないと判断し、竜の強力な魔力耐性を破るためにありったけの魔力を最初の幻惑魔法に込めた。
それ以外にも竜を欺くために村に伝わる歌を短時間で覚え、セノンへと竜との闘い方も教授した。
それもすべて、竜討伐の成功率を高めるためだ。
しかしセノンは失敗し、その後もカイオの気遣いを無下にするかの如く無茶をした。
だがカイオは、それを意に介さない。ただ一つだけ、要望を口にした。
「ですが少し、寒いですね。…温めて、下さいますか?」
「…ん」
セノンは小さく返事をすると、カイオの手を握り返す。
カイオが反対の手も伸ばしてくるのに気づき、両手でカイオの手を握りさすった。
どちらの手も、ひどく冷たい。
「何でしたら、いつぞやのように抱きしめて温めてくれても構いませんよ?」
「…カイオがそうしろって、言うなら…」
「冗談です。対価はすでに昨晩いただいていますし、そこまで体は冷え切っていません」
セノンがもごもごと口ごもるのに対し、カイオは満足げにそう告げた。
カイオがこの調子ならそこまで心配しなくても大丈夫そうだと、セノンは少し安心した。
「…ぅえっ!?あ、うん…!」
走りながら思案していたセノンは、抱きかかえたカイオが自らにそう呼びかけているのに気付く。
すぐに速度を落とし、足を止めた。
そのままカイオを地面に下ろすと、自分はどさりとその場に腰を下ろした。
疲労と緊張からの解放、悔しさ等が絡み合い、思わず座り込んでしまった。
顔を伏せ、うなだれる。
「随分と、ぞんざいでしたね」
その様子を見て、カイオがいつもの何気ない声で先ほどの戦闘について指摘してくる。
セノンは顔を上げられない。
せっかくカイオが身を挺して生贄の身代わりとなり、大きなチャンスを作ってくれたのにそれに応えられなかった。
その後もミスを取り返そうと躍起になり、魔法の反動で身動きの取れないカイオを放ったまま、指示に背いた。
挙句の果てに、間一髪死にかけた。
あそこでセノンが戦闘不能になれば、カイオも為すすべなく竜の餌食になっていたことは想像に難くない。
「…その通りだ、ごめん。全部、僕のせいだ…僕がもっと上手くやってれば、竜を倒せてたのに」
「何のことです?ぞんざいだと言ったのは、私の抱きかかえ方のことです」
カイオの言葉に、セノンは思わず顔を上げた。
カイオの顔を見ても、いつも通りの涼しい表情だ。
「…は?」
「動きにくいところを助けて頂けたのは感謝しています。ですが、体に力が入らないのですからもう少し丁寧に扱って頂きたかったです」
予想外のことを責めてくるカイオに、ついセノンは怪訝な表情をしてしまった。
いやそうじゃなくて、と訂正するべく口を挟む。
「いや、そんな事より…僕が竜への初撃を外して、その後も…」
「そんな事とは何ですか。私の体を乱暴に扱ったのはセノン様でしょう」
自らのミスを告げるセノンを遮って、カイオは不満げな声色で言い募る。
結構痛かったのですよ、と続けると自らの肩に触れる。
そこが痛むらしい。
「えっと…それも、まあ…ごめん…?」
「まあ良いでしょう。次からは気を付けて下さい」
困惑するセノンにそう告げると、カイオはセノンの隣に腰を下ろした。
カイオに促され、セノンは荷物の中から魔力補給用の魔法薬を取り出しカイオに渡す。
非常に高価な割に劇的な効き目があるものではなく、たちまちに魔力が回復するものではない。
正直、しっかり身を休めてながら仮眠を取った方がよっぽど魔力回復できる。
だが今の状況だと、そのわずかな効果ですら軽視できない。
カイオは瓶の封を開け、中の液体を一息に飲み干した。
すると遠くの方から、微かに竜の遠吠えが聞こえてくる。
その様子から、竜がこちらを追跡しようとしている意思を感じ取った。
あれだけ大規模な魔法を行使したカイオは、竜からは大層魅力的な獲物に見えているはずだ。
なので、放っておいても暫くは追いかけてきてくれるだろう。
かなり離れているため、しばらくは身を休めることが出来そうだと、セノンは判断する。
カイオにそのことを告げ、しばし二人で息を整えることにした。
やがてぽつぽつと、カイオが話し始める。
「…実際のところ、あんな無茶な一撃を完璧に成功させるのは奇跡に近いです。心臓は外していても、肺か何かの内臓は傷つけて痛打は与えているはずです。それで成果は上々でしょう」
投げ出されたセノンの手を取り握りながら、カイオはセノンに過失はないと、そう説明する。
こちらの手に触れてきたのも、きっと落ち込むセノンを元気づけるつもりだったのだろう。
しかしセノンはそれよりも、自分に触れたカイオの指の感触が気にかかった。
「…体の調子、どう?」
急激に魔力を消費し、魔力欠乏のために血の気の失せたカイオの手は驚くほど冷たく、セノンはそれが心苦しかった。
カイオは平気そうにしているが、本来扱いうる量を大幅に超えた魔力制御は、かなりの負担をカイオに強いた筈だ。
「思ったよりも、影響が大きかったですね。あそこまで足に来るとは思いませんでした。助けに来て下さって、ありがとうございます」
「そんなの、当たり前だよ。…それより、まだきつい?大丈夫そう?」
「次第に体に力は入るようになってきましたし、もう少し休めば大丈夫でしょう…私が自身でこうするべきだと判断したのですから、そのような顔をしないでください」
カイオは事前に得た村の記録から、竜が火竜であり炎に強い耐性を持つと見切りをつけていた。
そのため火炎魔法は役に立たないと判断し、竜の強力な魔力耐性を破るためにありったけの魔力を最初の幻惑魔法に込めた。
それ以外にも竜を欺くために村に伝わる歌を短時間で覚え、セノンへと竜との闘い方も教授した。
それもすべて、竜討伐の成功率を高めるためだ。
しかしセノンは失敗し、その後もカイオの気遣いを無下にするかの如く無茶をした。
だがカイオは、それを意に介さない。ただ一つだけ、要望を口にした。
「ですが少し、寒いですね。…温めて、下さいますか?」
「…ん」
セノンは小さく返事をすると、カイオの手を握り返す。
カイオが反対の手も伸ばしてくるのに気づき、両手でカイオの手を握りさすった。
どちらの手も、ひどく冷たい。
「何でしたら、いつぞやのように抱きしめて温めてくれても構いませんよ?」
「…カイオがそうしろって、言うなら…」
「冗談です。対価はすでに昨晩いただいていますし、そこまで体は冷え切っていません」
セノンがもごもごと口ごもるのに対し、カイオは満足げにそう告げた。
カイオがこの調子ならそこまで心配しなくても大丈夫そうだと、セノンは少し安心した。
0
あなたにおすすめの小説
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる