悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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10話 犠牲と約束

13.リベンジ

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 二人がかりで注意深く攻め続けると、やがて竜は業を煮やしたように無理やり突撃してきた。

 そのまま二人が左右に散会して逃れると、竜は反転して二人の左右の配置を入れ替える。

 鱗を貫く力のないカイオであれば、狙われる目のない死角側に収めてしまえば無視していいと判断したのだろう。

 その判断は間違っておらず、急いで左右を入れ替えなければ、事実上の一対一となったセノンはあっさり敗北する。 

 だがそれとほぼ同時に、竜の息吹のために竜の胸元が僅かに膨らむ。
 地面を燃やすことで二人を完全に分断し、左右を入れ替えさせないことを狙っていた。 


 そこで、自分たちと竜の位置関係を見て取ったカイオが動いた。
 僅かに移動し、竜の潰れた側の視界に自らすすんで完全に潜り込む。 


「…やります!」 
「…!」 


 カイオの鋭い声に反応し、セノンはそれまでの慎重さをかなぐり捨て、一気に竜に向かって突撃した。
 視界の端で、カイオが腰に着けた小さなポーチに手を差し込むのを、確かに確認していた。 

 竜の胸元が膨らみ切る直前、カイオは竜に向かい、ポーチから取り出した小瓶を全力で投げつけていた。
 狙い違わず投擲された瓶は、まっすぐ竜の顔に向かう。

 潰された目の側から投げつけられた小さなそれに、竜は気が付かない。 


 そして竜が口を開き息吹を吐き出そうとした瞬間に、瓶が口内に飛び込んだ。

 竜の口から吐き出されようとしていた炎が瓶に触れ、一瞬で溶かされる。
 その結果、竜の口内で急激に炎が膨れ上がり、勢いよく爆発した。 


「カ…!?」 


 瓶の中身は、村で入手した油と、特殊な魔法草の成分を混ぜ合わせたものだった。
 火にかければ恐るべき勢いで燃焼する、本来鍛冶などのために使用されるものだ。 

 だが、人であれば致命傷になりうる爆炎であっても、竜の体に損傷はない。
 火を吹く竜の口内に、炎の炸裂が通じる道理はない。

 しかし人間で言えば、空気を限界まで詰めた革袋を口内に詰め込まれ、そのまま破裂させられたようなものだろう。 


 肉体に損傷はなくとも、不意打ちで叩き込まれた未知の衝撃に、竜の身体が硬直する。
 炎を吐き出そうと首をもたげた体勢から、口内が炸裂したため反射的に体を仰け反らせている。


 攻め手が単調になることを嫌い、念のため用意していたカイオの策が見事にはまった。
 何度も繰り返し、竜の息吹を吐く瞬間を注意深く観察した成果だ。

 二度目のチャンスが、訪れる。 


「っ!!」 


 そしてセノンは、当然その隙を逃さない。
 カイオを信頼し、竜の息吹を警戒する素振りも見せず突貫を仕掛けていた。

 これだけ大きな隙なら無防備な心臓をも狙えると瞬時に判断し、目を狙った跳躍は行わない。
 ただ全力で、まっすぐに駆け抜けた。 

 そしてそれは正しく、セノンはあっさりと竜の懐に潜りこんだ。

 当然、既に強化魔法もやや過剰なレベルで出力を上げ終えている。
 疾走距離が足りない分は、強化で補う。外した時のことは考えない。

 間違いなく今こそ、勝負を仕掛ける瞬間。もう外さない。
 外してしまった一撃目の、リベンジだ。 


「これで…終わりだ!!」 


 そして、セノンの渾身の刺突は、再度竜の胸に直撃した。

 今度こそ、頑強な骨に弾かれた感触はなかった。
 だが同時に、硬い肉を裂く手応えもない。 


「――?」 


 その不可解な感触に、セノンは着地と同時に、呆然と自らの手元を見下ろす。

 すると、剣身が竜の頑強さとセノンの能力に耐えきれず、竜の肉を幾らか切り裂いたところで根元から折れ砕けていた。

 根元から折れた剣身は、セノンの手元に残る柄から完全に離れ、浅く竜の胸に突き刺さっている。
 二撃目は竜の胸の傷口を多少広げたに過ぎず、当然竜の心臓は貫かれていなかった。 


「しまっ…」 


 そしてセノンが我に返り竜から距離を取ろうとした瞬間、竜の腕が勢いよく振るわれた。

 全力の突撃を敢行し、竜のすぐそばで立ったまま致命的な隙を晒していたセノンは、避けることも叶わずカウンターの直撃を受ける。
 咄嗟に防御した右腕はあっさりと砕かれ、竜の爪が皮鎧ごとセノンの体を引き裂いた。 


「セノン様ッ!!?」 


 セノンが竜の一撃で吹き飛ばされるのを目の当たりにし、カイオは悲鳴のような声を上げる。
 吹き飛ばされたセノンは地面に叩きつけられて転がり、あまりの衝撃に意識を飛ばしかける。

 半端に突き刺さった刃は竜のその動きで簡単に抜け落ち、地面に落ちて乾いた音を立てた。 


(……ま、ずい…!) 


 セノンは辛うじて意識を繋ぎとめていたが、意識が朦朧とし体が動かない。

 竜が悠然と近づいてくる姿が、霞んだセノンの視界に映った。
 セノンの血で赤く染まった爪を再度振り上げ、動けないセノンにとどめを刺そうとする。 


「っくぅ…!!」 


 しかし振り下ろされた凶爪は飛び込んできたカイオに阻まれ、セノンには届かなかった。
 カイオは飛び込んだ勢いのまま倒れたセノンを抱きとめ、そのまま竜に背を向けて逃げ去ろうとする。 

 だが、むざむざそれを見逃す竜ではない。
 息を吸い胸元を膨らませ、その背中に向かって竜の息吹を吐き出した。 


「ぐっ…!?」 


 咄嗟にカイオは跳躍し、体を投げ出した。

 その先は、険しい岩肌を晒す急勾配の斜面だ。
 結果、炎に巻かれることは辛うじて避けたものの、岩肌に体を打ち付けながら何十メートルも斜面を転げ落ちていく。 


 竜はそれを追って斜面に身を乗り出しかけたが、眼下に広がる、自身の体躯に比してかなり窮屈な谷間の細道を認めて足を止めた。

 飛べない状態では、わざわざ険しい傾斜を飛び降りてその細道を通って追うのは、竜にとって骨の折れる作業だった。
 加えてどうやったのか、既にカイオとセノンの姿は細道になかった。 


「…」 


 だから竜は、ゆったりとした足取りで迂回することにした。

 周囲にまき散らされた少なくない血のおかげで、獲物の血の匂いは完全に覚えた。
 加えて獲物が回復魔法を使えば、魔力を感知してより詳細な居場所を突き止めることができる。 


 生意気な獲物を、間違いなく食い殺す。
 そのために、竜は血の匂いを目印にゆっくりと、確実に二人を追い詰め始めた。 
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