悩める勇者と偽り従者

無糖黒

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10話 犠牲と約束

12.一撃

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 準備を整えたセノンとカイオは、タイミングを見計らって竜の背後から奇襲を仕掛けた。

 セノンが先行して疾走し、竜が完全にこちらを振り向く前に可能な限り距離を詰める。 


「グアッ!!」 


 だが優れた感知能力を持つ竜は接近する二人に素早く気づき、距離を詰め切られる前に機敏な動きで向き直った。
 そして、その胸元が僅かに膨らむ。 


「カイオ!」 
「分かっています!」 


 掛け声を受け、カイオはセノンと二手に別れて進路を右に大きく変更する。
 セノンの進路はそのままだ。

 竜は当然、正面からまっすぐ突撃してくるセノンに向けて竜の息吹を吐き出した。
 しかしセノンは事前に、かなり大きく強化魔法の出力を引き上げていた。 


「ふっ!」 


 そのまま疾走の勢いを利用し、全力で跳躍する。
 竜はそれを追ってセノンのいる位置に向け首を振るうが、その急激な動きに完全にはついていけない。

 セノンを追って吐き出された炎はすべて、セノンを捉えきれずに地面を焼くに留まった。
 十分に疾走し勢いがついていたからこそ出来た芸当だ。

 奇襲を仕掛けても竜の息吹で先手を取られるだろうという予測は、当たっていた。
 予測していたからこそ、対策し、なんとか対応できる。


「カイオ、今だ!」 


 セノンへと注意が向いた隙をつき、カイオが竜へと一気に肉薄する。
 その洋剣の切っ先が狙うのは、竜の残った左目だ。

 強化魔法により鋭さを増したカイオの動きに対し、竜は左手を薙ぎ払うことで迎撃する。
 カイオはあっさりと身を引き、その一撃を躱す。 


 しかしその間に、今度はセノンが潰れた右目の死角に潜り込み、竜に向かい剣を振るう。
 視覚以外の感覚も優れた竜はその接近に気づき、とっさに身体ごと頭を振り回すことでセノンの刺突を器用に弾いた。

 その隙に再びカイオが攻撃を仕掛ける。
 竜はうっとおしそうに傷ついた翼を羽ばたかせながら飛びずさり、二人と距離を取った。 


(なんとか、戦えてる…!) 


 空いた距離を埋めるべく、すかさず二人で距離を詰める。
 竜が距離を取りながら竜の息吹を吐き出す場合は、大きく散会して逃れる。

 あとは隙を見て接近し、同じことの繰り返しだ。
 龍の息吹は短時間に何度も連発出来ないので、必ず付け入る隙は生まれる。


 そして竜は正確に目を狙ってくるカイオを無視できず、むしろ一撃が重いはずのセノンへの注意が次第に薄れていく。

 事実、セノンの攻撃はカイオに比べれば重くても、強靭な竜の鱗を砕くほどではない。 
 何度斬りつけても、ほとんどダメージは与えられていない。


(…ここだ!) 


 竜の意識が完全に自分から外れた一瞬の隙に、セノンは一気に強化魔法の出力を跳ね上げた。
 強化された脚力で、全力で跳躍する。

 そして落下の勢いも利用し、無防備な姿を晒す竜の首へと、逆手に握った剣を全力で突き立てた。 


「ガァ!?」 
「くそ!」 


 しかし直前で竜に気付かれ動かれたため、完全に突き刺すことは叶わなかった。
 だが、セノンの一撃はなんとか竜の鱗を貫き、幾らかの肉を斬り裂いていた。

 竜は頭を振り回してセノンを吹き飛ばそうとするが、セノンはその直前で竜の体を蹴りつけ離れる。 


(やっぱり、連発は出来ないな…!) 


 セノンは地面に着地し今の動きで荒れた呼吸を整えながら、内心で毒づいた。  

 何度か斬りつけた時の感触を基に龍鱗を貫けるほどの強化出力を把握したが、実際にやってみると思った以上に腕や足への負担が厳しい。

 今の一撃だけで、手足はミシミシと嫌な痛みを訴えてきている。
 鳥獣型魔獣を仕留めた時に近いかなり過剰な強化だったため、当然といえば当然だ。 


「グウゥ…!」 


 しかしその甲斐はあり、竜は再びセノンの動きに警戒を払うようになった。

 実際に竜を仕留めることができなくとも、自分に「致命傷を与えうる一撃」があることを竜に認識させられれば十分だ。これで再びカイオが動きやすくなる。 


 二人で事前に話し合った結果、最優先で潰すべきは残った目だと決めていた。

 両目を潰すことに成功すれば遥かに戦いやすくなるし、うまくいけば最初ほどの規模でなくても幻惑魔法をかけることに成功するかもしれない。
 感覚の一つを潰せば、幻惑魔法は断然かけやすくなる。

 それは竜の凶悪な両腕を掻い潜って心臓を狙うよりも、セノンが無理をして奇跡的な一撃で頭や首に致命傷を与えるのを狙うよりも、よっぽど現実味のある方法だった。 

 ただこれは、激しく動き回る竜の目玉を狙える、カイオの正確な斬撃があって成立する手段だ。
 セノンには真似できないため、一撃を狙いつつ竜の注意を引くしかない。 


(過剰な強化は、まだダメだ…機会を窺わないと…!) 


 身を滅ぼすほどの強化は軽々しく使えない。
 無理をして、動けなくなった瞬間にセノンの命は終わる。

 使うなら、竜を確実に仕留められると確信できた瞬間だけだ。
 それは今ではない。 


(ここまではカイオの想定通り…あとは油断せずに、根比べだ…!) 


 余りに事前の想定通りに進むため、一瞬こちらが有利に戦闘を進めていると錯覚しそうになる。

 だが、セノンは息を細く吐き出してその考えを頭から追い出した。
 決して、油断は出来ない。
  
 直撃を一撃でも貰えば戦闘不能になる分、こちらが不利な状況は変わっていない。
 あとはひたすら竜の猛攻に耐えながら、目を潰せる隙を虎視眈々と狙うだけだ。 


(焦るな…!カイオを信じてれば、絶対に倒せる…!) 


 はやる気持ちを抑え、セノンは絶対の信頼を置く従者のことを考え、戦いに集中した。
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