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10話 犠牲と約束
17.本性
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(ああ――どうして、こんなことになったんだろう…)
セノン・ラグウェルは、死に近づき纏まらない思考のまま、考える。
優しく抱かれる、血に塗れた服を剥がされ肌を晒した自らの体。
肌に触れる、カイオの柔らかな体の感触。
力なくうなだれた顔を押し付けた絹のような肌は、感情の高ぶりのためにうっすら汗ばみ、息を吸うたびに甘い香りが鼻孔をくすぐる。
血を失い冷え切った体が温かく心地よく、怒りと焦りによる緊張で強張っていた体と心が溶けていく。
(もう、いいのかな…)
セノンはぼんやりと考え、優しく触れてくる滑らかな手の感触と、自らの情動に身をゆだねた。
体を抱くカイオはセノンが体を預けてきたことに気づいたらしく、ふふ、と幸せそうに破願するのが気配で伝わる。
(ああ… 僕はずっと、この人にこうして――)
密着していた体が僅かに離れたかと思えば、こちらの頬に手が添えられる。
緩く開いていた口が、温かく柔らかなモノで優しく押し開かれた。
口内に、何かが入り込んでくる。
初めて味わう柔らかな感触に、セノンの意識は蕩けていった。
(…僕が、悪いんだ。うまく出来なかった、僕が…)
柔らかく粘液にまみれたモノに口内を優しくかき乱されながら、セノンはぼんやりと考える。
すでに体の感覚はほぼなく、唯一知覚する口内の刺激に緩やかに快楽を覚える。
(カイオはずっと、助けてくれた…だから最後くらい、カイオの好きにさせてあげればいいんだ…)
カイオの狂おしい愛情を受け止めながら、ただ、と考える。
どこで選択を間違えたのだろうか、と。
きっと、竜に立ち向かったことが間違いだった。
あの絶望していた少女を助けようとしたことが、間違いだった。
ただ、セノンはその選択自体は後悔していなかった。
あんな表情をした少女を見殺しにすることなど、出来なかった。
それは、これまでの経験から育んだ、揺らぐことのないセノンの決意と信念だ。
時には心無い討伐者の悪意に晒された。
時には慕ってくれた少女を救えなかった。
そんな旅の中で得た、数多の経験から培われたものだ。
だとしたら、と考える。
仮定の話を考える。
旅に出なければ、こんなに早く志半ばで死ぬことはなかったのではないかと。
旅に出なければ、自らの力量以上に人を助けようなどと思わなかった。
旅に出なければ、困っている人を助けずにいられないという信念を持つこともなかった。
中途半端に力があると勘違いしたから、失敗した。
広い世界など、見なければよかった。
狭い世界で、大それた夢を見ず、小さく暮らしていればよかったのだ。
それならきっと、自分の魔法の才能だけでも成し遂げられた。
ただそれを許さず、セノンを広い世界に連れ出したのは…カイオだ。
きっとカイオがいなければ、こうはならなかった。
竜のいる村になど、訪れることはなかった。
それに自分でも言っていた。
表舞台で活躍して欲しいと連れ出したのは、カイオの我儘だと。
カイオがすべての元凶だなんて言わない。選択したのは自分だ。
けれど、関わっておいて、レールを敷いておいて。
まだ走れる手段があるのに、最後まで走ることを許さない?
自分が満足したから終わりにする?
しかも自分が舞台から退場しかけたら、自分だけ都合よく居座る?
なんだそれは。
ふざけるな。
「――痛っ…!?」
痛みにカイオは思わず身を引き、口元を押さえた。
舌を噛まれ、血の味が口内に広がる。
驚きに目を見開いてセノンの顔を見ると、見たことのない怒りを滲ませた双眸がカイオを見据えていた。
「セノン様…?」
カイオの血で口元を僅かに濡らしたセノンは、足になけなしの力を込め、カイオに向かい力の入らない体を押し付ける。
身を引いていたカイオはそれをとっさに支えきれず、カイオが下になる形で二人で地面に倒れ込んだ。
セノンが残った力を振り絞り肘をついて体を起こすと、その胸からボタボタと血が零れた。
「…カイオ。悪いけど、僕はやっぱり納得できない」
身を起こしているのもやっとの重傷で、かすれて今にも消え入りそうな声だった。
しかしその声には、決して消すことのできない強い感情がこもっていた。
セノンははっきりと、怒っていた。
関わったからには、手を出したからには、最後まで責任を持つべきだ。
少なくともセノンは、それが正しいことだと考えていた。
セノン自身、失敗したことは何度もあったが、自分から投げ出したことはなかった。
明確に出来ることがあるのにやらないのは、正しいことではない。
カイオからすれば、これは熟した作物を刈り取るくらいの感覚でしかないのかもしれない。
リスクを負うことではないのかもしれない。
だが自分は、物言わぬ植物ではない。
主人を喜ばせるための愛玩動物でもない。
カイオがこちらの気持ちを考慮しないというのなら、こっちもカイオの都合など知ったことか。
だから、湧きあがる感情のままに口を開く。
「カイオ…前に自分で言ってたよね。カイオは僕の従者で、命令があれば、なんでもするって。…だったら、命令だ。僕の命を、助けろ!!」
今出すことの出来る目一杯の怒声で、セノンはカイオにそう命じた。
同時に僅かに力の戻った左手で、肘をついたままカイオの喉を、感情のままに押さえつけた。
初めてカイオに、暴力的な感情をぶつけた。
「…それは、しかし――」
「カイオの都合なんて、世の中の理なんて、知るもんか!僕は僕の、やりたいようにやるんだ!いいから、黙って言う通りにしろ!!」
カイオの言葉を遮り、セノンは至近距離でカイオに怒鳴りつける。
カイオは暫し呆然としていたが、やがて顔一面に喜びを溢れさせた。
理不尽な要求に、断ったらこのままカイオを縊り殺しかねない殺意に対し、むしろカイオは心を震わせた。
「ああ素敵です、セノン様…その怒り、生への渇望、殺意…ここで貴方を死なせるのが、惜しくなってしまいました。全て貴方の、仰せの通りに致します」
カイオはぶつけられた感情の激しさに、恍惚の表情を浮かべる。
これまでセノンがカイオに向けた感情に、激情と呼べるものは少なかった。
向けられるのは感謝の念や信頼など、心地よくはあっても剥き出しの感情とは程遠いものばかりだった。
「ですが、どうかお願いです…今すぐに、私に褒美を与えて下さい。貴方の溜め込んだ欲望を、私に見せて下さい…!」
だが唯一、時たまセノンがカイオに抱き、必死に押し殺してきた欲望があった。
それにとうに気づいていたカイオは、湧きあがる熱情と共にそれを求めた。
カイオは言葉と共にセノンの頭に手を伸ばし、自らの方に引き寄せる。
だからセノンは、求められるままに唇を落とした。
その姿は、さながら本能のままに獲物を貪る、獣のようだった。
セノン・ラグウェルは、死に近づき纏まらない思考のまま、考える。
優しく抱かれる、血に塗れた服を剥がされ肌を晒した自らの体。
肌に触れる、カイオの柔らかな体の感触。
力なくうなだれた顔を押し付けた絹のような肌は、感情の高ぶりのためにうっすら汗ばみ、息を吸うたびに甘い香りが鼻孔をくすぐる。
血を失い冷え切った体が温かく心地よく、怒りと焦りによる緊張で強張っていた体と心が溶けていく。
(もう、いいのかな…)
セノンはぼんやりと考え、優しく触れてくる滑らかな手の感触と、自らの情動に身をゆだねた。
体を抱くカイオはセノンが体を預けてきたことに気づいたらしく、ふふ、と幸せそうに破願するのが気配で伝わる。
(ああ… 僕はずっと、この人にこうして――)
密着していた体が僅かに離れたかと思えば、こちらの頬に手が添えられる。
緩く開いていた口が、温かく柔らかなモノで優しく押し開かれた。
口内に、何かが入り込んでくる。
初めて味わう柔らかな感触に、セノンの意識は蕩けていった。
(…僕が、悪いんだ。うまく出来なかった、僕が…)
柔らかく粘液にまみれたモノに口内を優しくかき乱されながら、セノンはぼんやりと考える。
すでに体の感覚はほぼなく、唯一知覚する口内の刺激に緩やかに快楽を覚える。
(カイオはずっと、助けてくれた…だから最後くらい、カイオの好きにさせてあげればいいんだ…)
カイオの狂おしい愛情を受け止めながら、ただ、と考える。
どこで選択を間違えたのだろうか、と。
きっと、竜に立ち向かったことが間違いだった。
あの絶望していた少女を助けようとしたことが、間違いだった。
ただ、セノンはその選択自体は後悔していなかった。
あんな表情をした少女を見殺しにすることなど、出来なかった。
それは、これまでの経験から育んだ、揺らぐことのないセノンの決意と信念だ。
時には心無い討伐者の悪意に晒された。
時には慕ってくれた少女を救えなかった。
そんな旅の中で得た、数多の経験から培われたものだ。
だとしたら、と考える。
仮定の話を考える。
旅に出なければ、こんなに早く志半ばで死ぬことはなかったのではないかと。
旅に出なければ、自らの力量以上に人を助けようなどと思わなかった。
旅に出なければ、困っている人を助けずにいられないという信念を持つこともなかった。
中途半端に力があると勘違いしたから、失敗した。
広い世界など、見なければよかった。
狭い世界で、大それた夢を見ず、小さく暮らしていればよかったのだ。
それならきっと、自分の魔法の才能だけでも成し遂げられた。
ただそれを許さず、セノンを広い世界に連れ出したのは…カイオだ。
きっとカイオがいなければ、こうはならなかった。
竜のいる村になど、訪れることはなかった。
それに自分でも言っていた。
表舞台で活躍して欲しいと連れ出したのは、カイオの我儘だと。
カイオがすべての元凶だなんて言わない。選択したのは自分だ。
けれど、関わっておいて、レールを敷いておいて。
まだ走れる手段があるのに、最後まで走ることを許さない?
自分が満足したから終わりにする?
しかも自分が舞台から退場しかけたら、自分だけ都合よく居座る?
なんだそれは。
ふざけるな。
「――痛っ…!?」
痛みにカイオは思わず身を引き、口元を押さえた。
舌を噛まれ、血の味が口内に広がる。
驚きに目を見開いてセノンの顔を見ると、見たことのない怒りを滲ませた双眸がカイオを見据えていた。
「セノン様…?」
カイオの血で口元を僅かに濡らしたセノンは、足になけなしの力を込め、カイオに向かい力の入らない体を押し付ける。
身を引いていたカイオはそれをとっさに支えきれず、カイオが下になる形で二人で地面に倒れ込んだ。
セノンが残った力を振り絞り肘をついて体を起こすと、その胸からボタボタと血が零れた。
「…カイオ。悪いけど、僕はやっぱり納得できない」
身を起こしているのもやっとの重傷で、かすれて今にも消え入りそうな声だった。
しかしその声には、決して消すことのできない強い感情がこもっていた。
セノンははっきりと、怒っていた。
関わったからには、手を出したからには、最後まで責任を持つべきだ。
少なくともセノンは、それが正しいことだと考えていた。
セノン自身、失敗したことは何度もあったが、自分から投げ出したことはなかった。
明確に出来ることがあるのにやらないのは、正しいことではない。
カイオからすれば、これは熟した作物を刈り取るくらいの感覚でしかないのかもしれない。
リスクを負うことではないのかもしれない。
だが自分は、物言わぬ植物ではない。
主人を喜ばせるための愛玩動物でもない。
カイオがこちらの気持ちを考慮しないというのなら、こっちもカイオの都合など知ったことか。
だから、湧きあがる感情のままに口を開く。
「カイオ…前に自分で言ってたよね。カイオは僕の従者で、命令があれば、なんでもするって。…だったら、命令だ。僕の命を、助けろ!!」
今出すことの出来る目一杯の怒声で、セノンはカイオにそう命じた。
同時に僅かに力の戻った左手で、肘をついたままカイオの喉を、感情のままに押さえつけた。
初めてカイオに、暴力的な感情をぶつけた。
「…それは、しかし――」
「カイオの都合なんて、世の中の理なんて、知るもんか!僕は僕の、やりたいようにやるんだ!いいから、黙って言う通りにしろ!!」
カイオの言葉を遮り、セノンは至近距離でカイオに怒鳴りつける。
カイオは暫し呆然としていたが、やがて顔一面に喜びを溢れさせた。
理不尽な要求に、断ったらこのままカイオを縊り殺しかねない殺意に対し、むしろカイオは心を震わせた。
「ああ素敵です、セノン様…その怒り、生への渇望、殺意…ここで貴方を死なせるのが、惜しくなってしまいました。全て貴方の、仰せの通りに致します」
カイオはぶつけられた感情の激しさに、恍惚の表情を浮かべる。
これまでセノンがカイオに向けた感情に、激情と呼べるものは少なかった。
向けられるのは感謝の念や信頼など、心地よくはあっても剥き出しの感情とは程遠いものばかりだった。
「ですが、どうかお願いです…今すぐに、私に褒美を与えて下さい。貴方の溜め込んだ欲望を、私に見せて下さい…!」
だが唯一、時たまセノンがカイオに抱き、必死に押し殺してきた欲望があった。
それにとうに気づいていたカイオは、湧きあがる熱情と共にそれを求めた。
カイオは言葉と共にセノンの頭に手を伸ばし、自らの方に引き寄せる。
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