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10話 犠牲と約束
25.信頼
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カイオは言うべきことは言い終えたとばかりに、またグラスを傾け酒を口に運ぶ。
その様子を、セノンは再び何気なく眺める。
「…それにしても…本当にあの、“御遣い”なんだね…」
セノンは思わず、カイオをじろじろと観察しながら呟いてしまった。
現状で見る限り特に変わったところはないが、あの時背に顕現した光の翼は、セノンの脳裏に鮮明に焼き付いていた。
恐ろしい竜や人の頂点に立つ賢者様よりも、稀有な存在が目の前にいるのだ。
いまいちセノンに実感は湧かないが、他の人に知られればとんでもない大騒ぎになることだった。
もちろんセノンは、人にこのことを漏らそうなどとは欠片も考えていなかったが。
カイオからは特に念押しされていないが、人に言ってよい話では決してないだろう。
「まあ、今の私の能力は標準的な人間との違いはほぼありません。セノン様の方が、よっぽど常人離れしているくらいです」
「…そんなことは、ないと思うけど…」
「正直、貴方がここまでのものになるとは思っていませんでした。しかも、まだまだ伸びる余地があるときています。貴方は、本当に素晴らしい」
カイオの言葉に、熱がこもり始めたのをセノンは感じた。
その声色に見捨てられかけた時のカイオの姿がフラッシュバックし、心がざわついた。
「貴方は――」
「…そんなことより!カイオ、二年前までは猫だったとか言ってたよね?あれ、どういうこと?」
だからセノンはつい、カイオの言葉を無理やり遮った。
これ以上、カイオの不穏な一面を見たくなかった。
「…ああ、その件ですか」
セノンの追及に、カイオは拍子抜けしたように声を普段の涼し気な物に戻した。
その様子に、セノンの心もひとまず落ち着いた。
また問いかけ自体は咄嗟に口から出たものではあったが、気になっていることは確かだった。
なので、セノンはそのまま言葉を重ねる。
「今のカイオって、見た目通りの年齢じゃないってことなの?それとも、あの猫がカイオの使い魔か、もう一つの姿か何かってこと?」
「ああ…すみませんが、そのあたりはお話しできませんね。いくらセノン様といえでも、お伝え出来ないことはあるのです」
セノンの問いかけに、しかしカイオはあっさりと回答を拒否した。
「…なにそれ。こっちは十年以上前から見てるとか言われて、不信感が募ってるんだけど」
「申し訳ありません。そのあたりのことは、本来僅かでもお話しするべきではありませんでした。聞かなかったことにしていただけると幸いです」
カイオは飄々と、そう答える。
この話題は、カイオにとってもあまり都合の良い話ではないのだろう。
だがそれでは、セノンは簡単には納得できない。
黙って表情を曇らせるセノンに対し、カイオが語り掛けた。
「何はともあれ、私が何者であれセノン様の忠実な従者であることは変わりません。これからもそれが変わることはありません」
「忠実、ね…」
カイオの言葉に、セノンは憮然としたように呟く。
つい先日裏切られ見捨てられかけた身としては、素直に頷けない。
「信用出来ませんか?」
「それは…」
「私からは、信じて下さいと言うしかありませんね。少なくとも私からセノン様に直接害を与えるつもりはありませんし、うまく利用していただければ充分です」
そんなセノンに対し、淡々とカイオはそう述べた。
その表情はいつも通りの涼しげなものだが、どことなく寂しそうな、そんな感情をセノンは感じ取った。
「…いや、信じるよ。少なくともカイオは、いままでもずっと僕を助けてくれた」
だからセノンは曇らせていた表情をやわらげ、そう断言した。
一度見殺しにされかけたのは事実だが、それよりも助けて貰ったことの方がずっと多い。
そのたった一度で見限るのには十分なのかもしれないが、少なくともセノンは違った。
正直色々と思うところはあるし、他の人から見れば甘すぎるのかもしれないが、セノンにとってそれはカイオを排斥する決定打にはならなかった。
「だから信じるし…信じたいんだ」
「…嬉しいことを仰って下さいますね」
セノンの言葉に、カイオは穏やかに微笑んだ。
その表情に、セノンはほっと安心する。
まだ時折カイオに得体の知れなさを感じることは、避けられなさそうではある。
だが少なくともその表情については信じられると、そう思った。
「…でももう、二度とあんなことはしないでね」
「それは勿論です。ただそれは、セノン様が私の信頼を裏切らないことが前提ですがね」
「…頑張るよ」
冗談めかしたカイオの言葉に、セノンは溜息をついた。
話がひと段落し、セノンは買い込んできた食料の最後の一切れを口に運んだ。
水を飲んで、一息つく。
カイオはさほど食事もとらず酒ばかり飲んでいるが、酔いが回っている様子はあまり見られない。
かなり上機嫌な様子ではあったが、それが酒の影響なのかまでは、セノンにはよく分からなかった。
食事の後片付けをカイオと行いながら、セノンはついカイオの様子を伺った。
その様子を、セノンは再び何気なく眺める。
「…それにしても…本当にあの、“御遣い”なんだね…」
セノンは思わず、カイオをじろじろと観察しながら呟いてしまった。
現状で見る限り特に変わったところはないが、あの時背に顕現した光の翼は、セノンの脳裏に鮮明に焼き付いていた。
恐ろしい竜や人の頂点に立つ賢者様よりも、稀有な存在が目の前にいるのだ。
いまいちセノンに実感は湧かないが、他の人に知られればとんでもない大騒ぎになることだった。
もちろんセノンは、人にこのことを漏らそうなどとは欠片も考えていなかったが。
カイオからは特に念押しされていないが、人に言ってよい話では決してないだろう。
「まあ、今の私の能力は標準的な人間との違いはほぼありません。セノン様の方が、よっぽど常人離れしているくらいです」
「…そんなことは、ないと思うけど…」
「正直、貴方がここまでのものになるとは思っていませんでした。しかも、まだまだ伸びる余地があるときています。貴方は、本当に素晴らしい」
カイオの言葉に、熱がこもり始めたのをセノンは感じた。
その声色に見捨てられかけた時のカイオの姿がフラッシュバックし、心がざわついた。
「貴方は――」
「…そんなことより!カイオ、二年前までは猫だったとか言ってたよね?あれ、どういうこと?」
だからセノンはつい、カイオの言葉を無理やり遮った。
これ以上、カイオの不穏な一面を見たくなかった。
「…ああ、その件ですか」
セノンの追及に、カイオは拍子抜けしたように声を普段の涼し気な物に戻した。
その様子に、セノンの心もひとまず落ち着いた。
また問いかけ自体は咄嗟に口から出たものではあったが、気になっていることは確かだった。
なので、セノンはそのまま言葉を重ねる。
「今のカイオって、見た目通りの年齢じゃないってことなの?それとも、あの猫がカイオの使い魔か、もう一つの姿か何かってこと?」
「ああ…すみませんが、そのあたりはお話しできませんね。いくらセノン様といえでも、お伝え出来ないことはあるのです」
セノンの問いかけに、しかしカイオはあっさりと回答を拒否した。
「…なにそれ。こっちは十年以上前から見てるとか言われて、不信感が募ってるんだけど」
「申し訳ありません。そのあたりのことは、本来僅かでもお話しするべきではありませんでした。聞かなかったことにしていただけると幸いです」
カイオは飄々と、そう答える。
この話題は、カイオにとってもあまり都合の良い話ではないのだろう。
だがそれでは、セノンは簡単には納得できない。
黙って表情を曇らせるセノンに対し、カイオが語り掛けた。
「何はともあれ、私が何者であれセノン様の忠実な従者であることは変わりません。これからもそれが変わることはありません」
「忠実、ね…」
カイオの言葉に、セノンは憮然としたように呟く。
つい先日裏切られ見捨てられかけた身としては、素直に頷けない。
「信用出来ませんか?」
「それは…」
「私からは、信じて下さいと言うしかありませんね。少なくとも私からセノン様に直接害を与えるつもりはありませんし、うまく利用していただければ充分です」
そんなセノンに対し、淡々とカイオはそう述べた。
その表情はいつも通りの涼しげなものだが、どことなく寂しそうな、そんな感情をセノンは感じ取った。
「…いや、信じるよ。少なくともカイオは、いままでもずっと僕を助けてくれた」
だからセノンは曇らせていた表情をやわらげ、そう断言した。
一度見殺しにされかけたのは事実だが、それよりも助けて貰ったことの方がずっと多い。
そのたった一度で見限るのには十分なのかもしれないが、少なくともセノンは違った。
正直色々と思うところはあるし、他の人から見れば甘すぎるのかもしれないが、セノンにとってそれはカイオを排斥する決定打にはならなかった。
「だから信じるし…信じたいんだ」
「…嬉しいことを仰って下さいますね」
セノンの言葉に、カイオは穏やかに微笑んだ。
その表情に、セノンはほっと安心する。
まだ時折カイオに得体の知れなさを感じることは、避けられなさそうではある。
だが少なくともその表情については信じられると、そう思った。
「…でももう、二度とあんなことはしないでね」
「それは勿論です。ただそれは、セノン様が私の信頼を裏切らないことが前提ですがね」
「…頑張るよ」
冗談めかしたカイオの言葉に、セノンは溜息をついた。
話がひと段落し、セノンは買い込んできた食料の最後の一切れを口に運んだ。
水を飲んで、一息つく。
カイオはさほど食事もとらず酒ばかり飲んでいるが、酔いが回っている様子はあまり見られない。
かなり上機嫌な様子ではあったが、それが酒の影響なのかまでは、セノンにはよく分からなかった。
食事の後片付けをカイオと行いながら、セノンはついカイオの様子を伺った。
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