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10話 犠牲と約束
26.欲望
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片付けを終えると、もう特にやることはない。
装備は今日新調したばかりだから整備の必要はないし、まだ疲れてはいるので早々に寝てしまうこともセノンには出来た。
「しかし、何から何まで大変でしたね、あの村は」
「…そうだね」
だがカイオがそう話しかけてきたので、それをおざなりにして寝てしまうのは気が引けた。
カイオはまだ酒を飲み続けているし、そのままの流れでつい話を続けてしまう。
セノンは水差しを取って自分のグラスに水を注ぎ、テーブルに座り直した。
「まあその分、色々と収穫もありました。個人的には、得たものの方が多いかもしれません」
「…カイオは楽しそうで、よかったね」
カイオの何気ない言葉に、セノンは憎々しげに唇を尖らせる。
カイオにとってはそうなのかもしれないが、死にかけたセノンとしてはその楽しげな表情が少々憎たらしい。
「セノン様こそ、内心喜んでいるのではないですか?見目麗しい、強力な術師が将来的に仲間になってくれる確約が得られたのですから。随分と情熱的でしたね、彼女は」
「別に喜んでなんか…」
むすっとして否定する。
確かにマルーは力になりたがってくれたが、別にセノンはそれを受け入れていない。
確かに強力な術師が仲間になってくれるのは悪いことではなかったが、カイオの言い方はなんとなく「見目麗しい」のほうを強調していた。
別にそんなことを喜ぶつもりはないし、喜んでいると思われるのは心外だ。
「というか、なんでカイオすぐ断らなかったの?無理だってカイオも分かってたでしょ」
「彼女になかなかご執心のようだったので、セノン様が望むなら一考すべきかと考えまして」
カイオのからかうような声音に、ますますセノンは不機嫌になる。
今にも口をつぐみ、自分のベッドに潜って頭から毛布を被ってしまいそうな様子だ。
「だからそんなことは…」
「そんなことを言って、彼女とあんな約束をしてたじゃないですか」
完全に忘れていた話を出されて、セノンはぎくりとした。
あの時は全く気にしていないような素振りだったが、やっぱり覚えていたらしい。
「ちがっ、あれはマルーさんの方から勝手に…!」
「でも断らなかったのでしょう?まああれだけ美人ですからね」
「だから違うって!断ったけど、マルーさんが律儀に謝りに来たんだって…!」
必死に否定するセノンに対して、しかしカイオはどうでもよさそうにまた違うことを問いかけた。
「でも実際、どう思います?彼女のこと。異性として好ましく感じましたか?」
「はぁ…!?なんでそんなこと、言わなくちゃ…!」
カイオの思いがけない問いかけに、セノンは声を荒げて突っぱねようとした。
「セノン様。約束ですよ」
「っ…!」
「セノン様?」
だがカイオの穏やかにたしなめる声に、何も言えなくなる。
そして普段なら絶対に答えないような問いかけに、せっつかれて渋々セノンは口を開いた
「…綺麗な人だと、思ったよ。魅力的な、女性だって…」
「なるほど。セノン様はあのようなタイプが好みですか。覚えておきます」
聞かされた答えに対し、くつくつと愉快そうにカイオは笑う。
対称的に、セノンはますます仏頂面になる。
顔を伏せ、恨めし気にカイオを見る。
「それにしてはずいぶんと、頑なに懇願を突っぱねましたね。彼女を心配した以外にも、ひょっとして私との二人旅を惜しんで下さったのですか?」
「まあ…それも、ないわけじゃ…ない、けど…」
「嬉しいお言葉ですね。…貴方がとても、愛おしくなります」
続けて放たれた問いに、セノンは諦めたように、しかし言いにくそうに、正直に答えた。
その顔はすでに羞恥で耳まで赤くなっている。
そしてカイオの言葉を聞き、顔を伏せたままさらに赤くなってしまった。
そんなセノンを見ていたカイオは、おもむろに持っていたグラスをテーブルに置いた。
「…セノン様。こちらに、来て下さい」
そして立ち上がって自らのベッドに腰かけると、セノンを呼んだ。
しかしセノンはその言葉に体を固くし、すぐには動かなかった。
「嫌なら、来なくてもいいですよ?」
「…嫌じゃない、けど…」
セノンは小さな声で漏らす。
やがて立ち上がって、顔を伏せたままカイオに近づいた。
カイオに手を取られて、ベッドに座らされる。
「セノン様、顔を上げて下さい」
「…」
カイオの言葉に、恐る恐るセノンは顔を上げる。
目が合うと、カイオは満足げに微笑んでいた。
「今、何を考えていましたか?」
「ちょっと待って、さすがにそれは勘弁して…!」
思わず身をのけぞらせ顔を逸らすセノンの頬を、カイオは優しく両手で挟みこんだ。
自身のほうを向かせ、再び間近で目を合わせる。
「嫌です。あの時、治療する代わりに約束したでしょう?私に問われたら、誤魔化さず気持ちを正直に答えると。そして、私に抱いた感情を隠さず表に出すと」
確かにあの時、竜に挑む前、治療を始める前に約束させられたことだった。
だからセノンは、今日は間違いなくこうなると思い、ずっと気が気ではなかった。
「ほら、隠さないで答えて下さい。何を考えましたか?」
「……カイオに触りたいって、思った。カイオに僕に触って欲しいって、思った…」
セノンはこれ以上ないほど赤くなりながら、小さな声でぼそぼそと、正直に気持ちを吐き出した。
それはこれまで、ずっとひた隠しにしてきて、しかしあの時カイオに暴かれた感情だった。
「…いやらしいですね、セノン様」
「うぅ…!」
カイオのその言葉に、恥ずかしさのあまりちょっと泣きそうになりながら、セノンはカイオを睨み付ける。
カイオはその怒りを滾らせた複雑に渦巻く感情すらも、心地よさそうに受け入れた。
「ではあとは、その感情を言葉だけでなく、直接見せていただくだけですね。…あの時のように、いえあの時以上に、私を楽しませて下さい」
そしてカイオは、感情よりも強い、セノンの欲望を求めた。
装備は今日新調したばかりだから整備の必要はないし、まだ疲れてはいるので早々に寝てしまうこともセノンには出来た。
「しかし、何から何まで大変でしたね、あの村は」
「…そうだね」
だがカイオがそう話しかけてきたので、それをおざなりにして寝てしまうのは気が引けた。
カイオはまだ酒を飲み続けているし、そのままの流れでつい話を続けてしまう。
セノンは水差しを取って自分のグラスに水を注ぎ、テーブルに座り直した。
「まあその分、色々と収穫もありました。個人的には、得たものの方が多いかもしれません」
「…カイオは楽しそうで、よかったね」
カイオの何気ない言葉に、セノンは憎々しげに唇を尖らせる。
カイオにとってはそうなのかもしれないが、死にかけたセノンとしてはその楽しげな表情が少々憎たらしい。
「セノン様こそ、内心喜んでいるのではないですか?見目麗しい、強力な術師が将来的に仲間になってくれる確約が得られたのですから。随分と情熱的でしたね、彼女は」
「別に喜んでなんか…」
むすっとして否定する。
確かにマルーは力になりたがってくれたが、別にセノンはそれを受け入れていない。
確かに強力な術師が仲間になってくれるのは悪いことではなかったが、カイオの言い方はなんとなく「見目麗しい」のほうを強調していた。
別にそんなことを喜ぶつもりはないし、喜んでいると思われるのは心外だ。
「というか、なんでカイオすぐ断らなかったの?無理だってカイオも分かってたでしょ」
「彼女になかなかご執心のようだったので、セノン様が望むなら一考すべきかと考えまして」
カイオのからかうような声音に、ますますセノンは不機嫌になる。
今にも口をつぐみ、自分のベッドに潜って頭から毛布を被ってしまいそうな様子だ。
「だからそんなことは…」
「そんなことを言って、彼女とあんな約束をしてたじゃないですか」
完全に忘れていた話を出されて、セノンはぎくりとした。
あの時は全く気にしていないような素振りだったが、やっぱり覚えていたらしい。
「ちがっ、あれはマルーさんの方から勝手に…!」
「でも断らなかったのでしょう?まああれだけ美人ですからね」
「だから違うって!断ったけど、マルーさんが律儀に謝りに来たんだって…!」
必死に否定するセノンに対して、しかしカイオはどうでもよさそうにまた違うことを問いかけた。
「でも実際、どう思います?彼女のこと。異性として好ましく感じましたか?」
「はぁ…!?なんでそんなこと、言わなくちゃ…!」
カイオの思いがけない問いかけに、セノンは声を荒げて突っぱねようとした。
「セノン様。約束ですよ」
「っ…!」
「セノン様?」
だがカイオの穏やかにたしなめる声に、何も言えなくなる。
そして普段なら絶対に答えないような問いかけに、せっつかれて渋々セノンは口を開いた
「…綺麗な人だと、思ったよ。魅力的な、女性だって…」
「なるほど。セノン様はあのようなタイプが好みですか。覚えておきます」
聞かされた答えに対し、くつくつと愉快そうにカイオは笑う。
対称的に、セノンはますます仏頂面になる。
顔を伏せ、恨めし気にカイオを見る。
「それにしてはずいぶんと、頑なに懇願を突っぱねましたね。彼女を心配した以外にも、ひょっとして私との二人旅を惜しんで下さったのですか?」
「まあ…それも、ないわけじゃ…ない、けど…」
「嬉しいお言葉ですね。…貴方がとても、愛おしくなります」
続けて放たれた問いに、セノンは諦めたように、しかし言いにくそうに、正直に答えた。
その顔はすでに羞恥で耳まで赤くなっている。
そしてカイオの言葉を聞き、顔を伏せたままさらに赤くなってしまった。
そんなセノンを見ていたカイオは、おもむろに持っていたグラスをテーブルに置いた。
「…セノン様。こちらに、来て下さい」
そして立ち上がって自らのベッドに腰かけると、セノンを呼んだ。
しかしセノンはその言葉に体を固くし、すぐには動かなかった。
「嫌なら、来なくてもいいですよ?」
「…嫌じゃない、けど…」
セノンは小さな声で漏らす。
やがて立ち上がって、顔を伏せたままカイオに近づいた。
カイオに手を取られて、ベッドに座らされる。
「セノン様、顔を上げて下さい」
「…」
カイオの言葉に、恐る恐るセノンは顔を上げる。
目が合うと、カイオは満足げに微笑んでいた。
「今、何を考えていましたか?」
「ちょっと待って、さすがにそれは勘弁して…!」
思わず身をのけぞらせ顔を逸らすセノンの頬を、カイオは優しく両手で挟みこんだ。
自身のほうを向かせ、再び間近で目を合わせる。
「嫌です。あの時、治療する代わりに約束したでしょう?私に問われたら、誤魔化さず気持ちを正直に答えると。そして、私に抱いた感情を隠さず表に出すと」
確かにあの時、竜に挑む前、治療を始める前に約束させられたことだった。
だからセノンは、今日は間違いなくこうなると思い、ずっと気が気ではなかった。
「ほら、隠さないで答えて下さい。何を考えましたか?」
「……カイオに触りたいって、思った。カイオに僕に触って欲しいって、思った…」
セノンはこれ以上ないほど赤くなりながら、小さな声でぼそぼそと、正直に気持ちを吐き出した。
それはこれまで、ずっとひた隠しにしてきて、しかしあの時カイオに暴かれた感情だった。
「…いやらしいですね、セノン様」
「うぅ…!」
カイオのその言葉に、恥ずかしさのあまりちょっと泣きそうになりながら、セノンはカイオを睨み付ける。
カイオはその怒りを滾らせた複雑に渦巻く感情すらも、心地よさそうに受け入れた。
「ではあとは、その感情を言葉だけでなく、直接見せていただくだけですね。…あの時のように、いえあの時以上に、私を楽しませて下さい」
そしてカイオは、感情よりも強い、セノンの欲望を求めた。
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