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10話 犠牲と約束
27.愛
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「…ねえ、カイオ」
それからしばし時が経ち、暗くなった部屋の中、狭いベッドの中。
セノンは、一緒にベッドに入ったカイオに話しかける。
「はい?」
「カイオは僕に、どうして欲しいの?…僕を、どうしたいの?」
セノンの唐突な問いかけに、カイオは少しの時間思案した。
だが大した時間もかけずに、答えを口にした。
「そうですね。出来ればセノン様の心のままに、人を救い続けて欲しいですね。その姿を、近くで見ていたいのです」
「…僕を自分のものにしたいとか言ってたのは、もういいの?」
「それも、叶うなら叶えたい願いではあります」
カイオは口元に薄く笑みを浮かべながら、腕の中のセノンに顔を寄せる。
「ただ貴方を独占するということは、少なからず貴方の世界を、ひいては成長の幅を狭めることになります。それは好ましくありません。私は、貴方を縛る枷にはなりたくはないのです」
もちろん、積極的に亡き者になって欲しいとも思っていませんしね、とカイオは微笑む。
それは、自身の正体を明かしたあの時にも言っていたことだ。
「貴方は必ず、近い将来に偉業を成し遂げ、その名を人々の脳裏に刻むでしょう。私は、それが見たいのです」
「そんなこと、僕に出来るかな…」
「出来ますよ。貴方は私の…御遣いの祝福を、その身に受けているのですからね」
カイオはおどけたように、鼓舞するようにセノンの頭を撫でる。
その感触に心が安らぐが、言っていることはちょっと胡散臭いとセノンは思った。
「…神の祝福とか、神官の人たちがよく嘆願してるけど…神様って本当にいるの?」
セノンは照れ隠しも兼ねて、思ったことを素直に尋ねた。
「それもちょっと、お話し出来ませんね。軽々しく名を語ることはよろしくありません」
「…そんなのばっかりだね。元はといえば、カイオから喋ったのに」
「すみません。まあ、あれはちょっと口が滑りましたね」
あの時はセノンを見殺しにするつもりだったから、文字通り冥途の土産として正体を告げたのもしれない。
だが、結果的にセノンはカイオに治療され、生きている。
そして、カイオをそのように心変わりさせたものは何だったか。
「…気になるようでしたら、命令されますか?いいから話せ、と」
カイオが実に愉快そうに、セノンにそう問いかける。
その目はどこか、期待に輝いている。
「…しないよ、そんなこと」
「そうですか?残念です」
セノンの否定の言葉に、カイオはくすくすと笑う。
本気なのか冗談なのか、いまいち判別がつかない。
「…聞かれて本当に困るんだったら、また幻惑魔法を僕にかければいいんじゃない?」
過去に何度か記憶をあやふやにされていたことを思い出し、セノンはそう言葉を投げかける。
察するにセノンの辛い記憶を忘れさせてくれていたようだが、気付いてしまうとあまり気分の良いものではない。
今まで改めて言葉にしていなかったが、ちょうどよい機会だと思いそのことをあえて指摘した。
「もうしませんよ、そんなこと。わざわざそんなことしなくても、セノン様は十分素晴らしいと理解しましたから」
しかしカイオは、あっさりとそう答えた。
特に嘘を言っているようにも見えない。
そういえば鳥獣型魔獣を倒したあとくらいから、カイオはセノンと触れ合うときに発動体を外すようになっていたことに気づく。
「なら、いいけど…実際あれ、やられるの嫌だから、もうやめてね…」
「セノン様こそ、私の秘密は他者に公言しないで下さいね。言うまでもないことだとは思いますが」
「分かってるよ」
二人はお互いにそう約束を交わし、微かに笑いあった。
カイオは優しくセノンの頭を撫で、セノンは無意識にごく僅かに、カイオに身を寄せた。
「…そういえば」
しばしカイオの手の感触を黙って受け入れていると、安心感でウトウトしてくる。
その中でセノンは、言わなくてはならないことがあったことを思い出した。
「カイオにひとつ、謝りたいことがあるんだ」
「謝りたいこと?なんですか?」
「竜にやられて死にかけた時、僕ちょっとおかしくなって…カイオに酷いこと言ったよね」
セノンは思い返す。
あの時はかなり暴力的で、威圧的な言葉をカイオに投げかけた。
感情が高ぶり死に物狂いだったとはいえ、近しい人に向けるべき言葉や感情ではなかった。
セノンはそれがずっと気にかかっていた。
優しくされ、カイオに何事もなかったかのように振舞われたので少し忘却していたが、なかったことには出来ないと思った。
「ああ、あれですか…私としてはあれはあれで心地よかったので、別に気にしていません」
「でもやっぱり、謝りたいんだ。…本当に、ごめん」
「大丈夫ですよ。すべて、分かっています」
「…うん。ありがとう…」
カイオの腕の中で、セノンは身じろぎをする。
カイオの返事に安心して眠気が強くなってきたのか、瞼が閉じられがちになっていた。
同時に言葉に飾り気がなくなり、偽らざる本心を吐露し始める。
「僕、カイオに嫌われたくない。もっとずっと一緒にいて、色々教えて欲しいんだ。これからも、一緒にいて、くれる…?」
「ええ、喜んで。ずっとお傍にいますよ。どんなことだって、教えて差し上げます」
カイオが頭を撫でながら告げると、安心しきったセノンは完全に眠りに落ちた。
だからその後にカイオが呟いた言葉は、セノンの耳には届かない。
「貴方が死んだ後も、ずっと傍にいますよ。…今から、楽しみです」
我が子に向けるように。恋人に向けるように。
そして、愛玩動物に向けるように、自ら育てた家畜に向けるように。
セノンに向けられたものは、およそ人に向けるべきではない歪なものも区別なく混ぜこぜにされていたが、まぎれもなく一遍の曇りもなく愛情だった。
しかしセノンがカイオに向ける親愛と、カイオがセノンに向ける愛欲には、致命的にずれがあった。
まだセノンは、そのことに欠片も気づかない。
「決して離しませんよ、セノン様」
カイオの目の前に投げ出された、セノンの左手。
そこには、治癒が遅れたために傷痕が残っていた。
カイオの魔力が色濃く浸透した発動体が砕けた際に、ひときわ強くつけられたその傷は、薬指をぐるりと一周していた。
さながらエンゲージリングのように付けられたその傷痕は、見ようによっては外すことのできない、呪いか何かのようにも見えた。
それからしばし時が経ち、暗くなった部屋の中、狭いベッドの中。
セノンは、一緒にベッドに入ったカイオに話しかける。
「はい?」
「カイオは僕に、どうして欲しいの?…僕を、どうしたいの?」
セノンの唐突な問いかけに、カイオは少しの時間思案した。
だが大した時間もかけずに、答えを口にした。
「そうですね。出来ればセノン様の心のままに、人を救い続けて欲しいですね。その姿を、近くで見ていたいのです」
「…僕を自分のものにしたいとか言ってたのは、もういいの?」
「それも、叶うなら叶えたい願いではあります」
カイオは口元に薄く笑みを浮かべながら、腕の中のセノンに顔を寄せる。
「ただ貴方を独占するということは、少なからず貴方の世界を、ひいては成長の幅を狭めることになります。それは好ましくありません。私は、貴方を縛る枷にはなりたくはないのです」
もちろん、積極的に亡き者になって欲しいとも思っていませんしね、とカイオは微笑む。
それは、自身の正体を明かしたあの時にも言っていたことだ。
「貴方は必ず、近い将来に偉業を成し遂げ、その名を人々の脳裏に刻むでしょう。私は、それが見たいのです」
「そんなこと、僕に出来るかな…」
「出来ますよ。貴方は私の…御遣いの祝福を、その身に受けているのですからね」
カイオはおどけたように、鼓舞するようにセノンの頭を撫でる。
その感触に心が安らぐが、言っていることはちょっと胡散臭いとセノンは思った。
「…神の祝福とか、神官の人たちがよく嘆願してるけど…神様って本当にいるの?」
セノンは照れ隠しも兼ねて、思ったことを素直に尋ねた。
「それもちょっと、お話し出来ませんね。軽々しく名を語ることはよろしくありません」
「…そんなのばっかりだね。元はといえば、カイオから喋ったのに」
「すみません。まあ、あれはちょっと口が滑りましたね」
あの時はセノンを見殺しにするつもりだったから、文字通り冥途の土産として正体を告げたのもしれない。
だが、結果的にセノンはカイオに治療され、生きている。
そして、カイオをそのように心変わりさせたものは何だったか。
「…気になるようでしたら、命令されますか?いいから話せ、と」
カイオが実に愉快そうに、セノンにそう問いかける。
その目はどこか、期待に輝いている。
「…しないよ、そんなこと」
「そうですか?残念です」
セノンの否定の言葉に、カイオはくすくすと笑う。
本気なのか冗談なのか、いまいち判別がつかない。
「…聞かれて本当に困るんだったら、また幻惑魔法を僕にかければいいんじゃない?」
過去に何度か記憶をあやふやにされていたことを思い出し、セノンはそう言葉を投げかける。
察するにセノンの辛い記憶を忘れさせてくれていたようだが、気付いてしまうとあまり気分の良いものではない。
今まで改めて言葉にしていなかったが、ちょうどよい機会だと思いそのことをあえて指摘した。
「もうしませんよ、そんなこと。わざわざそんなことしなくても、セノン様は十分素晴らしいと理解しましたから」
しかしカイオは、あっさりとそう答えた。
特に嘘を言っているようにも見えない。
そういえば鳥獣型魔獣を倒したあとくらいから、カイオはセノンと触れ合うときに発動体を外すようになっていたことに気づく。
「なら、いいけど…実際あれ、やられるの嫌だから、もうやめてね…」
「セノン様こそ、私の秘密は他者に公言しないで下さいね。言うまでもないことだとは思いますが」
「分かってるよ」
二人はお互いにそう約束を交わし、微かに笑いあった。
カイオは優しくセノンの頭を撫で、セノンは無意識にごく僅かに、カイオに身を寄せた。
「…そういえば」
しばしカイオの手の感触を黙って受け入れていると、安心感でウトウトしてくる。
その中でセノンは、言わなくてはならないことがあったことを思い出した。
「カイオにひとつ、謝りたいことがあるんだ」
「謝りたいこと?なんですか?」
「竜にやられて死にかけた時、僕ちょっとおかしくなって…カイオに酷いこと言ったよね」
セノンは思い返す。
あの時はかなり暴力的で、威圧的な言葉をカイオに投げかけた。
感情が高ぶり死に物狂いだったとはいえ、近しい人に向けるべき言葉や感情ではなかった。
セノンはそれがずっと気にかかっていた。
優しくされ、カイオに何事もなかったかのように振舞われたので少し忘却していたが、なかったことには出来ないと思った。
「ああ、あれですか…私としてはあれはあれで心地よかったので、別に気にしていません」
「でもやっぱり、謝りたいんだ。…本当に、ごめん」
「大丈夫ですよ。すべて、分かっています」
「…うん。ありがとう…」
カイオの腕の中で、セノンは身じろぎをする。
カイオの返事に安心して眠気が強くなってきたのか、瞼が閉じられがちになっていた。
同時に言葉に飾り気がなくなり、偽らざる本心を吐露し始める。
「僕、カイオに嫌われたくない。もっとずっと一緒にいて、色々教えて欲しいんだ。これからも、一緒にいて、くれる…?」
「ええ、喜んで。ずっとお傍にいますよ。どんなことだって、教えて差し上げます」
カイオが頭を撫でながら告げると、安心しきったセノンは完全に眠りに落ちた。
だからその後にカイオが呟いた言葉は、セノンの耳には届かない。
「貴方が死んだ後も、ずっと傍にいますよ。…今から、楽しみです」
我が子に向けるように。恋人に向けるように。
そして、愛玩動物に向けるように、自ら育てた家畜に向けるように。
セノンに向けられたものは、およそ人に向けるべきではない歪なものも区別なく混ぜこぜにされていたが、まぎれもなく一遍の曇りもなく愛情だった。
しかしセノンがカイオに向ける親愛と、カイオがセノンに向ける愛欲には、致命的にずれがあった。
まだセノンは、そのことに欠片も気づかない。
「決して離しませんよ、セノン様」
カイオの目の前に投げ出された、セノンの左手。
そこには、治癒が遅れたために傷痕が残っていた。
カイオの魔力が色濃く浸透した発動体が砕けた際に、ひときわ強くつけられたその傷は、薬指をぐるりと一周していた。
さながらエンゲージリングのように付けられたその傷痕は、見ようによっては外すことのできない、呪いか何かのようにも見えた。
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