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11話 暗闇と香り
1.難航
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竜の討伐を終えてから、数週間後。
セノンとカイオは魔獣討伐の旅を再開しており、その日もいつものように森の中で魔獣の群れを殲滅していた。
相手をするのは昆虫型であったり獣型であったりトカゲ型であったり、これまでも幾度となく討伐してきた相手ばかりだ。
それらを順調に討伐しながら、しかしセノンの表情は晴れやかではない。
「なかなか、目標の魔獣が見つからないね…」
「見つかりにくいとは聞いていましたが、予想以上でした。流石にもう、今日は切り上げるべきですね」
疲れたようにこぼすセノンに、カイオが言葉をかける。
彼らは、とある魔獣を討伐すべくこの森へと踏み入っていた。
だが既に目標が生息するとされている地域に足を踏み入れてから何時間も経過しているが、未だ見つかっていない。
セノンも遭遇したことのない魔獣のため、音を頼りに探すのも難航しているのだ。
少しでも怪しい気配があれば手当たり次第に近づき確認しているが、成果は芳しくない。
もともとの事前情報でなかなか見つけにくい魔獣だとは聞いていたが、想像以上だった。
出来れば明るいうちに片付けてしまいたかったのだが、もはや周囲は薄暗くなり日は落ちかけている。
「んー…でももうちょっと頑張れば、ひょっとしたら…」
「やめておきましょう。希望的観測で動くのはよくありませんし、無理をしても碌なことになりません。多少なりとも明るいうちに野営場所を決めたほうが、何かと都合がよいです」
粘ろうとするセノンを、カイオが諫めた。
すでに何度かセノンの要望で討伐を切り上げることを先延ばしにしていたが、これ以上は限界があった。
「まあ確かに…もう疲れたし、諦めるか…出来れば、町に戻って休みたかったな…」
「仕方ありません。第一、この依頼を受けたのはセノン様ですよ」
自らのぼやきに対するカイオの言葉に、セノンはうっと怯んだ。
指摘通り、討伐者組合の施設で依頼を物色していてこの依頼を受けることにしたのは、他でもないセノンの判断だ。
「それは、ごめん…確かに、僕がぶつぶつ言えた立場じゃなかったね…」
「まあ、とりあえず今は野営場所を決めましょう」
着々と暗くなりつつ空を見上げながら、カイオはそう言ってセノンに移動を促した。
セノンは慌てて、歩き出したカイオについていく。
それからしばし探索し、二人は野営場所を決めた。
可能であれば、近くに水源として利用できる川があることが理想的だったが、それは叶わなかった。
川を見つける前に周囲がすっかり暗くなり、探索を断念せざるを得なかったからだ。
いくら火炎魔法とランタンで明かりが確保できるといっても、暗い森の中を歩き回るのは得策ではない。
場所を決めるとカイオは手早く火を起こし、野営の準備を整える。
とはいっても雨が降る様子もないので天幕を張ったりもせず、焚火を確保し邪魔な雑草を払ってスペースを確保する程度だ。
「ちょっと足りないかと思いますが、状況が状況なので我慢して下さい」
準備を終え、カイオはそう言いながら荷物から食料を取り出す。
この状況を見越し念のため普段より多めに用意してはあったものの、普段町で取る食事に比べれば量も種類も雲泥の差だ。
「大丈夫だよ。さすがにそんな、毎回お腹いっぱいになれるだなんて思ってないし」
カイオにそう返しながら、セノンは渡された食料…日持ちのする堅パンやチーズに干し肉、果物をぺろりと平らげた。
ただやはりその表情は満足とはいかず、どことなく物足りなそうだ。
あとはいつも通り装備の整備を行い、明日の予定確認なども含め、しばらく取り留めもなく会話をする。
そして明日に備え早めに寝ようと横になったところで、セノンはおかしなことに気が付く。
「…なにしてるの、カイオ」
セノンが横になり防寒用の布を被ったところで、カイオが当たり前のようにすぐそばにぴったりと寄り添ってきていた。
しかもセノンの防寒布を捲り、その中に潜り込んでくる。
布地が足りなくなる分は、自分の分を上からかけ直す有様だ。
別に特別寒い訳でもないので、普通に考えてくっつく必要はない。
あまり遠慮せずにこういうことをしてくるのは以前からそうだが…あの一件以来、よりその傾向が強くなっている気がした。
「食事でご満足させられなかった分、別の部分で補填しなければいけないかと思いまして」
「んー…」
ぬけぬけとそんなことを言い放つカイオに対し、セノンは呻いた。
身じろぎして僅かに抵抗しつつ、言葉を選ぶ。
「…ここ、外だよ?」
色々と言いたいことはあったが、とりあえず出てきたのはそんな言葉だった。
「別に私は気にしませんが。どうせ人の目なんてありませんし」
「いや、それもそうだし…それに、体だって拭いてないし…」
さすがに服は着替えていたが、十分な水源を確保できなかったために今日は体を清めていなかった。
水は町である程度は準備してあるが、あくまで飲み水が最優先であり無駄には使えない。
なにより、一日くらいなら我慢すれば問題ないという判断だった。
ただ当然それまでの魔獣討伐で汗はかいているので、普段に比べれば多少なり不衛生だし、くっつけばにおいもするだろう。
「別に気になりませんよ。それとも、私のにおいが不快でしたか?」
「いや、そんなことはないけど…」
セノンがぶっきらぼうに否定すると、カイオは薄く笑ってみせた。
確かにいつもの薬剤の清涼な香りは薄れていたが、だからといって臭いという事は全くなく、くっつかれて不快さも一切なかった。
むしろどことなく…その匂いに安心する気がセノンはしていた。
さすがにそんなことを口にする気はなかったが。
「でしたら、これで良いでしょう。それに…」
カイオはセノンに囁きながら、指先でその頬に優しく触れた。
「今回に関してはこの方が都合が良いと、セノン様もお分かりでしょう?」
カイオは言葉とともに、触れた指先でぴたぴたとセノンの頬を優しく叩いた。
その説明に、セノンは特に反論も見当たらなくなる。
「今夜は眠らせませんよ、セノン様」
流石にカイオのその言葉には顔をひきつらせたが、セノンは諦めてカイオの提案を受け入れた。
セノンとカイオは魔獣討伐の旅を再開しており、その日もいつものように森の中で魔獣の群れを殲滅していた。
相手をするのは昆虫型であったり獣型であったりトカゲ型であったり、これまでも幾度となく討伐してきた相手ばかりだ。
それらを順調に討伐しながら、しかしセノンの表情は晴れやかではない。
「なかなか、目標の魔獣が見つからないね…」
「見つかりにくいとは聞いていましたが、予想以上でした。流石にもう、今日は切り上げるべきですね」
疲れたようにこぼすセノンに、カイオが言葉をかける。
彼らは、とある魔獣を討伐すべくこの森へと踏み入っていた。
だが既に目標が生息するとされている地域に足を踏み入れてから何時間も経過しているが、未だ見つかっていない。
セノンも遭遇したことのない魔獣のため、音を頼りに探すのも難航しているのだ。
少しでも怪しい気配があれば手当たり次第に近づき確認しているが、成果は芳しくない。
もともとの事前情報でなかなか見つけにくい魔獣だとは聞いていたが、想像以上だった。
出来れば明るいうちに片付けてしまいたかったのだが、もはや周囲は薄暗くなり日は落ちかけている。
「んー…でももうちょっと頑張れば、ひょっとしたら…」
「やめておきましょう。希望的観測で動くのはよくありませんし、無理をしても碌なことになりません。多少なりとも明るいうちに野営場所を決めたほうが、何かと都合がよいです」
粘ろうとするセノンを、カイオが諫めた。
すでに何度かセノンの要望で討伐を切り上げることを先延ばしにしていたが、これ以上は限界があった。
「まあ確かに…もう疲れたし、諦めるか…出来れば、町に戻って休みたかったな…」
「仕方ありません。第一、この依頼を受けたのはセノン様ですよ」
自らのぼやきに対するカイオの言葉に、セノンはうっと怯んだ。
指摘通り、討伐者組合の施設で依頼を物色していてこの依頼を受けることにしたのは、他でもないセノンの判断だ。
「それは、ごめん…確かに、僕がぶつぶつ言えた立場じゃなかったね…」
「まあ、とりあえず今は野営場所を決めましょう」
着々と暗くなりつつ空を見上げながら、カイオはそう言ってセノンに移動を促した。
セノンは慌てて、歩き出したカイオについていく。
それからしばし探索し、二人は野営場所を決めた。
可能であれば、近くに水源として利用できる川があることが理想的だったが、それは叶わなかった。
川を見つける前に周囲がすっかり暗くなり、探索を断念せざるを得なかったからだ。
いくら火炎魔法とランタンで明かりが確保できるといっても、暗い森の中を歩き回るのは得策ではない。
場所を決めるとカイオは手早く火を起こし、野営の準備を整える。
とはいっても雨が降る様子もないので天幕を張ったりもせず、焚火を確保し邪魔な雑草を払ってスペースを確保する程度だ。
「ちょっと足りないかと思いますが、状況が状況なので我慢して下さい」
準備を終え、カイオはそう言いながら荷物から食料を取り出す。
この状況を見越し念のため普段より多めに用意してはあったものの、普段町で取る食事に比べれば量も種類も雲泥の差だ。
「大丈夫だよ。さすがにそんな、毎回お腹いっぱいになれるだなんて思ってないし」
カイオにそう返しながら、セノンは渡された食料…日持ちのする堅パンやチーズに干し肉、果物をぺろりと平らげた。
ただやはりその表情は満足とはいかず、どことなく物足りなそうだ。
あとはいつも通り装備の整備を行い、明日の予定確認なども含め、しばらく取り留めもなく会話をする。
そして明日に備え早めに寝ようと横になったところで、セノンはおかしなことに気が付く。
「…なにしてるの、カイオ」
セノンが横になり防寒用の布を被ったところで、カイオが当たり前のようにすぐそばにぴったりと寄り添ってきていた。
しかもセノンの防寒布を捲り、その中に潜り込んでくる。
布地が足りなくなる分は、自分の分を上からかけ直す有様だ。
別に特別寒い訳でもないので、普通に考えてくっつく必要はない。
あまり遠慮せずにこういうことをしてくるのは以前からそうだが…あの一件以来、よりその傾向が強くなっている気がした。
「食事でご満足させられなかった分、別の部分で補填しなければいけないかと思いまして」
「んー…」
ぬけぬけとそんなことを言い放つカイオに対し、セノンは呻いた。
身じろぎして僅かに抵抗しつつ、言葉を選ぶ。
「…ここ、外だよ?」
色々と言いたいことはあったが、とりあえず出てきたのはそんな言葉だった。
「別に私は気にしませんが。どうせ人の目なんてありませんし」
「いや、それもそうだし…それに、体だって拭いてないし…」
さすがに服は着替えていたが、十分な水源を確保できなかったために今日は体を清めていなかった。
水は町である程度は準備してあるが、あくまで飲み水が最優先であり無駄には使えない。
なにより、一日くらいなら我慢すれば問題ないという判断だった。
ただ当然それまでの魔獣討伐で汗はかいているので、普段に比べれば多少なり不衛生だし、くっつけばにおいもするだろう。
「別に気になりませんよ。それとも、私のにおいが不快でしたか?」
「いや、そんなことはないけど…」
セノンがぶっきらぼうに否定すると、カイオは薄く笑ってみせた。
確かにいつもの薬剤の清涼な香りは薄れていたが、だからといって臭いという事は全くなく、くっつかれて不快さも一切なかった。
むしろどことなく…その匂いに安心する気がセノンはしていた。
さすがにそんなことを口にする気はなかったが。
「でしたら、これで良いでしょう。それに…」
カイオはセノンに囁きながら、指先でその頬に優しく触れた。
「今回に関してはこの方が都合が良いと、セノン様もお分かりでしょう?」
カイオは言葉とともに、触れた指先でぴたぴたとセノンの頬を優しく叩いた。
その説明に、セノンは特に反論も見当たらなくなる。
「今夜は眠らせませんよ、セノン様」
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