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11話 暗闇と香り
2.暗闇
しおりを挟むもう少し時間が立てば、日が出て明るくなり始めるような時間。
真っ暗な森の中を、魔獣が二匹蠢いていた。
ゆっくりと足音も立てずに、ある一点に向け歩みを進める。
魔獣たちが目指すのは、小さくなりつつある焚火の傍だ。
焚火は長時間放置されたせいか火が極めて小さくなっており、火の傍であっても薄暗い。
しかし魔獣たちは備わった器官のお陰で、火の傍に二人分の人影があることを正確に認識していた。
焚火の傍には、人間が二人横になって寝ていた。
二人で一塊になっており、疲れて熟睡しているのかピクリとも身じろぎしない。
それを起こすことのないよう、魔獣たちは音も立てずに忍び寄る。
そして多少の時間を要して、魔獣たちは人影の傍まで接近した。
これ以上近づくと、暗がりから出て火に照らされることになる。
それを嫌った魔獣たちはそこで足を止め、体をたわめ…次の瞬間に人影に飛び掛かった。
だがそれを察知していたセノンとカイオは、同時にその場から飛び起きて魔獣の牙を回避した。
「本当に来たね…!」
「なかなか来ないので、情報が間違っているかと思いましたよ」
討伐目標が向こうから来てくれたことに、セノンとカイオは思い思いの言葉をこぼし、目の前に現れた魔獣を見据えた。
魔獣はトカゲと蛇を掛け合わせたような姿をしており、大型犬程度の体に鋭い鉤爪を備え、首と尾は蛇を連想させ異常に長い。頭は完全に大型の蛇になっていた。
二人は日中からこの魔獣を探し回っていたが、結局見つけることが出来ずにいた。
夜行性のこの魔獣は、明るいうちは地中の巣穴に潜ってしまうという。
そのために見つけるのが大変困難だとは、事前の情報収集で把握はしていた。
それでも日中の発見例が全くないわけではないので「無駄に待つよりは」と探索したものの、空振りに終わっていたのだ。
地中の巣穴でじっとしている相手には、セノンの聴覚も役に立ちにくい。
(情報が正しくて、良かった…!)
そしてこの魔獣が恐れられているのは、「夜間に寝入った獲物を襲って食い殺す」とされているためだ。
ただ二人はそれを逆手に取り、寝たふりをすることで魔獣を誘い出していた。
見張りも立てずに、二人で無防備に横になったのはそのためだ。
ただいくら「ふり」でも、横になってじっとしていたらセノンは間違いなく寝てしまう。
なので、カイオがすぐそばにくっついて適宜起こしていたのだ。
常時起きている必要はないが、魔獣の気配がしたときはセノンに起きていてもらい、接近を察知する必要があった。
そのために僅かにでも何らかの気配がするたびに起こされ、セノンは何時間も寝て起きての浅い眠りを繰り返していた。
ただセノンはまだよい方で、カイオはほぼ一晩中起きていた。
「状況によって一人で一晩中見張りを求められることはままありますし、私は一日くらいなら寝なくてもなんとかなるので大丈夫です」とは言っていたが、大変は大変だろう。
少なくともセノンは自分にはとても出来ないと思っていた。
ただ暇を持て余したのか、何度か起こす際に耳を噛んできたり口の中に指を突っ込んできたりするのは勘弁してほしかったが。
「逃げられると面倒です。確実に仕留めましょう」
カイオはそう呟き、隠し持っていたランタンに火を入れるべく魔法を構築する。
このままだと周囲は暗いままで、戦うには不利だ。
だがその瞬間、魔獣の一匹が飛び掛かってくる。
瞬発的な跳躍に加えてたわめていた首を一瞬で伸ばしてくることで、予想外の距離から攻撃を仕掛けてきた。
「シャアッ!!」
「…っ!?」
魔法の構築中に仕掛けられたカイオは一瞬反応が遅れ、攻撃は回避したもののランタンを手から弾き飛ばされてしまう。
離れた地面に落ちたランタンは破損し、充填した油が零れ使えなくなる。
「カイオ!大丈夫!?」
「…はい、負傷はありません。大丈夫です」
魔獣の伸ばした首に斬りつけ牽制しながら、セノンが確認する。
魔獣は剣を叩きつけられるのに合わせて首をくねらせ、大した傷も負わずすぐに下がった。
「ですがすみません、油断して明かりを失いました。恐らく、意図的に…」
カイオが言いかけた直後、もう一匹の魔獣が長い尾を振りまわし焚火を薙ぎ払った。
小さく燃えていた焚き木が散らされ、あっという間に火が消える。
一切の火がなくなったため周囲は更なる闇に包まれ、ほぼ何も見えなくなる。
この状況は、まずい。
(こいつら、これを狙って…!?)
光がなくとも特殊な器官で標的を察知する目の前の魔獣たちにとって、暗闇は一切障害にはならない。
一方で獲物となる人間が暗闇では不自由するということを、明らかに理解している動きだった。
いくらセノンが聴覚に優れ音で相手の動きを察知できるといっても、流石に限度はある。
おおよその魔獣の位置と動きは分かっても、見ることが出来なければどうしても反応は遅れてしまう。
「セノン様、私は光源確保を優先します。すみませんが、サポートをお願いします」
「分かった!」
カイオは言葉と共にほぼノータイムで構築を終え、上に向けた掌に炎を灯らせる。
それとほぼ同時に、片方の魔獣が暗がりからセノンに向け攻撃を仕掛けた。
「うわっ…!?」
炎で照らされる方が一瞬早かったため、辛うじて反応し身を躱せたが、かなり危うかった。
(明らかに、見た目以上に首が伸びてる…!)
骨や筋肉に柔軟性があり、勢いをつけることでゴムのように瞬間的に伸びているのかもしれないとセノンは気が付いた。これではカイオも不覚を取るわけだ。
そしてもう一匹は、いつの間にかカイオの背後に回り込んでおり、同じように暗がりから攻撃を仕掛ける。
「く…!」
辛うじて気づき反応できたカイオは、ギリギリでそれを躱す。
たがその動きで手元の炎が不安定に揺れ、急激に小さくなった。
当然、一瞬確保できた視界も炎の大きさに伴って小さくなる。
炎は放てば炸裂してすぐに消えてしまうし、しばらく燃え残るような炎は構築している暇がない。
むしろ、いったん発動させており辛うじての不安定な状態とは言え、回避動作と魔法の維持を両立させたカイオの手並みがさすがと言えた。
そして、カイオを攻撃することで明るさが失われることを魔獣は目ざとく察知し、立て続けにカイオに攻撃を仕掛ける。
だが。
「…調子に、乗るなッ!!」
カイオに飛び掛かった魔獣の首は、一閃させたセノンの刃によって切断された。
わずかとはいえ確保された視界と音に加え、あらかじめカイオを狙うと推測出来ていれば。
待ち構えて迎撃することは、セノンにはそれほど難しいことではなかった。
「お見事です。ありがとうございます」
「もう一匹は…!?」
感嘆の声をあげるカイオを無視し、セノンは周囲を警戒する。
それに合わせてカイオは再び手元の炎を大きくし周囲を明るくするが、魔獣の姿は見当たらない。
「何処に…?」
カイオは魔獣を見つけるべく手元の炎を左右にかざし、暗がりを照らそうとする。
しかしそれでも魔獣は見当たらず、カイオとセノンは四方に視線を走らせる。
「いない…?」
しかしそう呟いた次の瞬間、セノンは何かが軋む音を聞きつけた。
瞬間的にそちらを向くと、魔獣が鉤爪を喰い込ませ大きな樹木のかなり高い位置にへばりついているのに気が付く。その高さは、セノンの頭の位置よりも高い。
まさか、あの体躯で音もなくあの高さまで登るとは。セノンは驚愕する。
そしてカイオが視線を魔獣とは反対に向けた瞬間に、魔獣はカイオ目掛け飛び掛かっていた。
かなりサイズを上げた炎を維持しているカイオの反応は、間違いなく遅れるだろう。
ちょうど、カイオを挟んでセノンの反対側から襲い掛かってきているのも狡猾だった。
とっさに庇いにくい。
「…カイオ、危ない!!」
「!?」
だからセノンは、魔獣に向け走りながらカイオを横へと突き飛ばした。
そして無我夢中で、頭上から襲い掛かる魔獣に向け剣を叩きつける。
「…ぅえっ!?」
「セノン様!!?」
直後に悲鳴ともつかない声をあげたセノンに対し、カイオ急ぎ振り返り状況を確かめる。
そしてカイオの視界に映ったのは…腹を裂かれて地面に落ち痙攣する魔獣の姿と、頭から魔獣の血や内臓をもろにかぶったセノンの姿だった。
「…セノン様、大丈夫ですか?」
「…うん…怪我とかは、ないんだけど…」
自分の頭からボタボタと滴り落ちる血や臓物に、セノンは思いきり顔をしかめる。
体と服をひどく汚したそれらは、酷い臭いを放っていた。
「とりあえずカイオ…悪いけど、水貰っていい…?」
カイオから無言で水袋を差しだされつつ、セノンは昨晩のうちに川を見つけられなかったことを非常に後悔した。
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