電波少年と幽霊マネージャーの迷宮探索裏街道

春池 カイト

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1 電波少年の受難

ファーストスキル

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 ダンジョン内で僕たち3人は、それぞれの時間を過ごしていた。
 さすがに受験が迫っていたので僕は参考書を数冊持ち込んでいたし、クニオやダイスケの話に交じることもあった。
 真面目くん? あの母の子として、僕に進学校以外の選択肢はない。
 ブルーシート上でははかどらず、最終的には暇になって寝転がっていたけど……
 4時間というのはやることが無いと長く感じる。
 その時間をブルーシートの上で過ごすというのは、今回で最後にしたいと思ったのを今でも覚えている。

 そんなこんなで無事4時間が過ぎて、係員の人が呼びに来た。
 ごつごつした地面にブルーシートを敷いただけのところで寝転がっていたため、ちょっと体が痛い。
 自分でも信じられないが、この短い滞在で僕たちはファーストスキルを得られるのだそうだ。

 ファーストスキル。
 最初女神はFSと言っていたが、のちにそれがファーストスキルの略だと補足があった。
 これまた最初はCSと呼ばれていたチップスキルとは、その性質が違うらしい。
 なんでも、ファーストスキルだけはその使い方に融通が利くらしい。

 例えば水というファーストスキルがあるとしよう。
 それは本人のスキルへの習熟で、水の玉、水の矢、水の壁などと変化させることができる。
 一方、チップスキルは最初から水玉であるとか水壁など、単一の効果しか得られない。
 だからこそ、ファーストスキルを主軸にする探索者が多いのだという。

 スキルに考えを巡らせながら、僕は前の人に続いて列をなして入口へと歩みを進める。
 予定では、この後外に出てファーストスキルを専用の装置で調べてもらって、30分を待って解散だそうだ。

「腹減ったよな」
「昼飯なににするかな?」

 クニオとダイスケがそんな話をしている。
 確かに今は昼過ぎだから、外で食べないといけないな。

「カナメはなんか希望ある?」
「ああ、僕は……」

 僕は振り返ってクニオに返事をしようとした。
 その時、自分では気づいていなかったが、ちょうどダンジョンの入口を踏み越えたらしい。
 後で聞いた状況だと、そうとしか考えられないけど、あいにくその時の僕はよそ見をしていた。
 そして、事件は起こる。

「うあああああああっ」

 突然、天井が落ちてきた。
 そう思った。
 それぐらいの衝撃が僕を襲った。
 どっちが地面かということも分からない。
 自分が立っているのか膝立ちなのか横たわっているのかもわからない。
 そもそも自分が人の形をしているのかもわからない。
 自分が叫んでいるのかどうなのかもわからない。

「……?」
「……!」
「……!」

 激しく続く爆音と衝撃の中で、かすかに人の声のようなものが聞こえた気がした。
 いや、実際に周囲の注目の的だったのだろう。
 そして、そのような地獄の時間が続いたのち……

「……? ……悪いな」

 その語尾だけが、気を失う直前に意味ある言葉として認識できた。
 そして僕の意識は暗転する。


*****


 意外なことに次の目覚めは穏やかだった。
 また、あの痛みとも何とも言えない者がのしかかってくるのではないかと一瞬身構えた。
 だが、そんなことはなく、僕は体から力を抜く。

 落ち着くと、多分ベッドか何かに横たわって仰向けになっている自分に気づく。
 何か頭がぼうっとして思考が鈍い気がする。

「気が付いた?」
「……あ……」
「ああ、いいからいいから……多分まだお薬効いているから無理してしゃべらなくていいよ」

 聞きなれた声。これは母さんだ。
 実際、歩み寄ってきて、見慣れた母さんの顔が見える。
 そして、僕の顔を確認した母さんが頭をなでてくれた。

「大変だったね……えっと、多分気になっているところからざっと説明すると、ファーストスキル取得時の事故。だから、カナくんが悪いわけじゃないし、学校にもちゃんと連絡したわ」
「あ……けが……とか?」
「うんうん、別に暴れたわけじゃないから誰もケガとかしてないわよ。クニオくんたちはびっくりしたみたいだから、後で連絡してあげれば……あ、ああ、うーん、まあなんとかするか……」

 なんか言葉の後半がひっかかる。何か連絡できない理由でもあるのだろうか?
 僕はようやく働き始めた頭で、とりあえずカラカラの口で唾を飲み込む。

「あ、水ならあるよ。はい」
「うん、ありがとう」

 僕は体を起こしてペットボトルを受け取る。
 一口飲んで母さんに質問する。

「……ところで、ここってどこ? 病院?」
「病院とはちょっと違うかな。あ、でもお医者さんには出張してきてもらってるのよ」
「病室には……見えないね」

 なんか白っぽいタイルが天井にも壁にも並べられていて、病室には見えない。むしろ実験室とかそういう場所に見える。

「そうね、こんなことがないと私も電波暗室なんかに入ることはなかったと思うわ……えっと、この部屋がカナくんのスキルと関係するんだけど……」
「何? なんか変なの? というか、電波暗室?」

 初めて聞く単語だ。
 そして、それが必要な僕のスキルとは?
 強いスキルだといいんだけど、そんなことはないんだろうなあ……

「なんか珍しいスキルなの?」
「うん、確かに珍しいけど世界で3人目。『電波』のスキルよ」
「でん……ぱ?」

 なるほど、電波スキルだから電波暗室なのか。
 ということは……僕は14歳の少年であるから、僕は『電波少年』ということになるのだろうか? そういう名前のテレビ番組があったと思うし、なんか『デンパ』とか『デムパ』とか書かれて、ネットでからかわれそうなイメージがある。
 それより気になるのは名前のことじゃない。

「それってちゃんとファーストスキルだよね?」

 ちっとも役に立ちそうに思えない。
 だって、電波なんてモンスターにぶつけてどうにかなるものじゃないでしょ?

「そう、調べた限りではちゃんとモンスターを倒せるらしい。特にゴースト系は一発らしいよ」
「すごく限定的な気がする」
「そうね、否定できないわね」

 ともかく攻撃力はあるらしい。

「なんで? 聖属性の電波?」

 ゴーストに効くならそうなのだろうと思った。
 もちろん、武器は聞かないけど火や聖属性の攻撃なら効きそうだ。

「いや、ゴースト系は質量を持たないから、電気とか磁気とか、あと高音、低温とかがよく効くらしいのよ。車のバッテリー背負って剣とドライヤーを装備した探索が一時期流行ったのよねえ」
「へえ」

 何とも前衛的な探索者もいたものだ。
 何とかなるのか……

「でもどのダンジョンでも入り口近くにはいないのよねえ、そういうの」
「げっ」

 何ともならないじゃないか。

「それより問題なのは……ちょっと身構えていてね? ベッドの柵を握っているといいわ」

 そういうと、母さんは入口の重そうなドアに向かって歩いていく。
 僕はもう思考もはっきりして部屋の中を見回している。
 部屋の隅には点滴の道具があったが、あれは僕用だったのかな。そういえば、左手の甲に脱脂綿が紙テープで止められている。そうすると、点滴が必要なぐらい長く眠らされていたのかもしれない。
 後はベッドの近くに会議机があり、その上にノートPC。
 これは母さんが仕事をしながら僕の看病をしていたのだろう。
 それと、なんかわからないが四角くて大きな箱がある。ここ倉庫だったのかな?

「行くよ、一瞬だけど」
「うん、なんかわからないけど……」

 僕は言われた通りのベッドの鉄柵を握り、力を込める。
 ノブに手を伸ばして、母さんは扉を開く。

「うぅ……」

 一気に静かだった室内に、騒音があふれ出す。
 ちょうど近くで電車が100本ほど全速力で走っているかのような、物理的に揺さぶられるような騒音が迫ってくる。
 そして母さんの言葉通り、その騒音は一瞬で引いていく。

「大丈夫?」

 思わずつぶっていた目を開けると、母さんが顔を覗き込んでいた。
 僕がうなずくと、母さんは静かに言った。

「やっぱり、町中だと飛び交う電波が多すぎる……落ち着いて聞いてね、カナくんは普通の生活ができなくなっちゃった」

 その言葉は、僕の未来を決定的に変えるものだった。
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