ココロノコエ

ライカ_Lyka

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第一章 知らない世界

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 四月の風は、なんだか他人行儀で、少し冷たい。

 新しい制服、新しい靴、新しい教室。慣れないことばかりで、毎日が疲れる。
 高校に入ってから、僕はずっと“どこに自分を置けばいいのか”を考えていた。

 入学して一週間。授業のことよりも、クラスメイトの顔よりも、
 今は「どの部活に入ろうか」という悩みで頭がいっぱいだった。

 「運動部は、うーん……朝早いし、体力もないし……」
 「文化部っていっても、何があるのかも正直よく分かってない……」

 放課後、昇降口の前で、僕は掲示板に貼られた部活動紹介のポスターを眺めていた。

 バスケ部の写真、吹奏楽部の演奏風景、茶道部の静かな空間。どれも魅力的だけど、自分がそこにいるイメージは湧かなかった。
 「どれが正解なのか」なんて分からない。ただ、どこにも“自分の居場所”のようなものが見つけられなくて、ため息がこぼれそうになった、そのとき──

 一枚の地味なプリントが、視界に引っかかった。


 『春の特別号 発行中!──あなたの『声』、伝えます。』
  新聞部 発行


 ……新聞部?
 一瞬だけ、足が止まった。
 正直、どんなことをしている部活なのか、詳しくは知らない。けど、「声を伝える」って、なんだか気になった。

 ──そのときだった。

 「それ、気になるの?」

 不意に背後から声がして、思わず振り返る。
 そこには見知らぬ先輩らしき女子生徒が立っていた。制服の襟には、僕より一本多い白線が入っている。
 彼女は僕が見ていた掲示を覗き込むと、少し口元を緩めて言った。

 「新聞部、興味ある?」

 「……え、あ、いや、えっと……」

 僕は答えに詰まって、言葉が出てこなかった。
 けれど、先輩はそんな僕の様子を面白がるでもなく、やわらかく微笑んで言った。

 「今日、放課後。部室、見に来なよ。三号館の三階、奥のほう」

 それだけ言って、彼女はくるりと背を向けて歩いていった。

 僕はしばらくその背中を見つめていた。
 気づけば、その日の放課後、僕の足は三号館へ向かっていた。

 三号館の階段は、校舎の中でも少し古くて、踏むたびにぎしぎしと音を立てた。

 三階まで上がり、廊下の奥を進んでいく。
 窓の外には夕日が差し込んでいて、埃がきらきらと舞っている。

 ほんの少し、戻ろうかと思った。
 けど──「見に来なよ」って言われたあの言葉が、頭のどこかに残っていて。
 僕は、意を決して扉をノックした。

 「……あの、失礼します」

 ぎぃ、と静かな音を立てて扉が開く。
 中に入ると、ほんのりと紙とインクのにおいがした。

 部室は想像よりもずっと静かで、小さな図書館みたいだった。
 壁には過去の新聞が整然と貼られていて、奥の机ではひとりの男子がパソコンに向かっていた。

 「おーい、来たよ」

 声がして振り返ると、さっきの先輩──咲坂みのり先輩が、部室の隅から顔を出した。

 「高橋くん、だよね? 入学式のとき、名札で見た気がする」
 「え、あ、はい……」

 咲坂先輩は椅子から立ち上がると、手で軽く部室を指し示した。

 「ようこそ、新聞部へ。まだ仮入部だけどね」

 その笑顔は、どこか安心感があった。
 僕が部屋の中を見回していると、さっきパソコンに向かっていた男子が、ぴっと眼鏡を押し上げて言った。

 「……新入生? 仮入部?」

 「うん。今日掲示板で声かけた子」

 「ふーん。まあ、物好きだな。あ、俺は村井。ここの副部長をやってる。編集と校正が主担当だ」

 言い方はそっけなかったけれど、どこか憎めない雰囲気だった。

 僕は一歩部室に踏み込み、机の上に積まれた新聞に目をやった。
 特別号、部活特集、読者の声──いろんな記事が並んでいて、その一枚一枚に、誰かの言葉が詰まっている気がした。

 「これ、全部……先輩たちが書いたんですか?」

 「うん。取材して、構成して、書いて、編集して……ってね」
 咲坂先輩が軽く頷く。
 「ほら、記事って“誰かの声”を形にするものだから」

 “誰かの声”。

 僕の中に、その言葉がゆっくりと染み込んでいく。

 すると咲坂先輩が、少しだけ真面目な顔になって、こう言った。

 「自分の思いを言葉にすることって──とっても大事なことなんだよ」

 僕は思わず、顔を上げて先輩を見た。

 「……でも、うまく言えなかったら……どうしたらいいんですか」

 そう口にしてから、自分でも驚いた。
 言葉が、ぽろりとこぼれ落ちたみたいだった。

 「うまくなくていいよ。最初から完璧に言える人なんていないし」
 咲坂先輩は少し笑って言った。

 「でも、言葉にしようって思うこと自体が、大事なの。言葉にしようとしないと、何も伝わらないから」

 その瞬間、新聞部という“知らない世界”が、少しだけ僕に近づいた気がした。
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