捨てられた聖女は穢れた大地に立つ

宵森 灯理

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第6話 広がる穢れ

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 私が決意を新たにしていると、外の方が俄かに騒がしくなった。私が振り返ると新たに誰かが運ばれてくるところだった。
 兵士と思しき、鎧を纏った青年が同じ騎士を肩に担いで入って来る。

「穢れにやられた! 頼む!」

 黒髪に無精ひげの銀色の鎧を纏った騎士が叫んだ。彼にも額に傷があり、血が流れた痕がある。私は思わず駆け寄った。

「大丈夫ですかっ!?」
「俺は問題ねぇ。イレーナを見てやってくれっ」

 黒髪の騎士が担いでいたもう一人をゆっくりと床へ下ろす。私はその顔を見て驚いてしまった。穢れを受けてぐったりしている騎士は茶色の革鎧の若い女性だった。

「お前に助けられるとは……屈辱、だな……」

 イレーナと呼ばれた女性騎士は、苦し気な表情を浮かべながらも運んで来た方の騎士に憎まれ口を叩く。

「あんまり口を開くなよ。穢れが広がるぞ。治療を頼む」

 私は横になっている女性騎士のイレーナさんの様子を見るべく、膝を折った。イレーナさんの腹部当たりに、鎧が裂け皮膚が見えている箇所があった。そこに赤黒い穢れが広がっている。私は思わず顔を上げ、連れて来たもう一人の騎士を見た。

「瘴気の魔物と戦ってる最中に、攻撃を受けて穢れを移されちまったんだ」

 それが徐々に広がっている、と言うことね。

「……何とか治せないか?」

 もう一人の騎士が悲壮な顔で私に問う。彼も穢れを治せないことを分かっているようだ。私はアンリさんに言われたことを思い出し、彼に言った。

「出来る限りのことはやってみます」

 ティレニくんを助けた時の感覚を掴まなければ。イレーナさんの手を握り、私は目を閉じる。あの時感じた光の流れ。金色の粒子。それはきっと大いなる精霊の恩寵。何の確証もないけれど、精霊が生きる力を与えてくれている。そんな気がする。
 私は意識を深く深く沈めた。周りの音は消え、無音の中に取り残されたような気持ちになる。

 大いなる恩寵よ、どうかもう一度私に流れてきて!
 孤独の中で私は祈り、希った。

 すると光の奔流が再び何処からか流れて来る。そして私を伝い、イレーナさんへと注がれていく。私とイレーナさんを包む温かい光。生命力が溢れてくる。これは間違いなく、果てしない精霊の力が起こす奇跡。私はただそれを媒介しているに過ぎない。

「何が起きてるんだ……」

 もう一人の騎士の呆然とした声で私は瞼を開いた。赤黒い穢れは消え去り、地肌の白さが目に入る。

「あら、大変」

 肌が見えてしまうなんて、女性としてはとても恥ずかしいことだわ。私は咄嗟に自分のハンカチでイレーナさんの腹部を覆った。

「あんた、凄いな……」
「えっ?」
「穢れを一瞬で消すなんてよ」
「それは、この方の生命力の強さです。私はそれを引き出すのを手伝っただけです」

 黒髪の騎士は破顔する。

「良かったな、イレーナ!」
「煩い。大声を出すな、ダグラス……迷惑だろうが」

 イレーナさんは上体を起こし、はっきりさせるように頭を振った。

「あ、まだ寝ていないと……」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」

 緑の瞳を優しく細めるイレーナさんに私はどきっとした。20代半ばくらいの方かしら、同性から見ても綺麗な人。今は血と泥で汚れ、傷だらけですけれど、きちんと正装したらとても格好良いでしょうね。

「それにしても穢れを一瞬で祓っちまうなんて凄いな、あんた。名前は?」
「失礼な口を叩くな、ダグラス。すまない。私はイレーナ、この無礼な男はダグラス」

 何とも気軽な様子のダグラスさんにイレーナさんが顔を顰めた。

「私はソフィーです。ギルレーヌから参りました」
「へぇ。さすがは聖教会のお膝元。神官も格が違うな」

 ダグラスさんが感心したように軽く顎を撫でる。

「いえ、私はそんな大層な者では……」
「そんなことないぜ。あんたみたいな神官がもっとたくさん居てくれたら、穢れもあっという間に消えるだろうになぁ」
「……やはり、それほど酷いのですか?」

 私は暗い気持ちで尋ねた。

「この辺りの神官はドラゴンの炎で焼かれて亡くなったり、怪我でここを離れざるを得なかったんだ。しかも清浄な水も瘴気で穢れ人々を癒すことも出来ない有り様だ」

 イレーナさんが辛そうにため息を吐いた。

「生き残った神官と他所から救援の為に来た神官が頑張ってくれているが、穢れを祓うのにとても苦労している」
「怪我だけでも治してくれるから有難いがな」
「そう、なんですね……」

 今日だけで何度忸怩たる思いになっただろう。歯痒くて唇を噛む。
 穢れを怖がって来たがらないギルレーヌの聖公家と上層部への不信がまた一つ募る。
 いえ、今は恨み言に気を取られている場合ではないわ。私は私で、人々を助けるだけ。

 私は決意を新たにして、それから懸命に穢れを祓い続けた。
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