異形(もふもふ)の王子は犬好きの姫に溺愛されたいっ

織糸 こより

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北の国から来た花嫁

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北方の遠い国から来た姫フィオナは本日、結婚相手となる魔法王国マルテシアの第2王子と初めて顔を合わせることになっていました。
 その王子、名をダリウスと言い、大変優秀な魔法使いとして知られておりましたが、ある時魔法実験の失敗により、ずいぶん前から異形の姿になってしまったというのです。

 一体どんなお姿をされているのかしら、とフィオナ姫は不安を募らせました。

 一方、そのダリウス王子は王宮の長い廊下を歩きながらため息を吐きました。
 王子の父、つまりこの国の王は、ダリウス王子にどうしても結婚させたいらしく、今まで国内外のうら若き令嬢や姫君と王子は見合いさせられてきたのです。
 しかしながら、毎回女性達はダリウス王子の姿を見て、皆驚き、怯え、またある時は大泣きされ、結婚を拒否するのでした。

 どうせ、今回も失敗するのだから父上も早く諦めれば良いのに、と王子は思います。

   今回の見合い相手のいる部屋の前まで来ると使用人が扉を開けました。そこで王子が目にしたのは、すらりと背が高く、雪のように白い肌に輝く銀髪の美しい女性でした。それがフィオナ姫です。
 姫は王子を見た途端、その透き通るような青い瞳を爛々と輝かせて頬を紅潮させました。

「まぁ……何て愛らしいのでしょう」

 熱っぽくフィオナ姫は呟くました。これには王子の方が驚きます。

「愛らしい?」
「はい。金色の円らな瞳に、黒くて艶のある長い毛並み、長いお鼻、それに手足の立派な爪、背も大きな犬が後ろ足で立ったくらいの高さ……全部が可愛いです」

 本気で?っと王子本人を含め臨席していた全員がそう思いましたが、姫が嘘を言っているようには見えませんでした。

「こんな愛らしい姿が異形なんて……そんなのおかしいです」

 王子は姫のウルウルした瞳に見つめられ少々戸惑っておりました。如何に魔法王国と言えども、獣の姿をした人は他におりませんから、王子の姿は大変奇怪なのです。
 てっきり泣いたり悲鳴を上げられたりすると思っていたので、可愛いとか愛らしいとか言われてどう反応したら良いのか王子は分かりませんでした。

 しかし、フィオナ姫は見目麗しい女性で、そういう人に熱っぽく見つめられて悪い気がしなかったダリウス王子は、うっかりこの結婚にうんと頷いてしまったのでした。

 こうして、2人の結婚生活が始まったのです。


 フィオナ姫は毎日、王子の毛をブラッシングしてあげました。それが気持ちが良いのか王子の長くてふさふさの尻尾は無意識にフリフリしてしまいます。姫はその様子がとても好きでした。

 そして、ブラッシングしながらいつも、姫は王子に故郷のことを話して聞かせるのです。
 夜空に輝く七色の風のこと、凍った大地を進むトナカイの群れ、犬ぞりを使って移動する人々、海獣を狩り短い夏を楽しむ生活。
 北の大地に生きる人々や動物、雄大な自然、何もかも違う遠い国のことを王子は楽しく聞いていました。
 姫は特に犬が好きで、小さい頃の話を楽しそうに喋ります。

「私達にとって、犬は家族と同じです。そりを曳いたり、狩りに連れて行ったりと私達の生活になくてはならない存在なんです。私は幼い頃、よく自分の寝所から抜け出して、犬たちが休んでいる納屋に忍び込んでたんです。彼らは温かくてフワフワしていて。そんな彼らに囲まれてよく一緒に眠りました。次の日、父や兄に怒られるのですけど」

 そう言って、姫は照れ笑いしました。王子はその様子を想像して微笑ましく思うのです。
 そして話を聞きながら、姫のブラッシングがとても心地良いので、王子はいつもウトウトしてそのまま姫の膝に頭を預けて寝てしまうのでした。

 一方、魔法が得意なダリウス王子もフィオナ姫と一緒に夜空を飛んだり、色とりどりの花で姫の部屋を満たしました。これには姫も大喜びです。北の国では短い夏の間しか花は楽しめないからでした。
 王子は、優秀な個人的な探求で日々魔法の実験を繰り返しておりましたが、こうやって誰かが自分の魔法を喜んでくれるのを見る度、ぽっと心が温かくなるのです。

 しかし、宮廷や貴族の間では、フィオナ姫や北の国のことを浅ましいだの蛮族だのと陰口を叩く者達が居ましたが、王子はそれを許しませんでした。
 そういった姫の悪口を言う者には、外に出たら鳥のフンが高確率で落ちてくる呪いや、事ある毎に足の小指を家具にぶつける呪いを掛けたのです。

 どんなに格好良く決めていても、鳥のフンが肩や頭に付いていたり、足の小指をぶつけて痛がっていては、少々バツが悪いですね。

 そんなこんなで、ダリウス王子とフィオナ姫は仲良く暮らしておりましたが、王子には一つ悩みがあったのです。

 ある時、王子は姫に改めて尋ねました。この異形の姿が怖くないのかと。王子の質問に姫は首を振った後、少し恥ずかしそうな顔をしました。

「あの、お気を悪くしないで頂きたいのですけど、ダリウス王子と居ると、まるで小さい頃夢に見ていた、犬とお話ししているみたいで嬉しいんです。それにうちの方は、白や灰色の犬が多いですけど、王子みたいな濃い色の毛並みも美しいと思います」
「そうか……」

 誰も居ないダリウス王子専用の魔法の研究室で、王子は自らの鋭い爪の生えた毛むくじゃらの手を見つめます。
 そして、目を閉じると異形の姿が解けて、黒髪に金の目の青年の姿になりました。

 そうです、王子は異形の姿を自由自在に解くことが出来たのです。

 魔法の実験に失敗したというのは嘘でした。王子は煩わしい外交や社交といった王族の仕事に関わらずに、魔法の研究に専念出来るようにわざと異形の姿をとっていたのです。

 しかし、今やそれが彼の最大の悩みとなっていました。
 何故なら、フィオナ姫は異形の姿の王子を好いておりもし人間の姿に戻ってしまったら、話が違うと自分の国に帰ってしまうのでは、と王子は恐れているのです。

 それなら、異形の姿のままで良いのでは、と思われるかもしれませんが、王子としては異形のままでは姫を抱きしめることは叶いません。手と足にある鋭い爪では姫の体を傷つけてしまうからでした。
 王子も成人した男性ですから、愛する女性をその腕で抱きしめたいと思うのです。

 しかし、魔法の失敗で異形になってしまったと言ってしまった手前、そう簡単に戻る訳にはいきません。何より、姫に噓つきと嫌われてしまったらと思うと、どうしたものかと考えるのでした。
 まさに、策士策に溺れる、といったところでしょうか。

 しかし、王子は悩んだ末、ついに真実を告げることにしました。


 夜、フィオナ姫は王子に王宮の城壁の上に来て欲しいと言われて、そこで待っていました。上を見れば天に輝く星々が、下を見れば近くは王宮の、遠くを見れば街の明かりが煌々と灯っています。

 今日はどんな魔法を見せて下さるかしら、とフィオナ姫はワクワクしながら立っていました。姫はてっきり王子が新しい魔法を見せてくれるものと思っていたのです。

「フィオナ姫」

 名前を呼ばれて振り返ると、濃い色の髪に金色の瞳の、黒い長衣を着た青年が立っています。見たことのない人でしたが、金の目が王子の円らな瞳を彷彿とさせて、姫は不思議に思いました。

「フィオナ姫。僕だよ」
「えっ……」

 その青年はやや困ったような顔で姫を見つめています。その顔はどことなくダリウス王子の異形の顔に似ているような気がしました。

「まさか……ダリウス王子?」

 フィオナ姫の問い掛けに青年はこくんと頷きます。姫は驚いて両手を口に当てました。

「では、人の姿に戻られたのですね! 良かったです。」

 それは喜ばしい、というように姫は笑顔になりました。

「いや、その……そうじゃないんだ」

 王子が気まずそうに頬を掻きました。そして覚悟を決めたように姫に近づき、頭を下げたのです。突然の王子の行動に姫は戸惑いました。

「貴女に謝らなければならないことがあるんだ」
「謝りたいこと、ですか?」
「実は……」

 王子はそこで魔法の研究に没頭したいという身勝手な理由で異形の姿になったこと、また自由に人と異形の姿とを入れ替えることが出来ることを姫に説明しました。

「騙すような真似をしてすまない。僕は……」

 それ以上言い募ろうとしたダリウス王子を姫は手で制しました。

「ダリウス王子、どうして変身を解いたのですか?」

 姫は優しく、問いかけます。王子は真剣に姫を見つめ返しました。

「それは……この先も貴女と一緒に居たいから。この手で貴女を抱きしめたいと思う。貴女を愛しているから。これからもずっと、側に居てくれるだろうか?」
「王子……えぇ、勿論です。喜んで」

 王子と姫は喜び合ってお互いの体を抱きしめました。姫は王子の顔を見上げながら言いました。

「あの、王子。私も一つ隠していたことが……」
「隠していた、こと?」
「はい。実を言うと、王子が元に戻れることは知っていました」
「えぇっ!? それはどういう……」

 姫の思わぬ告白に王子は目を丸くしました。

「前日、陛下に呼ばれまして。あいつ元に戻れること隠してるけど、もしそれが嫌だったらいつでも帰って良いからね、と仰られて……。それと、王妃様やお義兄様もご存知だそうで。ばれてないと思ってるのは本人だけ、と笑ってらっしゃいました」

 何と、家族にはとっくの昔に見抜かれていたのです。王子は唖然としました。
 王は父親だけあって、ダリウス王子の性質をよく分かっていました。そこで王子に必要なのは、異形の姿を止め、外に出る動機なのだと考えていました。それが愛しい人を作る、ということだったのです。

「でも、私、王子は素敵な人ですから、どちらの姿でも構いませんってお話ししました。王子の好きな姿で居てくれたら良いですって」
「フィオナ姫……」

 王子は感動して、姫を抱きしめる腕に力を込めました。フィオナ姫を抱きしめる、という王子の願いが一つ叶いました。

 そして、元に戻ったからには、王子にはもう一つやりたいことがありました。

 ……そう、結婚式です。
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