悪役令嬢として断罪された過去がありますが、よろしいですか?~追放されし乙女は、そして静かに歩みだす~

宵森 灯理

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第3章 アデレードの挑戦

第43話 事件の予兆

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 アデレードが覚悟を決めてドアを開けると、目の前には黒づくめの男が一人、不機嫌そうに立っていた。

「何か、御用かしら?」

 警戒した声でアデレードが尋ねる。相手の男は彼女を見た途端、へらへらと下卑た笑みを浮かべた。まるで商売女を見るような目だ。アデレードはその男の下品で舐めた雰囲気に、怒りが湧いてきた。

「いやぁ、ちょっと人を探しててね」
「人? どなたのことです?」
「それが悪い悪い犯罪者でね。危険な男だから、可憐なお嬢さんの家に入り込んでないか心配してるんですよ」
「それなら心配には及びませんわ。そんな人はこの家の中にはいません」
「本当かどうか確かめさせてもらうよ」

 男が一歩踏み出すと、ディマがかつてないほど顔に皺を寄せ、低く唸った。牙を剝き出しにし、いつでも飛び掛かれるよう姿勢を低く構える。男はやれやれというように肩を竦めた。

「おいおい、そんな物騒な奴は下がらせてくれ」

 男の声を聞きながら談話室にいたメグとラシッドは身を固くする。治療しているこの人物が、探されている犯罪者である可能性は充分にある。今玄関にいる男が入ってきたら、すぐに見つかってしまうだろう。

「メグさんはここに」

 ラシッドは不安げなメグに小声でそう言って、立ち上がる。どういう事情かは知らないが、非力な女性2人を危ない目に合わせるわけにはいかない。ラシッドがアデレードの許へ向かおうとした時だった。

「いいえ、下がるのは貴方のほうですわ」

 アデレードの毅然とした声が響いた。

「貴方が探している犯罪者らしき者など、この家にはいないと言っているでしょう。それにまったく知らない方を家に上げるつもりもありません。お帰り下さい」

 アデレードとしてはこんな気に食わない男を家に入れるつもりは毛頭なかった。

 ……それにこの男ずいぶん甘い匂いがしますわ。質の悪い香水でも付けてるのかしら。

「そんなこと言うと後悔するぞ。素直に従えよ」

 男がアデレードの肩に触ろうとすると、ディマが大きく口を開けて男に襲い掛かった。男はぎりぎりで避けたが、腹の辺りの服を喰いちぎられた。

「この、クソ犬!」
 
 男は怒りを露にする。表面的な穏やかさを装うのは止めたようだ。

「そこをどけ!」
「どくのは貴方のほうですわ。貴方みたいな嫌な匂いのする人を家に入れるなんてとんでもない」
「クソアマ! 俺達を誰だと思ってやがる!」
「知りませんわ。聞こえませんでしたの? 貴方を家に入れるつもりなどないと言っているでしょう。私の前から即刻消えなさい!」

 アデレードの怒りに燃える気迫とディマの再び今にも飛び掛かって来そうな姿勢に飲まれ、男は恨みのこもった目で睨みながら、すごすごとどこかへ走っていった。アデレードはその姿を確認し、ほっと胸を撫で下ろすと、ラシッドが声をかけてきた。

「いやー、凄い気迫でしたねぇ」
「そんな、揶揄(からか)わないで下さいまし……」

 アデレードは不安そうに震える両手を胸の前でぎゅっと握った。

「いえ、失礼。しかし、あの怪我人がさっきの男の言う犯罪者でしょうか?」
「その可能性はありますわね。でも、だからといってあんな男に渡す謂れはありません」

 ふん、とアデレードが鼻を鳴らす。まだ気が立っているのだ。ディマも落ち着かな気にアデレードとラシッドの周りを歩き回り、いつあの男が戻ってきても闘えるように警戒している。

「ここはリーフェンシュタール伯領ですもの。あの怪我人が何であれ、どうするか決めるのは領主である伯爵の裁量の中にあるはずですわ。それにしてもあの男の匂いったら!」

 アデレードが忌々し気に吐き捨てる。彼女は玄関のドアから外へ空気を流すように手を動かす。

「甘ったるくて、趣味の悪い香水でも使っているのかしら。まだ、匂いが残っている気がしますわ」
「えぇ、確かに。この匂いは……」

 微かに残る甘い匂いに、ラシッドは怪訝な顔をした。

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