81 / 109
第4章 ホテルの個性的な客達
第82話 遠くよりの客人
しおりを挟む
10月入ったある日、アデレードは窓を拭きをしていた。
「ディマ、ちょっとどいて頂戴」
談話室の窓を拭くため、陽の当たる窓の下で寝そべっていた愛犬に話し掛ける。ここは彼のお気に入り場所で、日中はだいたいここでゆっくりしている。アデレードの言葉にディマが頭を上げて、不満そうにのそのそと起き上がって退く。アデレードは笑って、窓を拭き始めた。
あら、誰か来てるわ。
窓の外から誰かが歩いてくるのが見えた。黒い旅装束に目深に帽子を被っていて、顔は分からないが、明らかに地元の人ではない。体格的には細身で女性に見える。
「お客さん、かしら?」
その人はまっすぐホテルへ向かって来て、入り口のドアを叩いた。アデレードは急いでドアを開ける。
「い、いらっしゃいませ」
緊張した面持ちで、アデレードが客を迎えた。
「ここなら泊まれると聞いてきたのだが」
「は、はい。どうぞ」
その女性が帽子を取る。年の頃は、20前後だろうか、黒髪に黒目、褐色の肌。その特徴からアデレードは、ラシッド医師に似ていると思った。
ラシッド先生は南の方の出だと言っていたし、この方もそうかもしれないわ。
「では、こちらにご署名を……」
アデレードがカウンターで宿帳を出し、鍵を渡して、部屋まで案内する。初めて来た真っ新な客だ。アデレードは驚きを隠せない。
マックスさん達やフラウ・シュミット、ブッフバルトさんとシュナイダーさんも、今までのお客さんは皆、お知り合いかその繋がりでいらした方ばかりだし。
「シャリーマさんね……」
宿帳の名前を見ながらアデレードが首を捻る。
それに、一体何を目的にいらしたのかしら? 観光や登山に来たという感じでもありませんし、商人という雰囲気でもない気がしますわ。
シャリーマは静かな客で、食事の時も何も喋らなかったが、次の日アデレードに話し掛けてきた。
「この地にラシードという者はいないか?」
「ラシード……? もしかして、ラシッド先生のことでしょうか?」
「たぶん、その者のことだ。どこにいる?」
「村の診療所ですが」
「ではそこまで案内して欲しい」
シャリーマがぶっきらぼうにアデレードに頼む。頷いてアデレードは彼女を連れてラシッドの許へ向かう。道中村の人々はシャリーマを物珍しそうな目で見つめている。
やっぱり、シャリーマさんは先生のお知り合いだったのね。
「先生?」
診療所に着き、アデレードがドアを開けると、数名の老人とラシッドがのん気に談笑していた。ラシッドがアデレードの姿に気付いて、視線を向ける。
「おや、お嬢さんどうしました? 怪我でもしましたか?」
「あぁ、いえ……」
アデレードが戸惑いながら、一歩右へ移動する。アデレードの後ろに控えていたシャリーマの姿が露になった。
「まさか本当に、こんな辺鄙なところにいたとは……」
シャリーマが呆れたように呟く。
「兄上、私と共に今すぐ戻ってもらうぞ」
「シャリーマ……?」
ラシッドは一瞬怪訝な顔をした後、何とも困った表情になる。周りの老人達とアデレードは一様に驚いてシャリーマの顔を見つめる。
兄上、ということはシャリーマさんは先生の妹さんなの?
「大きくなりましたね……最後に会ったのは、もう10年くらい前でしたか」
「そんな昔話をしに来たんじゃない」
「まぁまぁ、そう言わずに。ここは良いところですから、ゆっくりしていったらどうですか?」
「兄上!」
シャリーマが鋭く叫ぶ。
「どう言われても、私は戻りませんから」
ラシッドは妹を宥めるように、にっこりと笑った。
その後も、一週間ほどシャリーマは診療所でラシッドに戻るように説得をしては、のらりくらりと躱されてホテルに戻ってくる、というのを繰り返していた。村人達も慣れてきたのか、ラシッドの妹というこで親しみが湧いたのか、シャリーマちゃん今日も頑張ってるね、などど微笑ましく見守るようになっていた。
そして今日など、編みかごに入った真っ赤なリンゴを持って帰ってきた。診療所にいるときに、村人から貰ったらしい。アデレードはそれを預かり、夕食の席で食後のデザートに切って出す。それを食べて、シャリーマはほんの少し口元を綻ばせ、呟く。
「あの赤い果実は初めて食べたが、美味いな」
アデレード達はその様子を厨房の中から覗きながら、嬉しそうに頷き合った。
「ディマ、ちょっとどいて頂戴」
談話室の窓を拭くため、陽の当たる窓の下で寝そべっていた愛犬に話し掛ける。ここは彼のお気に入り場所で、日中はだいたいここでゆっくりしている。アデレードの言葉にディマが頭を上げて、不満そうにのそのそと起き上がって退く。アデレードは笑って、窓を拭き始めた。
あら、誰か来てるわ。
窓の外から誰かが歩いてくるのが見えた。黒い旅装束に目深に帽子を被っていて、顔は分からないが、明らかに地元の人ではない。体格的には細身で女性に見える。
「お客さん、かしら?」
その人はまっすぐホテルへ向かって来て、入り口のドアを叩いた。アデレードは急いでドアを開ける。
「い、いらっしゃいませ」
緊張した面持ちで、アデレードが客を迎えた。
「ここなら泊まれると聞いてきたのだが」
「は、はい。どうぞ」
その女性が帽子を取る。年の頃は、20前後だろうか、黒髪に黒目、褐色の肌。その特徴からアデレードは、ラシッド医師に似ていると思った。
ラシッド先生は南の方の出だと言っていたし、この方もそうかもしれないわ。
「では、こちらにご署名を……」
アデレードがカウンターで宿帳を出し、鍵を渡して、部屋まで案内する。初めて来た真っ新な客だ。アデレードは驚きを隠せない。
マックスさん達やフラウ・シュミット、ブッフバルトさんとシュナイダーさんも、今までのお客さんは皆、お知り合いかその繋がりでいらした方ばかりだし。
「シャリーマさんね……」
宿帳の名前を見ながらアデレードが首を捻る。
それに、一体何を目的にいらしたのかしら? 観光や登山に来たという感じでもありませんし、商人という雰囲気でもない気がしますわ。
シャリーマは静かな客で、食事の時も何も喋らなかったが、次の日アデレードに話し掛けてきた。
「この地にラシードという者はいないか?」
「ラシード……? もしかして、ラシッド先生のことでしょうか?」
「たぶん、その者のことだ。どこにいる?」
「村の診療所ですが」
「ではそこまで案内して欲しい」
シャリーマがぶっきらぼうにアデレードに頼む。頷いてアデレードは彼女を連れてラシッドの許へ向かう。道中村の人々はシャリーマを物珍しそうな目で見つめている。
やっぱり、シャリーマさんは先生のお知り合いだったのね。
「先生?」
診療所に着き、アデレードがドアを開けると、数名の老人とラシッドがのん気に談笑していた。ラシッドがアデレードの姿に気付いて、視線を向ける。
「おや、お嬢さんどうしました? 怪我でもしましたか?」
「あぁ、いえ……」
アデレードが戸惑いながら、一歩右へ移動する。アデレードの後ろに控えていたシャリーマの姿が露になった。
「まさか本当に、こんな辺鄙なところにいたとは……」
シャリーマが呆れたように呟く。
「兄上、私と共に今すぐ戻ってもらうぞ」
「シャリーマ……?」
ラシッドは一瞬怪訝な顔をした後、何とも困った表情になる。周りの老人達とアデレードは一様に驚いてシャリーマの顔を見つめる。
兄上、ということはシャリーマさんは先生の妹さんなの?
「大きくなりましたね……最後に会ったのは、もう10年くらい前でしたか」
「そんな昔話をしに来たんじゃない」
「まぁまぁ、そう言わずに。ここは良いところですから、ゆっくりしていったらどうですか?」
「兄上!」
シャリーマが鋭く叫ぶ。
「どう言われても、私は戻りませんから」
ラシッドは妹を宥めるように、にっこりと笑った。
その後も、一週間ほどシャリーマは診療所でラシッドに戻るように説得をしては、のらりくらりと躱されてホテルに戻ってくる、というのを繰り返していた。村人達も慣れてきたのか、ラシッドの妹というこで親しみが湧いたのか、シャリーマちゃん今日も頑張ってるね、などど微笑ましく見守るようになっていた。
そして今日など、編みかごに入った真っ赤なリンゴを持って帰ってきた。診療所にいるときに、村人から貰ったらしい。アデレードはそれを預かり、夕食の席で食後のデザートに切って出す。それを食べて、シャリーマはほんの少し口元を綻ばせ、呟く。
「あの赤い果実は初めて食べたが、美味いな」
アデレード達はその様子を厨房の中から覗きながら、嬉しそうに頷き合った。
1
あなたにおすすめの小説
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について
夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。
ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。
しかし、断罪劇は予想外の展開へ。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―
鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。
泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。
まだ八歳。
それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。
並ぶのは、かわいい雑貨。
そして、かわいい魔法の雑貨。
お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、
冷めないティーカップ、
時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。
静かに広がる評判の裏で、
かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。
ざまぁは控えめ、日常はやさしく。
かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。
---
この文面は
✔ アルファポリス向け文字数
✔ 女子読者に刺さるワード配置
✔ ネタバレしすぎない
✔ ほのぼの感キープ
を全部満たしています。
次は
👉 タグ案
👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字)
どちらにしますか?
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?
しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。
王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。
恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!!
ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。
この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。
孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。
なんちゃって異世界のお話です。
時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。
HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24)
数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。
*国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる