93 / 109
最終章 この愛が全て
第94話 アデレードとイザベル 上
しおりを挟む
数日後、アデレードはイザベルの住む屋敷にいた。屋敷の者を言い包めて(勿論多少の色を付けて)、中へ入ることに成功したのだった。
イザベルはここ最近、屋敷から一歩も外に出ず部屋に籠っているらしい。アデレードは彼女の部屋のドアをノックし、部屋に入る。
「何かよ……?」
椅子に座ってぼんやり外を見ていた栗色の髪の女性がドアの方を見て、使用人ではないと気が付いて驚いた顔をする。
「お久ぶりでございます、フロイライン・イザベル」
アデレードは一礼して、しっかりとイザベルを見つめる。イザベルは最初アデレードを見ても、誰か分からなかった。今の彼女は地味な緑色の農民の恰好だったし、きちんと結い上げられていた髪は、後ろで一つに括られているだけだ。
「貴女はっ……!」
その顔に気が付き、イザベルは立ち上がる。
「えぇ、そうです。アデレードですわ。私が貴女に行った数々の非礼お詫びいたします」
「……わざわざそんな事を言いにここへ?」
イザベルは怪訝な顔でアデレードを見つめ返す。
「いいえ。それだけではありませんわ」
「じゃぁ、王子を奪いに来たの? だったら、残念ね。王子はここにはいないわ」
「それも違います。私は王子の寵愛を奪い返しに来たわけではありません」
「それじゃ、何? 私を笑いに来たの?そんな格好をして私を揶揄したいの?」
イザベルの顔が歪む。
「私はっ、もうあの頃の貧しい小娘じゃない! 美しいドレスを着て、輝く宝石を身に着けて、多くの召使いに傅かれ、王子に愛される、幸せなお姫様よ!」
「フロイライン・イザベル……?」
彼女の荒んだ様子にアデレードの方が戸惑う。
王子と恋人の間には何かある、と伯爵の手紙に書いてあったけれど、本当だったの?
「落ち着いて。私は貴女を揶揄(からか)いに来たのではないの。聞きたいのはサウザー公爵の企みのことですわ」
アデレードの言葉にイザベルは体を強張らせる。
「……何のこと?」
「貴女は公爵と組んで王子を騙した。私との婚約を破談させるために」
「何を馬鹿な。お嬢さんの突拍子もない妄想ね」
イザベルは鼻で嗤う。
「妄想ではありませんわ。貴女がサウザー公爵領の出なのは、もう分かっています」
「だから?それが本当だとして、だから何なの? ただの偶然よ」
「公爵は強引に法務院を動かし、リーフェンシュタール伯爵に罪を着せて処刑させようとしています。そんなことをさせるわけにはいかないのです」
アデレードは青い顔で両手をぎゅっと握る。状況は予断を許さない。
「その何とかって伯爵がどうなるかは、法務院次第でしょう? 貴女も、勿論私にも関係ないわ」
「私には大いにあります。伯爵には返しきれない恩がありますもの」
「そう。でも、私には公爵も伯爵も知ったことじゃないわ」
「本当に?私がエーリッヒ王子に貴女とサウザー公爵が謀ったことだと告げても?」
無論、今のアデレードに王子に会う術はないに等しい。
それに会えたとて聞いてくれるかどうか……。
それを見抜いたかのようにイザベルはあはは、と笑った。
「誰が貴女の言うことを信じるの? 落ちぶれて、往時の姿とは見る影もない貴女の言うことなんて!」
「それなら、聞いてくれるまで何度でも言います」
アデレードは一歩イザベルに近づく。
「どうしてっ、どうしてその伯爵の為にそこまでするのよ?」
「あの方に、生きて欲しいからですわ!」
アデレードは思い出していた。カールの散歩がてら村を見に来てはつつがない様子に微笑む横顔を。口では何と言っても、いつも助けてくれるあの優しさを。山々と人々のことを語るあの落ち着いた声を。
「絶対に連れて帰りますわ!私は決して諦めません。伯爵にはリーフェンシュタール領で、村人に囲まれれながら穏やかに暮らしていて欲しいのです。ときには、困ったように笑って……。私はそんな伯爵の姿を見るのが好きなの。堪らなく愛おしいくて、涙が出るほど嬉しいの」
その姿をもう一度見られるのなら。
溢れ出る思いが涙となって、アデレードの頬を伝う。ただ切実にカールのことを思った。故郷から引き離された彼のことを。
「伯爵を助ける為なら、何だってしますわ。貴女はどうしたらサウザー公爵のことを話して下さるの?私が頭を下げること? 踏みつけること?それとも豪華な生活を続けられるようなお金ですか?」
「そんなものはいらないっ。そんなものはっ!」
イザベルは叫んだ。
では、彼女が求めるものは何なのか。彼女の言う通り、華やかな装い、豪華な家、何不自由ない生活。けれど、ここには一つ欠けているものがあった。
「フロイライン・イザベル、今貴女は本当に幸せ? 私にはとても苦しんでおられるように見えますわ」
「……」
イザベルは唇を噛み、俯く。
「お姫様のような暮らしも、王子がいなければ貴女にとって意味がないのではありませんか?」
また一歩、アデレードが涙を拭いて彼女に近づく。
「エーリッヒ王子を騙して豪華な暮らしがしたいだけなら、今ここに王子が居ても居なくても貴女は楽しいはずだわ。でも、今日見た貴女は寂し気だった……王子を騙していることを後悔していらっしゃるのではありませんか?」
「貴女なんかに何がっ……!」
イザベルが取り乱したように首を振る。
「分からない、分かりませんわ!だから、訊きます」
アデレードは毅然と背を正し、真っ直ぐイザベルを見つめる。
「貴女は、ただのサウザー公爵の手先なのか、それとも王子を愛する一人の女なのか。さぁ、どちらなのです?」
長い沈黙が部屋に満ちる。
イザベルはここ最近、屋敷から一歩も外に出ず部屋に籠っているらしい。アデレードは彼女の部屋のドアをノックし、部屋に入る。
「何かよ……?」
椅子に座ってぼんやり外を見ていた栗色の髪の女性がドアの方を見て、使用人ではないと気が付いて驚いた顔をする。
「お久ぶりでございます、フロイライン・イザベル」
アデレードは一礼して、しっかりとイザベルを見つめる。イザベルは最初アデレードを見ても、誰か分からなかった。今の彼女は地味な緑色の農民の恰好だったし、きちんと結い上げられていた髪は、後ろで一つに括られているだけだ。
「貴女はっ……!」
その顔に気が付き、イザベルは立ち上がる。
「えぇ、そうです。アデレードですわ。私が貴女に行った数々の非礼お詫びいたします」
「……わざわざそんな事を言いにここへ?」
イザベルは怪訝な顔でアデレードを見つめ返す。
「いいえ。それだけではありませんわ」
「じゃぁ、王子を奪いに来たの? だったら、残念ね。王子はここにはいないわ」
「それも違います。私は王子の寵愛を奪い返しに来たわけではありません」
「それじゃ、何? 私を笑いに来たの?そんな格好をして私を揶揄したいの?」
イザベルの顔が歪む。
「私はっ、もうあの頃の貧しい小娘じゃない! 美しいドレスを着て、輝く宝石を身に着けて、多くの召使いに傅かれ、王子に愛される、幸せなお姫様よ!」
「フロイライン・イザベル……?」
彼女の荒んだ様子にアデレードの方が戸惑う。
王子と恋人の間には何かある、と伯爵の手紙に書いてあったけれど、本当だったの?
「落ち着いて。私は貴女を揶揄(からか)いに来たのではないの。聞きたいのはサウザー公爵の企みのことですわ」
アデレードの言葉にイザベルは体を強張らせる。
「……何のこと?」
「貴女は公爵と組んで王子を騙した。私との婚約を破談させるために」
「何を馬鹿な。お嬢さんの突拍子もない妄想ね」
イザベルは鼻で嗤う。
「妄想ではありませんわ。貴女がサウザー公爵領の出なのは、もう分かっています」
「だから?それが本当だとして、だから何なの? ただの偶然よ」
「公爵は強引に法務院を動かし、リーフェンシュタール伯爵に罪を着せて処刑させようとしています。そんなことをさせるわけにはいかないのです」
アデレードは青い顔で両手をぎゅっと握る。状況は予断を許さない。
「その何とかって伯爵がどうなるかは、法務院次第でしょう? 貴女も、勿論私にも関係ないわ」
「私には大いにあります。伯爵には返しきれない恩がありますもの」
「そう。でも、私には公爵も伯爵も知ったことじゃないわ」
「本当に?私がエーリッヒ王子に貴女とサウザー公爵が謀ったことだと告げても?」
無論、今のアデレードに王子に会う術はないに等しい。
それに会えたとて聞いてくれるかどうか……。
それを見抜いたかのようにイザベルはあはは、と笑った。
「誰が貴女の言うことを信じるの? 落ちぶれて、往時の姿とは見る影もない貴女の言うことなんて!」
「それなら、聞いてくれるまで何度でも言います」
アデレードは一歩イザベルに近づく。
「どうしてっ、どうしてその伯爵の為にそこまでするのよ?」
「あの方に、生きて欲しいからですわ!」
アデレードは思い出していた。カールの散歩がてら村を見に来てはつつがない様子に微笑む横顔を。口では何と言っても、いつも助けてくれるあの優しさを。山々と人々のことを語るあの落ち着いた声を。
「絶対に連れて帰りますわ!私は決して諦めません。伯爵にはリーフェンシュタール領で、村人に囲まれれながら穏やかに暮らしていて欲しいのです。ときには、困ったように笑って……。私はそんな伯爵の姿を見るのが好きなの。堪らなく愛おしいくて、涙が出るほど嬉しいの」
その姿をもう一度見られるのなら。
溢れ出る思いが涙となって、アデレードの頬を伝う。ただ切実にカールのことを思った。故郷から引き離された彼のことを。
「伯爵を助ける為なら、何だってしますわ。貴女はどうしたらサウザー公爵のことを話して下さるの?私が頭を下げること? 踏みつけること?それとも豪華な生活を続けられるようなお金ですか?」
「そんなものはいらないっ。そんなものはっ!」
イザベルは叫んだ。
では、彼女が求めるものは何なのか。彼女の言う通り、華やかな装い、豪華な家、何不自由ない生活。けれど、ここには一つ欠けているものがあった。
「フロイライン・イザベル、今貴女は本当に幸せ? 私にはとても苦しんでおられるように見えますわ」
「……」
イザベルは唇を噛み、俯く。
「お姫様のような暮らしも、王子がいなければ貴女にとって意味がないのではありませんか?」
また一歩、アデレードが涙を拭いて彼女に近づく。
「エーリッヒ王子を騙して豪華な暮らしがしたいだけなら、今ここに王子が居ても居なくても貴女は楽しいはずだわ。でも、今日見た貴女は寂し気だった……王子を騙していることを後悔していらっしゃるのではありませんか?」
「貴女なんかに何がっ……!」
イザベルが取り乱したように首を振る。
「分からない、分かりませんわ!だから、訊きます」
アデレードは毅然と背を正し、真っ直ぐイザベルを見つめる。
「貴女は、ただのサウザー公爵の手先なのか、それとも王子を愛する一人の女なのか。さぁ、どちらなのです?」
長い沈黙が部屋に満ちる。
1
あなたにおすすめの小説
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について
夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。
ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。
しかし、断罪劇は予想外の展開へ。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―
鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。
泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。
まだ八歳。
それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。
並ぶのは、かわいい雑貨。
そして、かわいい魔法の雑貨。
お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、
冷めないティーカップ、
時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。
静かに広がる評判の裏で、
かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。
ざまぁは控えめ、日常はやさしく。
かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。
---
この文面は
✔ アルファポリス向け文字数
✔ 女子読者に刺さるワード配置
✔ ネタバレしすぎない
✔ ほのぼの感キープ
を全部満たしています。
次は
👉 タグ案
👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字)
どちらにしますか?
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる