ポケットの中の天球儀

カイトの冒険の中の人

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第三章

世界一危険なサイクリング!

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 派手な演出で真琴の前に現れたのは、彼女が一年の時に同じクラスにいた深沢と言う少年であった。

 真琴は自分を轢きそうになった自転車を起こすと、心配げに深沢に声をかけた。

 「怪我、してない?」
 「大丈夫、慣れっこだから」

 ジーパンのすそを払いながら、深沢はまるで人事のようにそう答えると笑顔で無事をアピールした。

 「そう……良かった」

 真琴は大きな怪我が無かった事に胸をなでおろすと、抗議の目線を深沢に向けた。

 「でも、驚いたわよ、いきなり自転車で突っ込んでくるんだもん」
 「危なかった。もうちょっとで七人目の犠牲者になるところだった」

 真琴は深沢の言う『慣れっこ』の意味をようやく理解する。
 どうやら本人の言うとおり、壊滅的に運転が下手なようで……それを裏付けるかのように彼の自転車は傷だらけだった。
 これまでの犠牲者を気の毒に思いながらも、自分がその一人にならなかった事に安堵した。

 「とんだ再会劇ね……」

 真琴は少し呆れたようにそう呟くと、ため息をついた。
 思いがけない再会ではあったが実際の所、彼の事をあまり覚えていなかった。
 同じクラスと言うだけで、それ程仲が良かったわけでもなく、あまり話した記憶もない。
 黒ぶち眼鏡の風貌、科学部に在籍していた事から、みんなから「博士」と呼ばれていて、そっちの名前の方が皆に覚えられていた。
 真琴が彼の事を最初にそう呼んだのも、咄嗟に名前が出てこなかったからである。
 そのニックネームに負けず実際にも成績が良かったようで、確か学年で一番か二番だったと聞いた事がある。今の真琴にとっては羨ましい限りであったが……
 共通の思い出を中々見つけられず、話のきっかけが掴めない真琴にお構いなくと言ったふうに、深沢は好奇心の視線で話し掛けてくる

 「でも楠、どうしてここにいるんだ?お前確か、一年の時に東京に引っ越したんじゃなかったっけ?」
 「おばあちゃんの所に遊びに来てるの。明日までだけどね」
 「へえ、そうなんだ……」

 深沢はさらに好奇心に満ちた目でにじり寄って来ると、じっと真琴の顔を見上げる。
 真琴はその視線に戸惑い緊張するが、深沢はすぐに表情を崩すと羨望の眼差しで問い掛けた。

 「楠、背伸びた?」
 「て、転校してから二年も経つんだもん、そういう博士……深沢君だって……」

 真琴はそう言って先を続けようとしたが、思わず言葉を飲み込んだ。

 「……悪かったな、小さいままで」

 真琴の心を代弁するように、深沢がふてくされ気味に言った。

 「ゴメン……」

 真琴は少し気まずそうに両手を合わせる。
 真琴が見下ろしている少年は成長の度合いが緩やかなようで、同年代の男子の身長からは、かなり低いように見えた。
 それは本人にも十分自覚があるようで、傷つけてしまったのでは? と危惧するが、そんな真琴をよそに、本人は気にするふうも無く再び口を開いていた。

 「それより、お前……どこに行こうとしてたんだ? 学校か?」

 真琴は首を振る。

 「おばあちゃんから言い伝えの事を聞いてね、それでやる事ないし退屈だから暇つぶしに見に行こうかなって……」
 「文月の月眠る亥の時、離された心一つにならん……」

 真琴の言葉を遮るように、深沢がそのフレーズを口にしていた。
 目を閉じて静かに語る深沢に、昼間見た祖母の姿が重なる。
 真琴は驚き、目を少し見開いて深沢を見る。

 「知ってたの? ハカ……深沢君」
 「博士でいいよ、その方が呼びやすいだろ?」

 深沢は目を開けると、先程から何度も言い直している真琴に助け舟を出す。
 真琴はその申し出に複雑な笑みを浮かべると、小さく頷く。

 「俺も、今からそいつを見に行く所だったんだ」
 「博士も?」

 深沢は大きく頷くと、自転車に向かって歩き出す。

 「つまりこれは、必然の再会だったわけだ……なら話は早い」

 サドルにまたがった深沢は嬉しそうにそう言うと、運転席から親指を立て後ろを指した。

 「お前も行くんだろ? だったら乗せて行ってやるよ」
 「博士が?」
 「他に誰がいる?」

 深沢は芝居がかったように周囲を見回すと、さも当然と言う視線を真琴に向けた。

 「だって……」

 深沢の誘いが嫌なわけではなかった……むしろありがたいお誘いだった。
 歩いて行くよりは自転車で行くほうが楽だし、一人で行くよりも二人の方が心強い。

 ――だけど……

 真琴は訝しげに深沢を、そして彼の傷ついた自転車を見つめる。
 いびつに変形したフェンダー、傷だらけの車体、曲がったハンドル…そのハンドルに手をかけ得意げに笑みを浮かべている当事者……

 真琴は小さくため息をつくと、否定的に首を振る。

 ――やっぱり駄目。

 世界一危険でスリリングなサイクリングをする勇気は持ち合わせていない。

 「仕方ないわね……」

 真琴は決断すると、強い意志を持って自転車に歩き出す。
 そんな真琴の決意を知るよしもなく、深沢はサドルの上で満面の笑みを浮かべていた。
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