音楽なんかで世界は救えない

春永チセ

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[-00:25:24]消せない春で染めてくれ

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「おーい、雨宮あまみや

 間延びした声に呼び留められて、雨宮律あまみやりつは後ろを振り返る。
 薄ぶちの眼鏡をした40半ばほど男がA4用紙を片手に小走りで向かってくる。担任の先生だということに気が付いた律は足を止めた。

「すまんな、帰り際に」
「いえ」
「この前お前が休んだ時に配ったプリントだ。悪い、すっかり渡し忘れてた」

 差し出されたプリントに目をやると、そこには『進路希望調査』とタイトルが太字で書かれている。

「お前は成績もいいし、今の成績キープすればまあ大丈夫だろ。高2でまだ早いと思うかもしれんが、志望校選びは重要なことだからしっかり考えとけよ」
「……はい」

 ぽん、と軽く肩を叩かれ、担任は去っていった。渡された用紙をじっと見つめ、律はほんの軽く息をつく。大人の言う大事な将来とは、大概相場が決まっている。

 たった1枚の用紙で自分の未来が左右されているかと思うと、うんざりした。

 さっきまで考えていた曲のフレーズを台無しにされたような気さえして、律は怒りをぶつけるように用紙を鞄の奥底に無造作に押し込んだ。

 代わりにイヤホンを取り出して、昨日夜遅くまで作業していた曲を流しながらバイト先へ向かうことにした。


 初めて動画サイトに曲を投稿したのは高校1年の3月5日のことだ。

 律にとって初めてのその曲は満足のいくようなものではなかった。粗削りな音楽だった。伝えたい気持ちの1パーセントも歌詞として当てはめられなかった。動画もただ歌詞を載せただけのお粗末な出来だったろう。

 それでも動画を投稿することにした。世界に何十、何万、星の数ほどある音楽の中に埋もれて誰の心に残らずともいいと、思っていたはずだった。むしろそのほうがよかったのかもしれない。

 そのコメントが来るまでは。

『ほんの少しだけ、自分を許そうと思えました』

 ずるい、と律はそのコメントを読んで思った。
 自分の作った音楽が画面の向こう側の顔も知らない誰かにとって、何かを動かしたのだとしたら。

 それだけのことが、死ぬほど嬉しいだなんて知りたくなかった。
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