音楽なんかで世界は救えない

春永チセ

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[-00:25:24]消せない春で染めてくれ

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 律は週に1回、作業を早めに切り上げてバイト先から自宅までの道すがら、花屋に寄る。
 春一色に染まる店先で売られていた薄桜色のつぼみに惹かれて、桜の切り花を一輪買った。イヤホンで音楽を聴きながら歩いていると、見慣れたマンションがもうすぐそこだ。いつも通り、律の住む部屋に明かりはなかった。

 自宅のドアを開け、律はリビングの電気をつける。そうして、リビングのテーブルの片隅に置かれた写真立てに律は声をかけた。

「ただいま、母さん」

 少し前まで鮮やかだったミモザの花を挿した一輪挿しの陶器に花屋で買った桜の切り花に挿しかえた。律はイスに座り、桜の花に飾られた写真に向かって話しかける。

「いいでしょ、桜の花。外はもうすっかり春になったんだよ」

 当然返事は返ってこない。それでも律は話しかけ続ける。

「俺さ、今春の曲を作ってるんだ。きっと母さんも気に入るよ。……なあ。完成したら、母さんより先に聴いてほしいひとがいるって言ったら、怒る?」

 律はゆっくりと目を閉じる。薄花色の淡さだけが、今も瞼の裏側に焼き付いて離れない。

「あの人がこの曲を聴いたら───どう描いてくれるのか、知りたいんだ」

 たった3分19秒の音に乗せた、523文字の言の葉を、4000ピクセルの枠組みにすべてを描きだしてくれたように。
    いつか律の心の中だけで描いた光景をあの青で描いてくれると確信していた。

 制服のブレザーからスマホを取り出す。結局返信できなかったメッセージの続きを送る準備はすでに出来ていた。迷いなく文字を打ち込む。今度は事故なんかではなく自分の意志で送信ボタンを押した。

『俺と音楽ユニットを組みませんか。あなたに俺の曲を描いてほしいんです』

 数分後に既読が付いたメッセージへ、『透』から返信があったのはその日から約1週間後のことだった。たった、一文だった。

『ごめんなさい、』

 我ながら単純だと笑いたくなるが、律は久々に熱を出して3日ほど寝込んだ。
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