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[-00:25:24]消せない春で染めてくれ
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好きな色は何色か、と問われたらさんざん悩んだ末、青色だと答えるだろう。限りなく透明な青が笹原透花の一番好きな色だった。
「とーかせんせえ~」
絵画教室『アリスの家』は今日も学校帰りの小学生たちの声で賑わっている。透花はセーラー服の上からグレーのエプロンを羽織り、肩ではねる黒髪をゴムで一つにまとめる。透花を呼ぶ声に急かされながら、アトリエのドアを開けた。油絵のつんとした残香が透花の鼻をくすぐる。壁に掛けられたいくつもの絵画と、ビニールシートを引いた床に置かれたパステルカラーの机とイーゼル。ちびっ子たちが自由気ままに真っ白な紙に色をのせている。
「とーかせんせえ! こっち!」
「はいはーい」
手招きする生徒のもとへ透花は小走りで駆け寄る。ほくほくと頬を紅潮させた男の子がどうだと言わんばかりに腰に手を当てる。この数日手掛けていた作品が彼の満足のいく出来になってきたのだろう。どれどれと見てみれば、昨日までは五部咲きほどだった川沿いの桜並木が満開に花咲いている。
「どうだ!」
「うん、すごくよく描けてるよ」
「でしょ~!?」
透花のアドバイスをしっかり聞いて、彼なりの桜を完成させてくれたことが嬉しくて、透花は小さな拍手を送った。そうして男の子にもう少しだけアドバイスをしている透花の背中に向かって、落ち着いた男性の声が聞こえてくる。
「透花ちゃん、いらっしゃい」
「優一先生」
おっとりした優しい笑みを浮かべる眼鏡の男性は、この絵画教室『アリスの家』を開く有栖川優一。透花がこの教室の生徒として通っているときからの付き合いになる。そして『アリスの家』は今や透花のバイト先でもある。小学生たちが来る夕方のうちは『透花先生』としてバイトし、日が落ちる時間からは透花もまたこの教室の一生徒としてキャンパスに向き合うのが透花の日常だ。
「ごめんね。高校入って早々だし、忙しいだろう?」
「いえ、わたし部活入ってないので大丈夫ですよ。それにここに来ないとなんだか落ち着かないし」
春から透花は高校一年生になった。透花はセーラー服が可愛いことで有名な女子高に進学した。地元からそれほど遠くない高校だから、中学校からの友人も何人か進学しているおかげで、透花の高校生活はまずまずだった。
他愛ない会話を弾ませていると、透花は伝言を頼まれていたことを思い出した。
「あ、そういえば今日は佐都子は休みだそうです」
「そうなのかい?」
「委員会が長引いているらしくて。急ですいませんって佐都子から」
緒方佐都子は、この教室に通う透花の友人だ。同い年の佐都子とは、中学から別々の高校に進学してからもまめに連絡を取り合う仲だった。透花と同じく、バイトとして定期的にこのアトリエに通っているが、ここ最近は高校の方が忙しいらしくあまり顔を出していない。
「いいよいいよ。そっか、じゃあ今日は透花ちゃんの貸し切りになるね」
「……いいですか?」
「もちろん。でもあんまり遅くならないようにね」
「っ、分かりました!」
誰もいない静かなアトリエを独り占めできる機会はあまりない。透花はほんの少し胸を弾ませながら、優一に元気よく返事をする。
「とーか先生! こっちきてー!」
「はーい」
呼びかけられた透花の足取りが、さっきよりも上機嫌に軽やかな足を音を立てながら向かっていくのを見て、優一は穏やかにほほ笑んだ。
「とーかせんせえ~」
絵画教室『アリスの家』は今日も学校帰りの小学生たちの声で賑わっている。透花はセーラー服の上からグレーのエプロンを羽織り、肩ではねる黒髪をゴムで一つにまとめる。透花を呼ぶ声に急かされながら、アトリエのドアを開けた。油絵のつんとした残香が透花の鼻をくすぐる。壁に掛けられたいくつもの絵画と、ビニールシートを引いた床に置かれたパステルカラーの机とイーゼル。ちびっ子たちが自由気ままに真っ白な紙に色をのせている。
「とーかせんせえ! こっち!」
「はいはーい」
手招きする生徒のもとへ透花は小走りで駆け寄る。ほくほくと頬を紅潮させた男の子がどうだと言わんばかりに腰に手を当てる。この数日手掛けていた作品が彼の満足のいく出来になってきたのだろう。どれどれと見てみれば、昨日までは五部咲きほどだった川沿いの桜並木が満開に花咲いている。
「どうだ!」
「うん、すごくよく描けてるよ」
「でしょ~!?」
透花のアドバイスをしっかり聞いて、彼なりの桜を完成させてくれたことが嬉しくて、透花は小さな拍手を送った。そうして男の子にもう少しだけアドバイスをしている透花の背中に向かって、落ち着いた男性の声が聞こえてくる。
「透花ちゃん、いらっしゃい」
「優一先生」
おっとりした優しい笑みを浮かべる眼鏡の男性は、この絵画教室『アリスの家』を開く有栖川優一。透花がこの教室の生徒として通っているときからの付き合いになる。そして『アリスの家』は今や透花のバイト先でもある。小学生たちが来る夕方のうちは『透花先生』としてバイトし、日が落ちる時間からは透花もまたこの教室の一生徒としてキャンパスに向き合うのが透花の日常だ。
「ごめんね。高校入って早々だし、忙しいだろう?」
「いえ、わたし部活入ってないので大丈夫ですよ。それにここに来ないとなんだか落ち着かないし」
春から透花は高校一年生になった。透花はセーラー服が可愛いことで有名な女子高に進学した。地元からそれほど遠くない高校だから、中学校からの友人も何人か進学しているおかげで、透花の高校生活はまずまずだった。
他愛ない会話を弾ませていると、透花は伝言を頼まれていたことを思い出した。
「あ、そういえば今日は佐都子は休みだそうです」
「そうなのかい?」
「委員会が長引いているらしくて。急ですいませんって佐都子から」
緒方佐都子は、この教室に通う透花の友人だ。同い年の佐都子とは、中学から別々の高校に進学してからもまめに連絡を取り合う仲だった。透花と同じく、バイトとして定期的にこのアトリエに通っているが、ここ最近は高校の方が忙しいらしくあまり顔を出していない。
「いいよいいよ。そっか、じゃあ今日は透花ちゃんの貸し切りになるね」
「……いいですか?」
「もちろん。でもあんまり遅くならないようにね」
「っ、分かりました!」
誰もいない静かなアトリエを独り占めできる機会はあまりない。透花はほんの少し胸を弾ませながら、優一に元気よく返事をする。
「とーか先生! こっちきてー!」
「はーい」
呼びかけられた透花の足取りが、さっきよりも上機嫌に軽やかな足を音を立てながら向かっていくのを見て、優一は穏やかにほほ笑んだ。
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